アルビノ個体の捕食事件
食料をなるべく現地調達でまかなうつもりの僕たちは、食べ物をわずかしか持ってこなかった。
心配せずとも街には多くの食料が残されている。
飽食時代とも言われる現代、人間の残していった痕跡は多く残っている。
次の日はあいにくの曇天だった。
雨にならないだけマシとも言えるが、気温が低いと気分が滅入る。
朝食は手持ちのビスケットと、民家に残っていた瓶詰めのジャム。
低糖度であればジャムは一年以上もつ。
もちろん保存状態が良ければの話だ。
ビスケットは、マミが焼いたものだ。
強力粉と薄力粉と水と塩を混ぜて焼いただけの簡単なビスケット。
それにジャムを塗って食べる。
湯を沸かして紅茶も淹れた。
「イワン、船舶を陸路で運ぶって手はないのか?」
「80ftあるからね。ちょっとやそっとじゃ無理だよ」
「でかいな」
「いろいろ積んでるから重いし、それなら海路を行ったほうが楽だよ」
船は酔うから嫌なのだが、どうしても海路でないといけないらしい。
「都外の様子はどうだったんだ? 直接見る前に心の準備をしておきたい」
「ここと大して変わらないね。人は少なかったけど。山ゾンビには少し苦労した」
「山ゾンビとは?」
そんなもの初耳だ。
「たぶん山で仕事してたゾンビだね。筋肉あるから走ってくるよ」
「おいおい聞いてないぞ、走ってくるなんて」
「イノシシみたいだから平気平気。まっすぐ走るだけ、狙ってこない」
イノシシみたいに走るゾンビ……だめだ想像できない。
「イワン、ユキのことは心配?」
マミが尋ねた。
「出産は女の戦。男に出来ることはない」
「そばに居てあげるだけで楽になるんじゃないかな」
「その時が来たらそうするマデ。俺が俺の仕事してるとき、ユキは安心する」
「そういうものかしらね」
「そういうものデスヨ」
今その話をしなくてもいいだろうと思ったが、なんだかんだで息があっている二人だった。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
前日よりもハイペースで進むイワンに、僕たちはついていくのがやっとだった。
彼が立ち止まるのはゾンビを撃つときだけだ。
一番重い荷物を背負って、先頭を歩いているのに化物みたいな速さだ。
道の真中で、イワンがしゃがんだ。
銃を構えるが、撃つ気配はない。
彼は僕たちを手招きして呼んだ。
これでやっと距離を詰められると思った僕たちが彼のいる場所に追いつくと、イワンはスコープを覗いて前を見るように言った。
スコープを覗いた僕はギョッとした。
翅型ゾンビが地面を歩いている。
長い腕を引きずって、獲物を探しているのか周囲を鋭い眼光で睨みながら、歩いている。
なぜ僕たちは翅型ゾンビの姿に気づかなかったのか。
それは保護色のような体の色が原因だ。
全身真っ白で、翅も気味の悪い幾何学模様を除けば純白。
典型的なアルビノ個体を思わせる外観だ。
「眞鍋、あんなの見たことあるか?」
「いや、ない」
「あ、見て。何か来る」
翅形ゾンビがいる近くの民家から、ゾンビが出てきた。
こちらは翅なしの歩くやつだ。
跳躍した翅形ゾンビが翅を広げ、低空飛行でゾンビに突っ込んだ。
ゾンビは抵抗してもがいた!
だが翅形ゾンビの腕(ギザギザした長細い腕)が四肢をもぐ。
抵抗しようにも手足の無くなったゾンビは、そのまま翅形ゾンビにのしかかられたまま、むしゃむしゃと食われてしまった。
その間、僕たちはゾンビの捕食をまんじりと見つめていた。
まさしく息をのむ光景だった。
「生命の神秘やね……」
僕は言った。
「そんなものじゃないでしょ、アレは」
「でもこれで奴らが餓死しない理由がわかったな。共食いしてるんだ」
共食いは生物界では珍しい現象ではない。
自分の力を誇示するために同種を食らうこともある。
極限状態であればなおさらで、やむを得ない状況であれば人間が人間を食う事例もある。
しかし翅形ゾンビの捕食は、手馴れているという風だった。
飛べないほどの極限状態というわけでもなく、低空飛行をしてゾンビを襲った。
空に飛び立とうとした翅型ゾンビを、イワンが撃ち落とした。
いつ撃ったのかわからないほどの腕前だ。
彼は黙ったまま行軍を再開した。
「ただいまご覧になったゾンビの捕食は、自然界でも頻繁に見られる共食いと呼ばれるもので」
みたいな感じでガイドらしく解説をして欲しかった。
解説されたところで気の利いたことは言えないのだが。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
その日見られた珍しいものはこれだけで、あとはまた歩き通しだった。
朝、比較的ゆっくりして、昼休憩をはさみ、夕方には泊まる場所で夕食を囲む日程は、過酷といえば過酷ではあるが、考えてみたら一日町中をブラブラしているのと変わらない。
ゾンビの出現は神経を高ぶらせ、噛まれたらおしまいだという緊張を演出してくれるけれども、夏から無事に生きてきて、以前より体力も増え銃の扱いも覚えた僕たちにとっては、緊張はある種のスパイスでしかない。
時間で動かないので確かめたことはないが、1日で8時間も歩いていないのではないだろうか。
けれどもここで過信して、ペースを上げるのは怪我のもとだ。
全行程にどれだけの時間がかかるか見通しが立たない以上、どれだけの時間がかかったとしてもやり遂げられるペース配分を心がけなければならない。
一休さんが言っていた通り、焦らない焦らない 一休み一休みなのである。




