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すべて忘れた最後に何が残るか?

新潟県柏崎市までの距離は約279km、ただでさえ道路を通っての移動は困難なのに、今の時期は雪が積もっていて、なおかつ途中で山道を通らなければならない。

一度車で踏破しているイワンはいいとしても、僕は不安だった。


悩みなんてものは考えるだけ損だ。

悩みが別の悩みを呼び、最終的には最初の悩みとは関係のない事柄について悩んでいることがある。

そうならないようにするには、やめ時を決めておくことだ。

悩まなければ悩みが存在しないように。


出発の二日前、僕らは工場で酒をジャブジャブやった。

待機しているのは、僕、マミ、眞鍋の三人だ。

イワンも来る予定だったが、最後の調整があるとかで来られなかった。


彼が酒を飲む機会に現れないなど、それだけでも不安になる。

雪が完全に積もってしまうと、除雪車が通れなくなる。

どこもかしこも無人、踏み固められてないどころか、溶けさえしていない雪の上を通るのは、おそらくキャタピラを用いても難しい。


計画としては、手製のスノープラウを取り付けたトラックで行けるところまで行き、限界が来たら徒歩で柏崎市を目指すというものだった。

スキー板、スノーモービルなどの移動手段を考えてみたが、雪がどのくらい積もっているのか分からない以上(都内でも相当だったのだから山側は恐ろしいことになっている)危険だと判断してやめた。


「私、心配だわ。万が一のことがあったらと思うと」

阿澄が言った。


「イワンには世話になりっぱなしだからな。こんなときくらいは手伝ってやらないと」


留守の間は、鈴木が班長を務める。

先日の遠征といい、何かと留守にするのが多い昨今、鈴木は頼りになる手練だ。


「気にしてても仕方ないわ。今夜は楽しみましょう」

初の長期遠征に、マミは浮かれていた。

今回のは、都内をウロチョロするのとは別格だ。


マミはこう見えてアウトドア派だから、血が騒ぐのだろう。

僕も内心で楽しみにしている気持ちがあった。

順調に事が運べば、埼玉、群馬、新潟の状況が把握できる。

こんな機会はめったにない。


一方で留守組は、僕たち以上に心配している様子だった。

拉致事件もあったし無理もない。


田中は心配のあまりウイスキーをガブガブ飲んでいた。

彼がガブガブ飲むのはいつもだが、今はそれ以上に飲んでいる。

飲んでいるだけでなく少し泣いているようだった。

なんとかして僕たちを止めようと必死なのだ。


「俺ぁ朝から、ずっとコイントスをしてる。裏が出たら不吉だから、遠征は中止にしようって言うつもりでよお。なのに何回コインを投げても表しかでない。これはますます不吉だよお……」


彼は泣きべそをかきながらコインを投げ続けた。


「これで157回目の表だ。確率の法則はどうなった? 今この場では自然の法則が成り立ってネェ。この世界は反自然の法則の上にあるのよお。俺たちゃあ捉えられてるのさ、たとえば6匹の猿が……」


彼は『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』でやっていたコインの確率論の話をし始めた。

涼宮ハルヒの憂鬱で古泉が文化祭でやっていた演目だ。

決められた物語の上では、決められた結果以外起こらないという証明……。


「田中、コインを貸してみろ」

彼は僕にコインを投げてよこした。

「お前、朝から飲んでたのか。こりゃ手品用のコインだ。両方表だぞ、裏が出たら逆に怖いわ」


「自分が酔ってるかどうかなんてわかるよお!」

田中はそう言って立ち上がった。

そして足元に置かれたグラスを指差して言った。


「いいか? ここにグラスが二つある。これが四つに見えたら酔っている。今は二つしかない。だから俺ぁ酔ってなんかいない」


「グラスは一つしかないぞ、田中」

「ヒョーッ」


何を表そうとした声なのか分からない音を出して、田中はぶっ倒れた。

そして大いびきをかいて眠った。


「このコインは貰っておこう。田中がまた変な迷信に取り憑かれないように」

僕はコインをポケットに入れた。


「田中の持ち物がどんどんなくなっていくわね。漫画もユキに半分くらい持っていかれたんでしょ」

マミが同情の視線を窖に向けて言う。


「またどこからか別の品を持ってくるさ。どこから探してくるのかは分からんが」


表しかないコイン。

紙製の地球儀。

新興宗教のパンフレット。

少女漫画。


田中の趣味は少し変わっている。

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