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考察/入浴/長文

挿絵(By みてみん)


「二階を要塞化して、そこに立てこもるってのはどうなん? 食料も街中からかき集めて、そうすればこの前みたいな大群が来ても対処できるような気がする」

いつになく真面目な口調な田中だったが、現在彼は腹を壊して下痢である。

「浅間山荘事件じゃあるまいし」

鈴木はパーラメントライトを吸いながら言う。


「ドーン・オブ・ザ・デッドで見たな。二階で籠城して餓死寸前になってる奴。そういえばあの映画でも犬がいたな。犬とゾンビは相性がいいのかな」


あれからしばらく、風呂ができたこともあって女性陣の機嫌はよく、鈴木と阿澄もどうにか和解したようだった。

暗くなってからの入浴は危険なので、夕方5時頃から女性の二人は風呂にはいる。

彼女たちはだいたい一時間くらい出てこないので、その間僕たち男性陣は工場の入り口に座って、土方の3時休憩さながら、だべりながらぼうっとして警戒するのが日課になっていた。


旧行水場はドラム缶二本を並べた風呂場へと作り変えられ、脱衣所には製材所から盗んできたヒノキを薄く切って並べ、仕切りには石膏ボードを使った。

風呂のまわりは、水が飛んでもいいようセメントでタイルを貼り付けておいて、入浴後に身だしなみを整えるのに是非必要だとマミが言うから、アンティークショップからロココ調の大鏡をパクってきて、これも同じくセメントで工場の壁に貼り付けておいた。


茹だるような暑さだった日中の熱が、まだいたるところに残っている時間帯、僕たちはゾンビも怪物のことも忘れて、議論に熱中していた。


「だけどよお、こんな騒ぎになって国が動かねえってのはどういう了見だ。総理大臣も防衛大臣も、自衛隊も音沙汰無し。未曾有の大災害ってえのは、このことかあ?」


「もしかすると、発信はしているけど届いてないのかもしれない。俺たちはラジオもテレビも無線機も持ってないし」


「うん。田中君と基地に行ったときに探しはしたんだけど、見当たらなかったんだよね、無線機。それにラジオの類もなかった。この辺に電気屋があればいいんだけど、ないんだよね」


「工場を虱潰しに探せば、どこかに一つくらいありそうなものだが」

鈴木は吸い殻を放り投げる。


「危ないな。水探しのときだって、楽じゃなかったろう」

ハンヴィーで街を走っているときに、小規模のゾンビ集団と二度遭遇している。

ひとつは迂回して事なきを得たが、ふたつ目は道を塞いでいて強引に通るしかなかった。

その際に轢いたゾンビの血糊が予想以上に多く、滑った車が危うくスリップしかけた。

田中のハンドルさばきでどうにかなったものの、あのまま横転していたら三人とも無事では済まなかっただろう。


「この騒乱の最中にあって、法や憲法は機能しているのかどうか。秩序は、道徳は守られているのだろうか」


「俺はよお、まさしくそこの部分が気になっていたんだな。つまり、俺たちがやってるような略奪は、普通なら逮捕されても仕方のない犯罪だ。でも、こんな殺らなきゃ殺られるってな世界で、お利口さんに振る舞ってても命を縮めるだけだ。もし騒ぎが収まったりしたときに、逮捕されるのはごめんだ」


「たしかにな、田中の言うとおりだ。ところで外国は、無事なんだろうか」


言われるまで意識すらしなかったが、セブ島を離れる直前まで、日本がこんなことになっているとは知らなかった。地球の裏側で起きた地震でさえニュースになるご時世、日本が、世界でも有数の経済大国が存亡の危機にあって、諸外国に情報がいかないなどということがありえるのだろうか?


「もしかすると、初期の頃は国家機能が生きていて、何らかの情報規制を行ったのかもしれない。それがどの程度なのかはわからないが、少なくとも僕がフィリピンを出るまでは効き目があったようだ。いずれにせよ、今もまだ機能しているとは思えない。2011年を例にするなら、今頃はもう米軍の船が助けにきていてもおかしくないんだが……」


「アメリカの武器を持ってたらよお、怒られるかなあ……」



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



五右衛門風呂につかりながら、阿澄は全身の筋肉がほぐれるのを感じていた。

同じく隣で湯につかり、セルフマッサージを行っているマミの体を見て

その線が細くかつしっかりしているのに見とれていた。


「ねえ、どうしたらそんな体になれるの?」

「そんなって、どんな?」

「上手く言えないんだけど、生命力がある感じ」

「なにそれ」


人気のない工場の一階に、黄色い声が響く。


「彼とはうまくいってるの」

「誰のこと」

「一人しかいないじゃない」

「ああ、彼とはそういうんじゃないの。ただの友達」


「じゃあ私が手出していいの?」

「それは駄目」

「なんでよ」

「わかんない。でも駄目、ぜったいに」

「へんなの」


「マミ、聞いてくれる?」

唐突に、阿澄は胸に手を当てて言った。

「私、鈴木の彼女が死ぬところを見たの」


マミは黙ったまま、水面に目を落として耳を傾けている。


「学校の授業中だった。何が起こったのか、本当に目の前が信じられなかった。突然血の海になって、あいつが、鈴木が大声で私の名前を呼んで、気づいたら田中もいて、三人で線路にいたの。ごめんね、整理できなくて話ごちゃごちゃ。やっぱり私って話下手だな」


「そんなことないよ」

マミは阿澄の頭に手をのせて言う。

「頑張ったね。ちょっとだけ、お疲れ様」


「おーい、何か問題でもあったか?」


外から声がする。

一時間を超えても出て行かないので、心配した男性陣が様子を見に来たのだ。


「だいじょうぶ、平気。すぐに出るから、もう少しだけ待ってて」

マミが言うと、「アイアイサー」と返事がきた。


「気持ち、軽くなった?」

「うん、ありがとう」


夕暮れ時、野外ではヒグラシが鳴く時分。

ゾンビあふれるこの世界でも、人と人との友情が育まれ

生きていてよかったと思えるほど、世界は美しいのだった。

過去数千年にわたって培われてきた秩序は、そう簡単には崩れないのだ。

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