神とか愛とかゾンビとか
冬籠りは退屈だ。
冬眠している熊の気持ちになる。
熊は冬の間眠って過ごすから、あるいは退屈を感じないのかもしれない。
僕たちは冬眠中の熊以上の退屈さを味わっている。
食料はイワンが3ヶ月分くらいまとめて持ってきてくれたので心配ない。
彼の面倒見は母親並みに良く、中島班とカズヤ班にも同量の物資を運んだという。
カズヤとトモヤが手伝ったとはいえ、4班で合計1年分ほどの食料を集めてきた計算になる。
雲行きから降雪を予言したというイワンは、水を集めてこなかった。
もし1年分の水まで持ってきたら、膨大な量になっていたことだろう。
物資の多くは市街からの品だ。
イワンはフラッと市街へ出て行って、珍しい品をかき集めてくる。
僕たちにとってはありがたい話だが、時折ユキのことが心配になる。
彼女はもう立派な妊婦なので、食料調達などの雑務には出掛けない。
本人は退屈して、どうしても外に出たいようだが、イワンが許さないのだ。
たまにストレス発散のため銃を乱射することがあるらしい。
それも母体への衝撃を考えれば極力やめたほうがいい。
人間、退屈するとろくでもないことを考えだすものだ。
暇は芸術や科学の発展を促したが、同時に犯罪や喧嘩の種になる。
フラストレーションが溜まってくると、ユキではないが些か攻撃的になる。
冬籠りの最中はなるべく他人と関わらないようにする、というルールにしようと思ったが、コミュニケーションの不足は溝を深めるだけだと思い至りやめた。
共同生活とは、複雑怪奇で面倒なものである。
「田中はどうした? また窖にいるのか?」
僕は鈴木に尋ねた。
「午前は屋根で雪下ろしをしてた。今頃は一階にいるんじゃないかな」
「あんまりウロウロするなと言っといてくれ」
「言ってはみるが無駄だと思うぞ。この天気じゃあな」
断続的に降る雪。
せめて積もってくれればまた雪かきをして溜まったストレスを発散できる。
だが一度目の積雪のときに次の降雪に備えて敷地の状態を万全にしておいたし、ニ、三度目の雪は積もるほど降らなかったので、余計に僕たちをイライラさせた。
窓辺に立って外を眺めていると、マミが本から顔をあげて言った。
「暇なら水でも作れば?」
「それなら朝にもうやった」
「じゃあ退屈しのぎに話でもしましょうか」
彼女の手には饗宴があった。
なるほどそういうことか。
「智慧の教師のマミキシマコスよ、創造女神の化身よ。僕でよければお伴しよう。もっとも、僕のような弱気男でも構わないのなら」
「滑稽なことをいうもんじゃない。さあ座りたまえ」
それにしてもこの女、ノリノリである。
「雪が降ってから、ゾンビの数がめっきり減ってるわね。正確にはイワンがマンホール掃除をやってからだけど、市内にいるゾンビは確実に減っている」
「逆に市街は増えているようだったけどね。先を続けてくれ」
「市街の状況は私も聞いたわ。ということは、市内のゾンビが市街へ移動していると見るのが正しいのじゃないかしら?」
「異議なし」
「つまりゾンビは相対的に減っているように見えて、実は減っていない。私たちが知らない方法で増えている可能性すらある」
「僕に分かるよう説明してくれないか」
「推測で言うなら、ゾンビは何らかの方法で示し合わせて、危険度の低い市街に移動している」
「そんなまさか。あいつらは能なしじゃないか」
「そうね。私たちが普段見かけるのはそう。でも軍隊でも政府でもどんな集団でもそうだけど、指揮官は表に出てこないものじゃない?」
「ゾンビは統率されて動いていると?」
「ええ、憶測だけどね」
「何のために」
「それは知らない」
スターシップ・トゥルーパーズでも虫の兵士を誘導する頭脳型の虫がいた。
頭脳型は動きが鈍く戦闘能力も低いが、人間を凌駕する知能がある。
そのようなゾンビがどこかに潜んでいる?
そしてゾンビを市街に誘導して、頃合いを見計らって総攻撃を仕掛けるつもりか。
「教えてくれマミキシマコス。愛智者であるところの使者よ。ゾンビと我々人間、どちらのほうが神に愛されているのかを」
「十中八九ゾンビでしょうね」
「なんで?」
「だって彼らは知恵の実を返上したでしょう。より動物的に、本能的になることによって特赦をうけたのよ」
それから僕は田中に呼ばれたので、会話を打ちきって下へ降りた。
彼女の言っていたことの真偽を確かめる術はない。