うっかり忘れてしまったカズヤ班
「冬籠り用の食料は、イワンが運んできてくれたのよ」
「冬籠り?」
「ほら、あんなんじゃ外に調達に行くのも大変でしょ」
マミは敷地にうず高く積まれた雪を見て言う。
復帰してから最初の夜間監視、僕はマミとペアを組んでいた。
「さすがロシア人は雪に対する覚悟が違うわね」
「シベリアの強制収容所でも何割かは生きてたみたいだからね」
ベテルギウスの光が白い雪に反射して、世界を青く染めている。
天然のイルミネーション。
例年イルミネーションの飾り付けが冬に行われていた理由が分かる気がする。
使われるLEDが青色が多い訳もだ。
青い光と雪が合わさると、幻想的というのか、どこか魔法チックな雰囲気になる。
青い宝石が地面を覆っているかのような錯覚に陥る。
「もしもし、カズヤ班のカズヤです」
定時連絡で、カズヤ班からの通信が入った。
「おう、お疲れ様。この前は本当にありがとう。みんな元気か?」
「はい。でも問題があって……」
「どうした? 食糧不足か?」
「いえ、そうではなくて、ビルの周りに雪が積もっていて外に出られないんです。雪かきしようにも道具がなくて……」
あ、すっかり忘れていた。
昼過ぎの定時連絡では何も言わなかったから、てっきり自分たちでやっているものと思っていた。
そもそもカズヤ班の道具は、こちらの物置に全て置いてあるではないか!
「悪い悪い。こっちに道具があるの忘れてた。明日そっちに行って、非常口から出られるよう雪かきするから、一緒にやろう」
「お願いします」
リーダーにあるまじき失態だ。
忘れていたでは済まされない。
「まだ本調子じゃないみたいね」
マミが言った。
「調子は関係ないよ。やることをやるだけだ」
「でもあなた、毎晩うなされてるじゃない。あれから毎晩よ。少し休んだほうが……」
「休めないよ。こんな時期にはなおさらね」
マミの指摘は的を射ていた。
救出されてからというもの、僕は毎晩悪夢を見ていた。
直接拉致と関係があるわけではない。
なんとも不気味な、得体のしれない夢である。
高層ビル群の間に、僕は一人立ち尽くしている。
街は荒れておらず、店やオフィスの内装はきっちり整列している。
人だけが消えて無人になったのだ。
イメージは、地球の放課後でプールに入っているときのシーンだ。
呆然と空を見上げ、ビルの間の道路に目を移すと、そこに一人の男が立っている。
見覚えのない顔。
黒のスーツに黒いハットをかぶっていて、紳士というよりはマジシャンのように見える。
僕は男に向かってゆっくりと歩いて行く。
その間なんの疑問もなく、考えもない。
ただ、ゆっくりと歩いて行く。
男は拳銃を取り出して、僕に向かって撃つ。
弾が肝臓を貫通して、血が滴る。
恐怖も痛みもない。
近づくまでに足を撃たれ、手を撃たれ、全身ボロボロになってもまだ男にはたどり着けない。
ようやくたどり着いてみると、男は能面をつけていて、僕のほうに顔を近づけて言う。
「おしまいだよ」
そこで目が醒める。
毎回、同じ所で目が醒めるのだ。
あれが何者なのか、僕の深層心理が何を語りかけようとしているのか、心当たりはない。
一つだけ確かなのは、あの夢が不吉な兆候だということだ。
起きるときには汗びっしょりだし、マミの言ではうなされているという。
「顔真っ青よ。誰かに交代してもらったら?」
「ごめん、でも本当に平気だから。ありがとう、マミ」
「いいけどさ、心配なのよ」
またマミに心配をかけてしまった。
拉致されてからどうも頭がすっきりしない日々が続いている。
栄養ドリンクを飲み過ぎて、カフェイン中毒気味になったのもある。
「ほら、ゾンビが雪の間にいるぞ。お喋りは終わりだ」
「すぐはぐらかすんだから」
銃声。
ゾンビの頭が吹き飛ぶ。
僕の頭には未だにあの能面がちらついていた。




