豪雪/雪焼け/雪だるま
とうとう都内に雪が降った。
生粋の東京人は二十三区外を都内とは呼ばなないらしいが、便宜上立川市も都内と呼ぶ。
数年前に山梨の豪雪がニュースになっていたが、僕の実家は山梨県にある。
つまり直にその豪雪を見たのだけれど、その雪の量と同等くらいの雪が、都内でも降った。
異常気象というやつだろう。
しかしテレビもラジオも放送していない現在、いくら雪が降ったところで、注意報も各地の状況もわからないままだ。
分かっているのは、人の背丈を超す雪が降っていること。
雪用に建てられていない建物の屋根が、どのくらいの重さまで耐えられるか分からないこと。
放っておけば外に出られなくなるばかりか、雪が溶けたり、溶けている途中で凍ったりすれば二次災害を生みかねないということだ。
雪が降っているのを“しんしん”と言うが、これはそんなもんじゃない。
上空に雪が山盛りになったバケツがあって、神様が巨大なスコップでドサドサ落としているような感覚だ。
かっぱらっておいた雪かき用のスコップを出して、全員で工場周りの雪を運ぶが、運んだ端から積もるのでイタチごっこのようだ。
「重い、重いよこれ」
「こんなに大変だとは思わなかったわ」
都内出身のマミと阿澄が真っ先に音を上げる。
「湿った雪をかくのは拷問だよお。今のうちは楽楽ッ」
「側溝の掃除をしておけばよかった。水が流れていれば落とせて楽なんだが」
雪に慣れている地方出身の鈴木、田中は案外平気そうだ。
一方で僕はというと、早くも腰を痛めて休んでいた。
山梨県は盆地だが、普段はそれほど雪は降らない。
だから雪かきも子供の頃に数回やったきりだ。
各班の作業状況を尋ねるふりをしてサボる。
無線機で連絡したのはイワンのところだ。
「おう、ユキ。雪が降ったな。体が冷えないようにしろよ。調子はどうだ?」
「ぜんぜん、腹が立つくらいダメダメよ。なんなのよ、これ。なんでこんなに雪が降るわけ?」
無線機からは定期的にゴーッという雑音が聞こえてくる。
「まさか火炎放射器で除雪してるんじゃないだろうな」
「その通りよ。でもちっとも減らないわ」
火炎放射器による除雪は、あまり効果がないという。
火力次第かもしれないが、軍用の火炎放射器を使用しての結果が「効果なし」なのだから、素人が作ったものでは効果は知れたものだ。
「きついなら後で人を送るから、イワンに出来る範囲だけでいいと伝えてくれ」
「了解、あとで手伝いに来てよね」
「はいはい」
ユキのところに連絡したのは間違いだった。
これで彼女のマンションまで雪かきしなければいけなくなった。
「中島、どうだ調子は。雪かき進んでるか?」
「順調よ。夕べのうちに駐車場へ塩カルを大量に撒いておいたの」
「こっちは遅々として進まず、だ。終わったら人手を貸してくれないか?」
「アタシでよければ」
「ありがたい」
二階で連絡を取り合っていた僕は、前方の道路からゾンビが歩いてくるのを発見した。
雪をかき分けながら、3体のゾンビが近づいてくる。
白銀の世界に茶褐色のゾンビは目立つ。
工場の敷地には、外縁部に沿って雪の壁が出来上がっている。
敷地からは外が完全に見えない。
一応、車両が通る時の道はあけてあるけれど、敷地外はまだ除雪していないので、どちらにせよ敷地から外は死角になっている。
M24でゾンビを狙い、通常の何倍もよく狙って頭を撃ちぬいていく。
あのゾンビたちの血液はなぜか温かく、量が多い。
出血して撒き散らされれば、凍って雪かきが困難になる。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
午後になって雲の切れ間から陽光が差し込むと、雪かきは一層ハイペースになった。
溶け出す前にかき出せ!
ずっとサボっているわけにはいかないので、僕も下に降りて雪かきを手伝った。
実際、あのスピードならゾンビが近づいてきていても脅威ではない。
しばらく雪と格闘していると、肌がヒリヒリしてきた。
雪焼けである。
陽光が雪に反射して、肌を焼く。
肌が焼けるのは夏だけだと思ったら大間違いだ。
「こりゃ風呂でしみるぞ」
「これ塗れよ。もう遅いかもしれんが」
鈴木から日焼け止めを手渡された。
抜かりはないというわけか。
「そろそろ一休みしよう。ユキの手伝いにも行かなきゃいけないし、あとで中島班の手伝いが来る」
「そりゃあ、ありがてェ」
雪かき用の防寒具に身を包み、スコップを地面に突き刺した横でコーヒーを啜る田中は、プロの風格がある。
田中の体力は無尽蔵だ。
コーヒーを飲んで温まった彼は、有り余った体力を消費するためか一人雪だるまを作り始めた。
雪が多いのでかなりの大きさだったが、彼の腕力は見事に二段目の玉を持ち上げた。
「新メンバーだな。田中、そいつに銃を持たせてやれよ」
彼は一旦工場に戻って、M16を持ってきて雪だるまにくっつけた。
雪戦士となった雪だるまの顔は、拾った空薬莢で作られている。
「俺のダチ公だ、よろしくな!」
田中は喜々として雪だるまと肩を組もうとしたが、はずみで頭部分が落ちて割れた。
「ダチ公! しっかりしろ!」
彼のボケを見るのも久々だ。
なんとなく懐かしい気分に駆られ、田中が雪だるまと戯れるのをじっと眺めていた。




