閃光手榴弾をもろに見ると気絶する
体感では拉致されてから10日が経っていた。
分断工作は着々と進んでいて、連合内部の雰囲気は確実に悪くなっていた。
念願の窓のある部屋に移されてから2日目の夜、上空を飛ぶ1機のドローンが見えた。
合図を送らなくとも向こうから僕の姿が確認できるはずだ。
ドローンはすぐに飛び去っていった。
作戦決行は近い。
僕は窓際から離れて、手錠を取り外しにかかった。
椅子を壊して、自由に移動できるようにしておく。
下階で爆発音がした。
ユキが作った閃光手榴弾の音だ。
廊下からは慌ただしい声が聞こえる。
僕はドアの後ろで隠れていた。
すると、尋問担当の大柄の男が勢い良く飛び込んできた。
「おい! あれはお前の仲間か?」
背後から跳びかかって、手錠で首をしめて気絶させる。
襲撃にあった混乱と、部屋にいるはずの僕がいなくなっていたことへの驚き、二つが重なって大混乱に陥った男は、抵抗する気配が微塵もなく、悲しみに沈むような表情で気を失った。
僕は廊下に出て、手錠を見せつけながら歩いた。
まるで、自分は指示されて部屋を移動しているのだ、と言わんばかりの表情で。
「おい止まれ、どこに行く気だ」
かなりの人数を騙せたのだが、勘が鋭い者はごまかせない。
「猿田の指示だ。上から命令があったらしい。誰だったかな、そうだ、ユカの命令らしい」
「ユカさんが? ユカさんなら下で交戦中のはずだが……」
「そうなのか? 第三分隊は急いで応援に来るようにと猿田が言っているのを聞いたんだが」
「ユカさんが言ったのか?」
「さァな。あの感じだと、たぶんそうなんだろう」
この男が第三分隊に所属していることは、事前に分かっていた。
命令を受けた分隊員は分隊長に報告しなければならない。
彼は大慌てで駆けていく途中で、振り返って叫んだ。
「一人で出歩くなよ! 誰か人を見つけて案内してもらえ!」
「アイアイサー」
僕が拘束されていた部屋を目指して助けに来ると予想して、廊下に出ていたほうが分かりやすいと思ったのだが、正解だったようだ。
階段に向かって走っていく連合員たちは、下階から投げられた閃光手榴弾の直撃をくらって倒れた。
現れたのはイワンと、誰か。
イワンは体格で分かる。
ふたりともガスマスクを装着しているので、もう一人は誰だが判別できなかった。
「イワン! こっちだ、僕だ!」
「オ兄サン確保したよ。撤収するよ」
彼は無線機に言う。
「無事だったか。さあ、立って。武器を持って」
「その声は眞鍋か。よく戻ってきてくれた」
銃撃戦になったときを備えてしゃがんでいた僕は、眞鍋からSCARを受け取った。
二人に護衛されながら、階段を下っていく。
途中で連合員の何人かと遭遇したが、僕たちがSCARで武装しているのを見て逃げていった。
「拳銃が下の階にいなかったか?」
「どうだろう。俺たちは一発も撃ってないし、撃たれてもない。突撃のときに閃光手榴弾を使ったから、気絶しているのかも」
イワンの戦略で、正面玄関に手榴弾を投げ、挑発している隙にイワン、眞鍋の二人が裏口から潜入していた。
正面には中島、鈴木がいたらしいが、挑発してすぐに移動しているという。
裏口ではトモヤ、右雄が見張りをしている。
六人がかりとは大作戦だ。
「落ち着いて、周りに注意して進むんだ」
イワンが言う。
彼がSCARを持っているのは珍しい。
そのとき、閉まった扉の一つが開き、中からアルミ材を持った男が駆け出してきた。
雄叫びを上げながら、こちらに突進してくる。
即座に構えたイワンは銃床で男の顔面を殴った。
男は一瞬で伸びてしまった。
屋外で、発砲音がした。
拳銃持ちが外に出たのだろうか。
今は気にしている余裕はない。
裏口から出ると、停まっていたイワンの装甲車に乗り込んだ。
トモヤの右雄も一緒に乗った。
しかし中島、鈴木の姿がない。
イワンがハンドルを握って言う。
「回収地点に向かう。掴まって」
車は発進して、放送センタービル前のバリケードを蹴散らして、ビルの間へと入った。
強襲され逃げ惑っていた連合員が即座に立て直して追ってくるとは思えない。
ひとまずは安心してもよさそうだ。
イワンが回収地点と呼んだ場所には、中島と鈴木がいた。
彼らを拾い、車は西へ進路をとった。