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夜/分断工作

夜には食事が出た。

手錠は食事の間も外されず、スプーンも箸もなかった。

「食べたければ舐めて食え」と奴らは言った。


やなこった。

大の男が皿を舐めているところを見たい奴などいない。

しかし食事を抜けば、体力が落ちていざというときに困る。

やむを得ず僕は皿をペロペロやった。


彼らも夜間警備を敷いているらしく、ドアの側に二人、立っていた。

相当暇だったのだろう。

一晩中小声でヒソヒソ話をしていた。


夜の間に部屋の中を見張りの連中が覗きに来ることはなかった。

それもそうだ。

手錠をはめていれば監禁できていると思い込んでいるのだ。


僕は椅子を持ち上げて、壁の側まで行き、耳を当てて会話を盗み聞きしていた。

内部情報を知り、敵を内部から分裂させる作戦だ。


見張りの会話から、渋谷区連合には最低でも12人の人間がいることが分かった。

会話にのぼった人名から察するに、敬称をつけて呼ばれているのが四人。

拳銃を持っていた奴らの人数と合致する。


誰がどんな名前なのかは知る術がなかったが、だいたいの特徴がつかめた。

夜になると必ず鼻歌を歌うトシユキ。

自分の化粧水を使われるとキレるユカ。

原宿で盗んだダッフルコートを気に入っているゴウダ。

仲間の誤射で脚を撃たれてから、自分では決して撃たなくなったサトミ。


これらをはじめとする断片的な情報を繋ぎあわせて、ストーリーを練る。

騙すのは尋問官。

知っているはずのない情報を知っている相手に対し抱く疑念は、やがては内部への不信となり、誰かが裏切って情報を与えているのではないかと飛躍する。


すでに離反が起こっているグループなだけに、統率の取れないメンバーに関しては敏感になっているはずだ。


「さてと、お前が話さないというのなら、俺たちも無理にとは言わない。ただし忘れるなよ、お前の命は俺たちの掌の上にあるってことをな」


翌日も、例の大柄の男が朝早くに現れた。

この部屋には時計が無く、僕のしている腕時計も外されてしまったので、尋問のタイミングが時間の基準になる。


「車は運転できるのか?」

男が言った。


「さあどうだろうな。長く乗ってないから忘れたよ」

「じゃあ乗れるんだな?」

「何の話だ?」


顔を一発殴られた。

相手のペースに乗せられないのが鍵だ。


「実を言うと、仲間がこのビルを包囲して監視している。民間人の武装は認められていないからな。あの拳銃、あれをどこで手に入れた?」


「仲間だと? 何人いる」

「質問してるのはこっちだ。拳銃をどこで手に入れた。犯罪行為だぞ」


「真島たちだ。盗んだのは真島たちで俺じゃない」

真島。マリナが言っていた渋谷区連合を率いるニートの名だ。


犯罪という懐かしい単語を出したからか、男は動揺し始めた。

彼はきっとこう思っただろう。

「なんで犯罪なんて言葉を使う? もしかすると、自分たちの知らない法治国家がまだ存在していて、こいつはそこから来たのか?」


そうなればもうこっちのものだ。


「我々は特殊作戦群だ。ある命を受けてここに来た。その内容は機密なので言えない。協力してくれれば、それなりの報酬を約束する」


「駄目だ、信じられねえ。上に聞いてくるから待ってろ」

「私は君に言っているのだ。上は関係ない。協力する気があるのか、ないのか。作戦が成功したらここから出すこともやぶさかかでは……」


「出すってのは何だ? どこに連れてく気だ」


「鹿児島に中立地帯と呼ばれる場所がある。平和かつ安全、電気も通っているし水も飲み放題、アルミ材は建物を建てるために使われて、殴るためには使われない世界」


「やっぱり上に言ってから……」


「連れていけるのはせいぜい数名だ。上に言って、君はそのメンバーに加えてもらえるのか?」



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



懐柔かいじゅうには三日かかった。

耳障りの良い情報を与えまくり、同時に内通者がいることをほのめかした。

昔は毎日外を見まわっていたという習慣は、現在では週に一度になっているという。

見回っている途中でいくつかの分隊が消え、もはやこの地区が安全ではなくなったと悟った旧リーダーたちの判断らしい。


その消えた分隊のいくつかが、ゾンビに襲われたのではなく鹿児島に言ったのだと嘘をついた。

死体が見つからずに不気味だと見張りがこぼしていた分隊の番号を言ったので、現実味がある。

そもそも分隊番号など内部者でなければ知り得ない。


男は確実に食いついていた。


「拳銃を奪って来られないか? それなら二人で逃げられる」

「それは無理だ。リーダーたちが肌身離さず持ってる」


「移動の件はどうなった。窓のある部屋に移してもらえそうか」

「交渉中だ。数日以内にはなんとかできると思う」


「猿田、お前だけが頼りなんだ。向こうについたら、冷えたビールをおごってやる」

「ああ、わかってる。上手くやるさ……上手くな」


勝算は決して高いとはいえなかった。

眞鍋たちの持っている食料は、とっくに尽きている。

現地調達しながら、ドローンで放送センタービルを偵察しているとしても、中の様子がわからなければ助けに来られない。


情報不足も問題だ。

僕から見ても、渋谷区連合は聞いていた話とは全然違う。

やたらと好戦的だし、定期的に宗教じみた儀式を行っている。


見張りから盗み聞きして、厄介な武装はニューナンブM60だけだと知っているのは僕だけだ。

マリナが離反してしばらく経っている以上、他の武器を入手している可能性を考えるのは当然。

そうなると眞鍋たちは一旦工場に戻って、強襲用の武器と人数を揃えて戻ってくるだろう。

救出を諦めるということもありえる。


なんにせよ僕に出来ることは、救出までに内情を把握して、攻撃を開始しておくこと。

なるべく救出されやすい場所にいて、出来るなら外部に情報を送ることだ。

それには窓があって外が見える場所に行くのが一番手っ取り早い。


時間との戦いである。

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