銃がジャムった時は慌てずに対処しよう
ドローン偵察を始めてから2日目、特に動きがない渋谷駅周辺にしびれを切らした僕は提案した。
ハチ公改札のある近くまで車で接近して、駅構内に踏み入る。
車には眞鍋を残しておき、いざというときに逃げられるようにしておく。
当初の予定ではなかった正面突破。
なぜ僕が正面から踏み入ることを決意したかというと、あまりの動きのなさに違和感を抱いたからだ。
持ってきた食料の量を考えても、これ以上動きのない駅を監視し続けるメリットはない。
そのまま引き返してもいいが、なんとしてでも武功を立てたいという思いが、僕を駆り立てた。
ハチ公像の周りまできたとき、凄惨な光景に唖然とした。
数十人の人間の死体が、折り重なって倒れている。
大規模な戦闘があったのだろう。
死体と一緒に角材やアルミ材が散乱している。
数ヶ月は放置されていたと見え、状態は悪い。
白骨化していないところから考えると、この人達が死亡したのは騒動の後だと推測できた。
しかし顔形が判別できないため、マリナに尋ねてもどういう人達だったのかはわからなかった。
「たぶん渋谷駅分隊の人たちだと思う。こんな場所で一箇所に集まって……何かが起こったのは確かですね」
「平気か? このまま進んでも」
「はい、行きましょう。くよくよしてても仕方ありませんし、私は離反した人間ですから」
車を降り、僕は軽機関銃を手に先に進む。
聡志はSCAR、マリナは89式5.56mm小銃を持っている。
装備を揃えたほうがいいとも思ったが、訓練で慣れている武器を持ったほうがいいと判断した。
幸い使用する銃弾は5.56x45mm NATO弾で統一できる。
日本の銃にもアメリカの弾を使用できるとは、同盟国さまさまである。
火力不足を補うため、SCARにはM203を取り付け、40mm散弾を装填してある。
建物内で炸薬弾を使うのはどうかと思ったからだ。
イワンのマンションではとっさに使用を命じたが、なるべく避けたほうがいい選択肢だ。
駅構内は暗く静かだ。
地上部分でも曇天のせいで陽の光が入ってこず、予想以上に暗い。
ヘルメットのライトを点けて見回すと、所々に乾いた血痕が見える。
戦闘がここで起こったのは間違いないらしい。
「どう思う、マリナ」
「この様子だと渋谷駅分隊は全滅だと思います」
「もう少し先に行ってみよう」
更に歩みを進めると、売店の中に新たな死体が転がっていた。
母親らしきミイラに抱きかかえられて、小さな子どものミイラがある。
母ミイラの腹部には傷があった。
深く肺にまで達している。
子供のほうには目立った外傷はない。
思わずため息が出る。
最悪の状況だ。
「これは引き返したほうがいいかもしれんな」
「居住区は地下にあったはずです。私はPARCO分隊だったので又聞きしただけですが、念のため地下を見に行ってみましょう」
「冷や汗出るぜ」
緊張しているのか、聡志の指はトリガーにかかりっぱなしだ。
あの悪夢が思い出され、僕は注意しておいた。
「誤射に気をつけろよ」
地下まで行くのは大変だった。
渋谷駅は迷路である。
新宿駅や東京駅がよく迷路だと言われているが、実のところ渋谷駅こそが迷路だ。
僕が実際に迷ったことがあるのは渋谷駅と東京駅。
新宿駅は最初こそ混乱したが、JR線を使うだけだったので迷わなかった。
渋谷駅は乗り換えすら困難な大迷宮だ。
一口に地下と言ってもかなりの広さだ。
居住区は定期的に移され、離反を決意してからは内部情報に疎くなったというマリナは、最新の居住区がどこにあるのかを知らなかった。
彼女が離反されてから居住区が移された可能性もある。
人影どころか血痕すら見当たらなくなってから1時間、僕たちは構内を探し続けた。
「物音です」
異変に気づいたのは聡志だった。
半蔵門線のホームを捜索中、二子玉方面の線路から物音がした。
耳を澄ませるとかすかに聞こえる。
足音のようだった。
「数が多いな、生存者かもしれん」
「でも、おかしくないですか? 音が多すぎる」
ライトが、駆けてくる手長足長を照らした。
筋肉が引きつってビクッとする。
各々が発砲し、ちぎれた長い手足が中を舞う。
数が多すぎる。
僕たちが手長足長に気づいたのは、すでにかなり接近された後だった。
というより、手長足長はホームはからそれほど離れていない位置に棲息していた。
発砲音に触発された新たな個体が、立ち上がって向かってくるのが見える。
聡志が散弾を発射した!
ちょうどいい具合にまとまっていた手長足長三体の胴体に弾が命中した。
「でかしたぞ! 次弾装填しろ!」
僕は撃ちながら言った。
が、弾が出ない。
「畜生! ジャムった!」
薬莢が排出されずにひっかかった。
STANAGマガジンを使っているせいだろうか。
急いで直して再度射撃する。
「ごめんよ!」
戦力は拮抗している。
手長足長は、マンホールから出てきた奴らより好戦的で、血肉に飢えているといった感じだった。
手が吹き飛ぼうが、脚がなくなろうが攻め続けてくる。
僕たちのほうが押され気味だ。
聡志が二発目の散弾を撃った。
今度のは一体の顔面を吹き飛ばしただけだった。
「聡志、普通に撃て、普通に!」
三人の連携は、ぴったりとは言いがたい出来だった。
それでもなんとか無事に手長足長を撃退できたのは、ホームから伸びた線路が直線で、弾を当てるのに苦労しなかったからだろう。
けれどもやはり勝手知ったる同じ班の人たちと連携するのとは比べ物にならない。
撃退した後、僕たちは急いで車に戻った。
手持ちの銃弾をほとんど全部使ってしまったからだ。
これで押上方面からも手長足長が攻めてくれば、僕たちは終わりだ。
現に退却中に押上方面から現れた3体の手長足長に驚いて、僕はヒョェッと変な声を出してしまった。
即座に反応したマリナが撃っていなかった、危なかった。
反射神経は若ければ若いほど優れているというが、本当だった。