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やっぱり嗜好品には勝てないよ

ともすれば足元を救われる世の中で、ここまで生きながらえたのは奇跡である。

ゾンビだの何だのと騒ぐのは簡単だが、たいていの生き物は普段から食うか食われるかの世界に生きているのであって、食われること自体はそれほど脅威ではない。

恐るべきは主の根絶。


人間という種が地球からいなくなることである。


僕たちのライフワークは、僕たち自身が生き延びるためであると同時に、人間の歴史を存続させるための戦いでもある。

明日にでも諦めて、自殺でもすれば楽なのだろうが、一人また一人と死んでいけば、やがては絶滅へと繋がる。


ショウペンハウアーは厭世主義者で、自殺を推奨する哲学者だった。

彼の言い分では、自殺に痛みが伴わなければ、人は喜んで自殺するという。

他方、彼は食後に音楽を楽しむ楽観主義者でもあった。

一体どちらが本当なのか、詳しい人がいたら教えてほしいものだ。


渋谷PARCO近くに車を停め、遠望できる位置にいる僕たちは、都市迷彩を施した服に着替えている。

ここからなら、渋谷区連合に見つからずに偵察できる。

マリナの話では、渋谷区連合の分隊は僕たちのいる方面には訪れないとのことだった。

入り組んだ道路や狭い坂があって危険だからなのか、理由はよくわからない。


偵察ドローンを飛ばして街を鳥瞰視点から観察する。

駅周辺にいるゾンビの数は少なく、どちらかというと代々木公園内に大勢屯している。


「私がいた頃は、定期的に公園内の見回りをしていたのよ。あんなにゾンビがいるところなんて、暮らし始めてからすぐの頃に数回あっただけ。でも道に警備の一人も立っていないのはおかしいわ」


「ここを捨ててどこかに移動したのかもしれない。もう少し様子を見てから、近づいてみよう」


空は今にも雨が降り出しそうな曇天だった。

マリナと聡志を車に帰し、交代で見張りをすることにした。

僕と眞鍋が第一陣だ。


「なんだろう、ゾンビの数は並程度、人のいる痕跡もない。だけど嫌な雰囲気がある。不気味だ」

「離反したメンバーを抜いても、300人近くの人々が暮らしているはずだ。こんなに静かなわけがない」


全員建物の中に隠れて、じっとしているのだろうか?

しかし周囲の状況は、それほど切迫しているとは思えない。

ゾンビの集団が十数体ずつ広範囲に散らばっているだけだ。


やろうと思えば、バットを持った数人で殲滅できるくらいの脅威だ。

それにも関わらず、街は静まり返っている。


「一旦車に戻ってから周囲の状況を確認しておこう。眞鍋、戻るぞ」


ドローンを回収し、僕たちは車へと戻った。

車の後ろで、聡志が昼食の準備をしている。


「食べる前にちょっと出てくる。ただの安全確認だからすぐに済むよ」

「聡志、俺の分はちゃんと残しておいてくれよ」

「行ってらっしゃい」


しばらく歩き、車から離れてから僕は言った。


「本当にこのへんにあるんだよな」

「ああ、間違いない。いつも通販で頼む時はこの近くの住所になっていた」


彼が常用していたという紅茶の茶葉の通販サイト。

その店がこの近くにあると彼が言うので、それなら是非行かなければと思ったのだ。


けれども本来の目的ではないため、おおっぴらに「茶葉を探しに行く」とは言えない。

プラス、鈴木から上等なシガリロを探してくるよう頼まれていた。

駐屯地へ行ったときの失敗があるから、今度こそは期待にこたえたい。


「頼むぞ、マジで。あってくれよ」

「たぶんあの角を曲がった所だ」

「よしきた」


曲がり角にいた数体のゾンビを撃ちぬく。

茶葉を持って変えればマミだって喜ぶはずだ。


ぽつぽつと手に当たる感触に頭上を見ると、雨が降り出していた。

雲は分厚く、色が濃い。

今はまだ小雨だが、大雨に変わりそうな予感があった。

気温次第では雪になる可能性もある。


「あったあった、あの店だ」

「急ごう。濡れたくない」


茶葉専門店に侵入するにはガラスを割らなければならない。

いつもならガシャーンと音を立てて割り侵入するが、今は隠密行動中だ。

派手な音は立てられない。

最も有名な手口であるガムテープをはって割る手法で侵入した。


「袋を持ってきた。見張ってるからありったけ詰めてくれ」


目利きである眞鍋に言い、僕は店外を見張る。

気分はまるで押し込み強盗である。


店が締め切られていたということは、開店前に騒動に巻き込まれたのだろう。

交番やホームセンターなど、荒らされやすい店と違い、茶葉専門店の中は綺麗なものだ。

ホコリがつもっているとはいえ、昨日まで営業していたかのように整頓されている。

地震の影響か床に落ちている商品もあったが、それでも他のスーパーなどよりは状態が良い。


「詰め終わったぞ、行こう」

「よしきた」


先ほどよりも雨が強まっている。

小走りで車まで走っていると、遠くから雷鳴が聞こえた。

冬に鳴る雷は珍しい。


「どこまで行ってたのよ。もうご飯食べちゃった」

「ごめんごめん。ちょっと張り切り過ぎちゃったよ」


袋を座席に置いて、食事にありつく。

冷えてはいるが美味いもんだ。

聡志はいい奥さんになれそうだ。

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