女性陣の要望で風呂を拵える
ゾンビラッシュの翌日、有刺鉄線に絡まった死体をはずして埋めていると、二階から口論している音が聞こえてきた。
声の主は鈴木と阿澄、とりなしているらしいマミの声は弱々しく、喧嘩はだいぶ白熱しているらしかった。
土のうに背をもたれ、見張りをしているのか居眠りをしているのかはっきりしない田中に口論の原因を尋ねると、一階端に仮設した水浴び場で阿澄が行水しているところを、鈴木が覗いたのだという。
どうして止めなかったのかと田中を問い詰めると、彼は正直に自分は寝ていて見ていなかったと答えた。
まるで見張りになっていないじゃないか。
二階にあがってみると、口論の声はますます怒気を増し、ちょっとやそっとでは解決できない装いを呈してきた。あのマミでさえ難儀しているのだから当たり前だ。
「新しく風呂を作ります。手伝う人」
僕の言葉に反応して、三人が振り向く。
「行水だけじゃストレス溜まるよね。肩までつかれる風呂を作ろう」
「ちょっと待って」マミが言う。
「それってもしかして」鈴木が続く。
「五右衛門風呂?」三人の声が揃った。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
田中、僕、鈴木の三人で、ドラム缶を探しに出た。
といっても遠出する必要はなく、以前町工場が集中している地区を調べたときに
いくつものドラム缶を目にしている。
それらをハンヴィーに乗せて運んでくればいい。
それから細かなコンビニ、スーパーをあたって、風呂に貯める水を集める。
200リットルのドラム缶をいっぱいにするには100本のペットボトルが要る。
ドラム缶とペットボトル100本は一度に積みきれないため一度工場に戻るが
両方とも在り処がわかっているので時間は食わないはずだ。
ドラム缶を運び終え、水(ちょうどいい機会なので飲む用のものも集めることにした)を積み込んでいるとき、鈴木と二人きりになった。
田中は見張りとして入り口に立たせている。
スーパーの水売り場で、ペットボトルの入った箱を台車に乗せながら、僕と鈴木はこんな会話をした。
「阿澄に謝ったほうがいいですかね」
「どうして敬語?」
「いや、なんとなく。なんかムラムラっときてやっちまったんですよね。あいつもいい歳なんだから、厨房や工房みたいに騒がなくてもいいのに」
「まあ、阿澄ちゃんイイ体してるからねえ」
「でしょう。あれで覗くなってほうが無理ですよ」
「鈴木君は彼女とかいないの?」
「います。正確には……いました」
「ああ、なるほど。それは、厄介だねえ」
「あいつも、阿澄も知ってるんすよ。俺の彼女のこと」
「友達?」
「はい、親友だったって言ってました」
「あんなことにならなきゃ、盆に一緒に実家まで行く予定だったんす。それが……」
「まあ、悔いていても仕方ないよ。台車押してくれる?」
「はい、なんかすみません。話聞いてもらっちゃって」
「話ならいつでも聞くよ。あ、気をつけて、取手が歪んでるから」
車に戻ろうとすると、入り口で田中が眠りこけていた。
こいつはガイジか?