オカルト珍獣大祭
夕暮れ時、西武多摩川線沿いで今夜の宿泊場所を探していたときのことだ。
まっすぐ伸びた道路に、見慣れないシルエットが浮かんだ。
太陽を背にして、黒い人影がゆっくりと近づいてくる。
動きだけを見れば、完全にゾンビのそれだ。
のろのろとしていて、恐怖感はまったくない。
しかしそれをスコープで覗いたとき、異変は起こった。
「どうしたんです? 手が震えてますよ」
「あれは見ないほうがいい」
M24で敵の姿を確認していた幹夫が言った。
彼の手は小刻みに震えていて、声からも恐怖のほどがうかがえた。
まるで見てはいけないものを見てしまったかのように、ひたすら「見ないほうがいい」と繰り返す。
そのとき黒い人影が、人間の動きとは思えない方向に関節を曲げて、くねくねと踊りだした。
ゾンビなのだから人間離れした動きをするのは見慣れているが、あのようなくねくねとした動きは今までに見たことがない。
言うならば、有名なオカルト話「くねくね」にそっくりではないか!
「おい、見ないほうがいいって……しっかりしろ、聡志!」
僕は聡志の背中を力いっぱい殴った。
真っ青な顔でうずくまっていた聡志は、僕の一発で少し正気を取り戻したのか、顔を上げた。
けれども黒い人影のいる方向には決して視線を向けない。
くねくねを見た者は、精神をやられてしまうという……。
「どうしよう、マリナちゃん」
情けないことに怖気づいてしまった僕は、マリナに救いを求めた。
すると彼女は、聖母マリアのような口ぶりで言った。
「基本的に、祟りって魔法の範疇だと思うんです。術者が倒されれば効力を失うんじゃないですか?」
聖職者もビックリの冷静さである。
しかし理にかなった答えた。
聡志が祟られたのなら、祟っている者を始末すればいい。
明快かつ単純、バッサリとした大和魂あふれる理論だ。
「でもスコープが覗けない。どうしよう」
「ちょっと待っててください」
彼女が銃を手に何やら作業している間にも、シルエットは動き続けている。
眞鍋が機転を利かせて、車をバックさせ人影との距離を一定に保ってくれた。
時間が経つごとに聡志の様態は良くなっていったとはいえ、手の震えはおさまっていない。
「できました。これ使ってください」
彼女はM24のスコープを外し、急造のオープンサイトが付けられていた。
ものは試しとばかりに人影に撃ってみる。
慣れない射撃の仕方に戸惑いはあったが、これなら当てられそうだった。
人影との距離は100m前後。
これなら当たられない距離ではない。
もう一度撃つ。
当たらない。
人影は依然としてくねくね気味の悪い動きをしながら歩いてくる。
ただのゾンビだと頭では分かっていても、聡志の言葉がちらついて集中できない。
えい、ままよ! と放った銃弾が、どうやら命中したらしい。
何発か撃っていたので、その間に日が更に傾いて周囲が暗い。
だがそんな中でも、銃弾が当たり撒き散った毛髪が風に舞うのは見逃さなかった。
頭を撃たれたくねくねはその場に寝転ぶようにして倒れた。
「聡志、どうだ具合は」
「さっきよりはマシです」
「眞鍋、あの死体を避けて迂回してくれるか」
「アイアイサー」
死体でも直接見ないほうがいいだろう。
「見ないほうがいい」
聡志は言っていた。
それがどんな意味だったのかを尋ねるのは、落ち着いてからがよさそうだ。
「なんかオバケみたいでしたね。銃が効いてよかった」
「あれもゾンビの一種だったんかなあ。おー怖い」
田中ならイワコデジマと呪文を唱えていただろう。
「おふたがた、お話中悪いけど、前見て」
「お次は何だ?」
自然に訊いたつもりが、グリードの台詞みたいになってしまった。
この状況では不謹慎極まりない。
大きめの側溝がある場所に、全身毛に覆われた怪物がいた。
これまでに現れた怪物の多くは全身つんつるてんだったのに、目の前にいるのは全身がライオンのたてがみになっているかのようにフサフサしている。
「よく見えんな。マリナ、暗視装置取って」
暗視装置越しに姿を見て、ゾッとした。
風貌を性格に描写するなら、毛の生えたミナミゾウアザラシだ。
だが愛くるしいアザラシとは違い、怪物の顔には触覚が三つある。
更に顔の中心部に大きな穴が開いていて、口なのか鼻なのかそれとも別の器官なのか、外見からは想像できないという意味の異様さがあった。
「ありゃシシノケかもな」
「シシノケってなんです?」
マリナが言う。
曲がり角で遭遇したため、車の光はシシノケのいるほうを照らしていない。
むしろ照らしていなくて正解だった。
シシノケは這うようにして体を回転させ、こちらに来ようとしている。
だが敵意はなく、単純に何があるのか見に行く、といった感じの這い方だ。
僕は躊躇せず銃座にあがった。
巨大な図体に重機関銃の弾を20発ばかり浴びせる。
びちゃびちゃと耳障りな水音がして、地鳴りのような声がしたかと思うと、シシノケの姿は一瞬にして見えなくなった。
まさに煙のように消えた。
「おそろしいところに迷い込んじまったのかもしれん」
僕は座席に戻って言った。
前回の遠征で車中泊の効果が薄いと分かっていたので、今回は適当な建物に入って休息をとろうと考えていたのだが、こんな調子では車の外に出られない。
たとえ出られたとしても、眠るなんて怖くて出来ない。
「今日は車の中で休もう。眞鍋、高架もしくは周りに建物が少ない一本道を探して停めてくれ」
「アイアイサー」
聡志の手はまだ震えていた。