戦闘の法
ゾンビの集団と行き逢ったのは、昼食を食べてすぐだった。
のろのろ走る車(眞鍋にとっては初めての道なので警戒していた)の窓から、右手の側に小規模のゾンビが集合して、街を徘徊している様子だった。
無視できる距離だったのでそのまま進むと、今度は左手の側に、中規模のゾンビ集団が現れた。
人数にして40体弱。
これも無視できる様子だったので無視した。
車内には不穏な空気が流れ始めていた。
予想以上にゾンビの数が多い。
進んでいくにつれ集団と行き逢う頻度が高まっていき、僕たちの装甲車が十字路にさしかかると、ついにゾンビの大規模集団とかち合った。
数は百体を超えている。
十字路の真ん中で、座っている者や立っている者もいる。
バラバラの方向を見ているな、と思った矢先、一体のゾンビが車に気づいた。
その途端に全てのゾンビがこちらを向き、座っている者は立ち上がり、こちらに歩き出す。
「どうする。この距離なら巻けるが」
眞鍋が緊張した声で言う。
「迂回して進もう。戦闘になれば面倒だ」
僕は指示を出した。
車がバックしかけたとき、後方に先ほど見逃したゾンビ集団が現れた。
動きは遅いが、見逃した小・中規模のゾンビが集まってこちらも百体を超える数になっている。
「車とめて」
指示を変更する。
「戦うんですか? 降りたほうがいいですか?」
マリナが困惑している。
「僕が上(銃座)に出るから、マリナちゃん降りて軽機関銃で応戦して。後ろ側にいるゾンビにぴったり1マガジン分。聡志は周囲を警戒、マリナちゃんがきつそうならカバーしてあげて」
「アイアイサー」
戦場では一分一秒が生死をわける。
ちんたらしていたら命がいくつあっても足りない。
M2重機関銃の猛攻がゾンビ集団を翻弄する。
12.7x99mm NATO弾が、豆腐を崩すかのようにゾンビを倒していく。
ハーグ陸戦条約も何のその、立派な人道的武器だと言いはっただけの威力!
重機関銃や対物ライフルの威力は、魔法と呼んでも差し支えない。
普通銃弾は人体にたいして点のダメージを与える。
銃弾の種類にもよるが、鉄砲と言われて想像するのはピューンと飛んで貫通する弾だ。
重機関銃の場合は、撃たれたところから肉が裂ける。
吹き飛んでちぎれる。
弾が飛んで行くところなど肉眼では見えないから、あたかも切断光線を撃っているかのようだ。
この人道的兵器を前にして立っていられる生物など存在しない。
現に百体を超すゾンビはあっという間に挽肉と化した。
後ろではマリナが交戦している。
軽機関銃は軽の字が示している通り、動く銃座だ。
強みはなんといっても装弾数だろう。
軽機関銃の弾幕の前では、どんな軍隊も立ち往生する。
相手がゾンビとあっては鬼に金棒で、のろのろした動きには狙いを定める必要もなく弾が当たる。
小隊に一つは欲しい武器だ。
突撃銃よりも扱いやすいせいもあって、マリナは1マガジン(100発)でかなりのゾンビを倒した。
赤飯の缶詰を開けてもいい活躍ぶりだ。
「撃ちました!」
マリナが車に乗り込む。
「よし、出せ」
装甲車は倒れたゾンビの上を走行し、戦闘地帯を離脱した。
監視している一帯を抜けると、やはりゾンビの数が多い。
彼らも危険地帯には寄り付かないようにできているのだろうか。
「言わなきゃと思って忘れてたんですけど、私たちビルにお風呂が無いじゃないですか。作ってもらうことって出来ますか? 汗拭きシートだけじゃなんか気持ち悪くて」
すっかり忘れていた。
風呂か。
ドラム缶を最上階まで持っていくのは大変そうだ。
「あとで見繕って持ってくよ」
「助かります」
「さっきのゾンビって、あれ倒す必要あったんですか?」
今度は聡志からの質問だ。
「強行突破って手もあったけど、距離に余裕があったしね。それにこれは縄張り争いみたいなもんで、放っとくと際限なく追ってくるからね。奴らをつけあがらせちゃイカンでしょ」
「縄張り争い、ですか……。なんか複雑な気分です」
ゾンビといっても元は人間。
人間同士の戦いなら、武器を持っている方が強い。
ゾンビのほうでもそれに気づいているのかは分からないが、分かっていてほしいと思う。
重機関銃を装備した装甲車に徒歩で近づいて、仮にゼロ距離まで接近できたとしても、装甲板を爪で攻撃して何になる。