遠征隊発足の儀を執り行う
渋谷区連合偵察任務にあたるメンバーは四人。
僕、眞鍋、マリナ、聡志。
人数が多い中島班からは、運転手を含め二人だしてもらった。
実を言うと、免許を持っていない者もあいている時間に田中や眞鍋、右雄の指導のもと車を運転する練習をしていた。
鈴木や中島は筋がよく、あっという間に運転できるようになったが、僕は全くと言っていいほどダメで、運転しようものなら即縁石に乗り上げるか、アクセルとブレーキを踏み間違う始末だった。
だから今回運転する眞鍋の他にも、聡志はそれなりに車を動かせる。
中島班に頼りきりなのはまことに不甲斐ないところである。
マリナは原付きの免許なら持っていると言っていた。
校則で禁止されていたのだが、学校と家の距離が遠いので、免許をとってもばれないと思ったらしい。
原付きが運転できるなら、車も簡単に操縦できそうだと免許を持っていない僕は思うのだが、マリナいわく「一緒なわけないじゃないですか」だそうだ。
乗って行く車はハンヴィーではなくクーガー装甲車。
ハンヴィーの車体にはデカデカとニッカポッカ連合の文字が描かれているからだ。
調査に出るのに、自分たちの素性をバラしながらノコノコ運転していくバカはいない。
前回の遠征は西国分寺のあたりまでしか行けなかったのでノーカンだ。
引っ越したばかりのマリナには悪かったが、遠征隊発足の儀を執り行うべく、僕たちは工場の二階に集まっていた。
これが最後の別れになるかもしれない。
全員が遺書を書いて、箱に入れておく。
「出発は明朝五時。異存はないな」
僕が言う。
「点検終わったわよ。食料も水も10日分積んである」
マミが二階にあがってきながら言う。
彼女に最後の点検を頼んでおいたのだ。
「よし、道案内は大丈夫そうか?」
「あれから車が動いたりしていなければ、大丈夫だと思います」
道案内係はマリナ。
元渋谷区連合にいて、立川まで車で来たのだから心強い。
僕と聡志は力仕事担当。
聡志とは工事をするとき以外であんまり絡まないが、彼の腕力は素晴らしく頼りになる。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
朝早く、まだ日が昇る前に工場を出る。
夜間監視の阿澄、田中が手を降って送り出してくれた。
10日分の食料を積んだといっても、ルートはカズヤ班が以前通った道を使うのだ。
車はすでに整理されていて、道幅も広い道路を通ってきたというので、5日か6日あれば往復できる計算だった。
毎度のことながら、不測の事態にそなえて多めに積んでおいたのだ。
武器弾薬は出し惜しみせずたっぷり積んだ。
以前の遠征のときにはなかったもので一番の武器は、やはり重機関銃だろう。
これがあれば、たとえゾンビの大規模集団と遭遇したとしても、互角にやりあえる。
ヒューイを連れて行こうかとも迷ったが、はぐれてしまったら可哀想なのでやめた。
グッボーイだった頃のヒューイには一度命を救われている。
恩を仇で返したくはない。
東の空が徐々に白みかけている。
日の出は近い。
日が昇れば、翅型ゾンビの飛翔を待たなければならないので時間のロスになる。
眞鍋にスピードを出すように言って、なるべく距離を稼ぐ。
東に進んでしまえば、西に集中している翅型ゾンビの影響を受けずに済む。
「なんだか遠足みたいですね」
最近めきめきと神経が図太くなってきたマリナが言う。
「しおりを作ってくるべきだったかな。あ、そうだ。眞鍋、例のブツは持ってきたか?」
「俺のリュックに入ってるはずだよ」
スイス軍のバックパックを模して作られたという眞鍋のリュックは、馬鹿でかいうえに重い。
動きが鈍くなるから軽装備にしろと何度言っても聞かないので、諦めた。
中を探ると水筒が2本入っていた。
容量1.5リットルのステンレス製水筒が2本。
これだけでそれなりの重さになる。
「どっちのやつだ?」
「シールが貼ってあるほうだ」
眞鍋特製の紅茶、一本はウイスキー入りで、一本は無しだ。
マリナにウイスキーが入っていない方を注いでやる。
「美味しい。これが有名な眞鍋紅茶ですか?」
「俺もずいぶん有名になったもんだな、ハハ」
「これが飲みたいがために、中島班まで徒歩で行った奴もいるくらいだ」
イワンのことである。
「でも、その気持ち分かるかも」
「班でも行列ができますよ、眞鍋さんが淹れると」
聡志が言う。
「なんか、ますます遠足みたいになってきましたね」
「修学旅行とかじゃなくて“遠足”ってのがいいよな。懐かしくて」
眞鍋がバックミラーをいじりながら言った。
出発したばかりなのだ。
今から気負っていても疲れるだけだ。
こういう雰囲気でいるからこそ、いざというときには柔軟な対応ができる。
前回、日中の疲労がたたって居眠りをしてしまった僕は、今度こそ汚名返上すると気負いそうになるのを無理に止めて、あえて明るく振る舞った。
マミの言葉が思い出される。
隊長が見本とならなければ。