まどろム~
聖夜だというのに、ゾンビの数はいつになく多かった。
まるでゾンビは、クリスマスに予定もなくただ街をぶらついている非リアのような足取りで、歩道を歩いていた。
そう、なぜか今日に限って、車道ではなく歩道を歩くゾンビが多かった。
スコープを覗かなければ、生きている人間が歩いているかのような自然さだ。
しかしスコープを覗くと、ゾンビはやはりゾンビだった。
聖夜に殺生はしたくない。
工場に向かいそうな者だけを仕留めていき、後のものは見逃した。
彼らもこんな日が命日となるのは嫌だろうから。
「イワンの引っ越しと、カズヤ班の設立が終わったら、もう一回渋谷区連合の偵察に行こうと思うんだけど」
「だってトモヤ君の話では、そんなに脅威じゃないんでしょ? なんで偵察するのよ」
「何人か引き抜ければ、復興が楽になると思って」
生存者の数は多いに越したことはない。
市の全域は無理でも、一箇所に集まって要塞化すれば、また元のような街だって出来るはずだ。
産業が軌道に乗り、ゾンビの脅威も減れば、国内でも屈指の安全地帯になる。
他の場所の状況は杳として知れないが、もし他に同じような集団がいれば、やがては輸送網を充実させ、国そのものの復興にだってあたれるかもしれない。
そのためにはまず生存者の頭数を揃えるのが喫緊の課題だ。
「張り切るのはいいわよ。でも先のことよりも当面の問題を解決するのが先じゃないかしら。私たちは超人じゃないのよ。みんな一般人。普通の人の集まりじゃないの」
「今は超人が必要なんだよ。いないのなら誰かがならなきゃ」
「不器用なのねェ……」
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
朝方に工場に戻ると、もう皆寝静まったあとだった。
見張りにはイワンがついている。
彼は一人で二人分の仕事をこなす実力者だ。
イワンが引っ越してしまうと、彼の穴を埋めるのは大変になる。
「おはようさん。何か目立った変化はあったか」
「ノープロブレム。報告するようなことは起こらなかったよ」
「そりゃあ何よりだ」
一人缶詰の朝食を食べていると、6時をまわった頃にゾロゾロと皆起き出してきた。
早起きなのは高校生たち。
飲酒していないので寝覚めがいい。
遅起きなのはマミと田中だ。
彼らが起きるのと入れ違いで、僕は床に入った。
眠る直前に、マミから耳打ちをされた。
「メリークリスマス」
彼女は僕が眠っていると思っていたらしい。
頬に温かい感触が伝わった。
人には文明が必要だ。
大勢で協力しあって、より便利な世の中を作る。
車、ビル、新幹線。
そういったものがある生活を知っていると、無い生活には戻りづらいものだ。
再び人類が平和に暮らせる日々が訪れるのだろうか。
不安は山程わいてでてくる。
まどろみが深い眠りへと変わり、意識が薄らいでいく瞬間、僕は「こんな日がずっと続くなら悪くないな」と思った。
心地良い疲労感と、安心して布団に潜り込める環境。
眠る前に囁かれるねぎらいの言葉。キスの感触。
文明の利器もありがたいが、人の温かさには敵わないのだ。