サイレントナイト
クリスマスイブの当日、僕は観測所にいた。
僕が観測所にいる?
フライドチキンは?
クリスマスパーティ、プレゼント交換は?
きよしこの夜はいずこへ?
右手には自動小銃。
左手には紙袋。
僕を送り届けた後、意気揚々と去っていく田中。
そうだろう楽しいだろう。
いまからお前は、ストーブの近くでクリスマスパーティーをするのだから!
「ちょっとォ、ふくれっ面しないでよ。アタシのせいじゃない、ってか、アタシだって同じ気持ちよ!」
屋上に出ると、中島がM24を設置している最中だった。
運悪く表情を見られたらしい。
「これマミから土産。フライドチキンだとさ。僕たちと中島班の分が入ってるから、全部食うなよ」
「あたりきしゃかりきよォ。全部食べるほどデブじゃないっての」
言いながら中島は、久々の肉にかぶりついている。
経験則で言ったのだ。
肉を前にして我慢できるほど、人間は出来ていない。
彼がフライドチキンに夢中になっているあいだに、僕は自分の狙撃銃を設置する。
静かな夜だ。
虫一匹鳴いていない。
もう冬なのだ……。
平時なら、街角からジングルベルのメロディが聞こえてくるこの時期。
今では中島がフライドチキンにかぶりつく音と、風の音しかしない。
空には分厚い雲が出ていて、ベテルギウスの輝きも見えなかった。
まさかこんなことになるとは。
まさか今夜の観測所任務が、僕だとは!
よりにもよってクリスマス・イブ。
なんとでも形容しよう。
恋人たちの憩いの日。
家族団らん。
サンタクロースの激務。
キリストの誕生日。
テロ日和。
そんな日にオカマと一緒に一晩、定点観測だと?
冗談もほどほどにしてもらいたい。
僕には食べるケーキがあり、騒ぐ権利がある。
そんなことを言っても仕方がないのはわかっているが、こればかりはどうしようもない。
「部下のレクリエーションを充実させるのは上官の責務、でしょ?」
「でも中島、お前は許せるのか……」
各班の隊長二人を差し置いて、部下、というか他のメンバーが楽しんでいるのを。
「寂しいけど我慢しなきゃ。それが仕事ってもんよ、ボクちゃん」
「わかってるよ……」
寒空の下、中島と二人で監視任務にあたるのも立派なクリスマスだ。
そう思わなければやってられない。
「眞鍋っちから、ボクちゃんの好きな紅茶と、ビスケットを持ってきたワ。ささやかながらこれでお祝いしましょう。いくら観測所にいるからって、ここは懲罰房じゃないわけでしょ? じゃあお祝いの一つくらいしてもいいじゃないの」
「ありがとう中島。あったまる」
「このくらい年上として当然よ」
彼は眞鍋の紅茶を2リットルは持ってきていた。
茶葉を出し惜しむ眞鍋の性格からすると、かなりの厚遇だ。
もちろんウイスキーが入っている。
「眞鍋っちも気の毒に思ってたのかもね。アタシはいいのよ。店を始めたばっかりの頃は、こうしてソロクリスマス、なんてことも何度かあったし。でもアンタはさ、寂しいでしょうよ」
「中島……僕は寂しいよ」
「我慢しなさい。それが隊長ってもんでしょ」
いつになく厳しい中島に、僕は泣きそうだった。
それに酷く寒い。
昼間から曇っていたから、気温がまったく上がらなかったのだ。
この調子だと、雪でも降りそうな感じだ。
ホワイトクリスマス。
なるほど響きはロマンティックだけれども、外で仕事をしている人間からしたらたまったもんじゃない。
殺戮クリスマス、酷寒クリスマスと言い換えてほしい。
「手がかじかんで、銃がうまく持てない。カイロを忘れてきちゃった。中島、少しわけてくれ」
「はい、これ使いなさい」
中島は自分の湯たんぽを僕に手渡してくれた。
ひつじのカバーをした可愛らしい湯たんぽだ。
「いいのか?」
「アタシはカイロいっぱい持ってるから。使いなさいな」
「ありがとう」
零時前に降りだした小雨が、夜更け過ぎに雪へと変わった。
はらはらと舞い散る雪の結晶。
任務にはそれほど影響はないが、冷え込みは一段と厳しさを増していた。
工場では今頃パーティーも終わって、みんな寝静まっている頃だろう。
今日の夜間任務は休息にしてある。
つまり工場の警戒網ががら空きで、その分をこちらで補わなければならないのだ。
中島は『部下のレクリエーションを充実させるのは上官の責務』と言っていた。
そのとおりだ。
マミや鈴木、カズヤ、イワンたちが今夜を楽しんで、束の間の休息を味わっているのなら、それでいい。
僕は冷たくなったフライドチキンにかぶりついた。
マミが夜食用にと持たせてくれたのだ。
スパイスが効いていて美味しい。
これを温かいうちに、皆で食べたかったな、と少しだけ思った。