キッチュで瞋恚な性事情
イワンがユキと引っ越して二人きりになりたいというのは分かる。
新婚夫婦が、二人になって何をするのかも分かる。
尻の青い餓鬼ではないのだから、そのくらいは心得ている。
一方で、チョット待てよと思う気持ちもある。
性欲は3大欲求であり、抗えぬ人間の性である。
それに抗ってこその団結、友情ではないのか。
僕も年頃の男子だ。
時々、女の子が野菜に水をやっていたり、水を汲んでいる場面に行き会うと、物陰に隠れてじっと様子を窺う。
かがんだ拍子にオシリが強調され、得も言われぬ見事な曲線が眼前に繰り広げられるとき、僕なんかは「ああ、いいなぁ」と思うのである。
だからといって、僕が極端なオシリ好きと思ってもらっては困る。
ドニ・ディドロも『運命論者ジャックとその主人』で女体を書いている。
たしかあれも尻だったように思う。
外人は昔から尻好きだ。
尻の優美さに、恐れながら順位付けをするとしたら、ダントツで阿澄が一位である。
次点で梓、マミ、マリナと続き、ユキが最後に来る。
中島班の重田真純はマリナとユキの中間くらいか。
オバチャンはオバチャンなので勘定には加えない。
むろんマミの尻が一番好きだ。
肉感がよく凹凸がはっきりしていて、七面鳥の丸焼きを髣髴とさせる艶やかさがある。
だがニーチェの言うように『愛するときにこそ、軽蔑することを心得ている』ものだ。
僕たち男は女体の妖艶さを賛美しつつ、あの豊かな尻に憤りを覚え、女性の象徴とさえ言える乳房に対しては、憎悪を抱くことがある。
言わばああしたものは、男性が決して得ることの出来ない神秘である。
欲しいのに手に入らない。
自分の体にないものを、彼女たちは持っている。
その一点で男性は女性を求めるのかもしれない。
もし手に入ったとしても、両性具有者になるのは嫌だが。
見てくれのおっぱいが一番大きいのは阿澄である。
つまりスタイルが抜群なのは阿澄というわけだ。
G65かH65はありそうだといつも物陰から観察している。
いくら立派な胸をしていても、直接見せてくれと頼むわけにはいかない。
そんなことをすれば嫌われるのがオチだ。
共同空間に半年間ずっと一緒にいて、指一本触れられないと考えてみてほしい。
生殺しもいいところだ。
ムラムラきたらどうするんだ!
鈴木は僧侶みたいな奴だから、阿澄の夜這いをはねのけた。
もしそれが僕だったら?
問答無用で獅子に変身していただろう。
グレゴール・ザムザは虫になって困っていたが、僕が夜の獅子になったところで別に困らない。
少なくとも朝が来るまでは、百獣の王として精力的な反復運動に勤しむだろう。
最終的に何が言いたいのかというと、もう限界だった。
工場内で女性とすれ違うだけで鼻息が荒くなり、「これはまずいぞ」と思う。
マミに至っては体温が高いから、工場内では薄着をしてストーブにあたっている始末だ。
暑いなら服を来てどこか隅にでも座っていてくれと思う。
胸の膨らみが気になって仕方ないのだ。
ストーブの周りはまるで椅子取りゲームだ。
何せ12人で生活しているのだ。
ぐるっと囲んだとしても、半分くらいは外周にいることになる。
もう頭がどうにかなりそうだ!
今日は早起きして僕が一番先にストーブをつけたから、今は僕とマミだけがストーブの側にいる。
夜間任務を終えて、阿澄と右雄が眠りについたのが20分前。
他の者が起きだすのが15分後だとしても、まだ時間に余裕がある。
朝の生理現象によって早速ムラムラきていた僕は、しばしのあいだ理性と格闘してから、マミに言った。
「大変厚かましいお願いだとは重々承知しておりますが、おっぱいを揉ませていただけないでしょうか?」
「は?」
「利き腕じゃないほうでいいんで、おっぱいを揉ませていただけないでしょうか」
「やだ」
そりゃそうだ。
その日マミは口をきいてくれなかった。
悲しいことである。
マミが無視するので、梓が一人でいるのを見計らって近づいた。
断られるにしても、梓ならマミほど手厳しくないはずだ。
「梓、おっぱい揉ませて」
「は? 気持ち悪いこと言わないでください。撃ちますよ」
「ごめんね。今の忘れて」
その日は誰も口をきいてくれなかった。