いまさら始める自己紹介
日本の対災害技術の素晴らしさ。
手動のカートリッジ式浄水器があれば、らくらく雨水も飲料水に早変わり。
欠点は少々値段が張ることだが、災害時には金銭など関係ない。
あるかないか、それだけである。
僕はポンプをシュコシュコやって水を作っていた。
雨水を飲水にする際に気をつけるべきは、不純物自体よりも不純物がもたらす腐敗だという。
人間のたくましさを舐めてはいけない。
あの汚いガンジス川で泳いで無事な人間もいるのだ。
大腸菌だのピロリ菌だのサルモネラだの言う前に、ガンジス川遊泳をしている人を見よ。
彼らが無事ならゾンビだって気力で真人間に戻れる。
冗談はともかくとして、僕がシュコシュコやっている横には梓がいる。
ツーマンセルで行動する場合を想定しての訓練中だ。
誰かが作業しているとき、もう一人は護衛につかなければならない。
護衛といっても、要人護衛ではないので難しくはない。
言い方を変えるなら単なる見張りだ。
しかし気張っているせいか梓の動きはぎこちない。
必要以上にキョロキョロしている。
敷地の端にいてこれだから、危なっかしくて外には行かせられない。
「そんなに緊張しなくてもいいんだよ」
「はい、わかってはいるんですけど、どうもこういうの苦手で」
彼女が言っているのは銃のことだ。
平時ならまず持つことはないだろうから当たり前だ。
人間の歴史は武器とともにある。
ウホウホしていた頃から石を武器にして戦っていた人間。
原始時代にも殺人事件は起こっていた。
もっとも、それは事件ではなく日常だったかもしれないけれど。
すべての武器は人間が使うことを想定して作られているのだ。
石器と銃の構造は基本的に同じだ。
敵を倒すために使い、そのためだけに改良されてきた。
銃なんてものは、飛び出す石器と同義だ。
梓にそれを言うと、「へえ」とか「ふうん」とか相槌をうって聞いていた。
これだ。
こういうふうに馬鹿みたいに喋るからダメなのだ。
近頃どうも孤立しがちで、馴染めていないなぁと思っていた。
人間、半年も過ごせば相手のことがだいたいわかってくる。
四六時中一緒なのだから、必然と嫌な部分もみえてくる。
子供なら、嫌な部分がある相手には素直に反発するだろう。
大人は争いの無益さを知っているので、嫌な相手にわざわざ近づいたりしない。
最低限の付き合いだけして距離をおくのだ。
僕は距離を置かれているのだろうか?
そもそも僕だけ名前で呼ばれないのはおかしいだろ。
一応、ニッカポッカ連合の長役を務めているのだ。
それが「あんた」や「お兄さん」や挙句の果てには「クラッカーの人」
中島からは「ボクちゃん」
眞鍋には「旦那」
他の人から話しかけられる時には「あの」とか「ねえ」だ。
これはひどい。
面目丸つぶれだ。
キョロキョロしている梓に、いじわるをしてみようと思い立った。
なあに、簡単な質問をするだけだ。
「ねえ梓、僕の名前覚えてる?」
「ええと、すみません。私、人の名前を覚えるのってあんまり得意じゃないんです」
そうだろう。
だが彼女が他の人に名前を訊いているところなど見たことがない。
つまり僕の名前を覚えるのだけ得意ではないのだ。
いや、よそう。
争いは無益だとさっき自分で考えたばかりじゃないか。
名前を呼んでもらえないならそれでもいい。
ただ、頭の片隅に僕という人を置いておいてほしい。
「僕の名前は武田龍太郎。覚えにくい名前じゃないと思うんだけどなぁ」
「すみません。今度はぜったいに忘れませんから」
水を工場まで運んでいると、イワンが一階で酒を飲んでいた。
ここを去るのが名残惜しいのだろう。
彼は最近毎日のように飲んでいる。
「お兄さん、一緒にどう? 美味しいよ」
「やめとくよ」
水を二階に持って行くと、鈴木がスコープの調整を行っていた。
ずれていると当たる的にも当たらなくなる。
「さっむいな。いい加減にストーブを出すか。誰か手伝ってくれ」
「おれ行きますよ」
田中の漫画本を読んでいたカズヤが言った。
こうして嫌がることなく手伝ってくれるのは非常にありがたい。
「じゃあ俺もついてこう。二人で持つなら護衛がもう一人要るだろ」
鈴木が立ち上がる。
夏に集めておいた物資は工場横の別の工場においてある。
両方工場と呼ぶのではややこしいので、ストーブがあるほうは物置と呼んでいる。
実は物置のほうが建物が立派である。
「鈴木、カズヤ、僕の名前を言えるか?」
ストーブを運んでいる途中、気になって尋ねてみた。
「た、た、田口マサル!」
「はずれ。鈴木は?」
「後白河弥次右衛門」
「何者だよ……」
「あ、それカッケエっすね。後白河さんって呼んでもいいっすか?」
「もう勝手にして」




