2話 旅立ち
惰性は嫌いだ。
いつまでもずるずると引きずるのは性に合わない。
この体の持ち主が、どれだけの覚悟を持って学院に入ったのかは知らない。
高い授業料を誰が負担しているのかも、自分は知らない。
だがここは自分にとっての異世界だ。好き勝手にやらせてもらおう。
幸いにも、魔術についての知識は平均を上回るどころか世界一だと言ってもいい。神が授けたものなのだからこれくらいでなければ、本当に神であるかを疑う。
さて、現在歩いているのは学院から東へと進んだ場所にある漆喰の森。
学院があるキグナシ国で情報を集めたところ、漆喰の森には遺跡がある。
そしてその森に、とある冒険者が入ったところ人の形をした透明な何かに襲われたという。
元々疑問はあった。これは散らばった記憶を集める旅だが、記憶という形がないものをどうやって集めるのかと。
透明な人の形をした何か。これは地獄で自分が精神体として存在していたものと同一なのではないだろうか、と仮定した。
「ここか」
遺跡に着いた。
厳かな佇まいだ。
『僕は……どこ』
幼い少年が遺跡から出てきた。その体は半透明だ。
この世界に現存する魔物の名前をもじって、アストラルと名付けよう。
「ビンゴだ」
『僕は…………どこ?』
===
このアストラル体の少年は、恐らくだが自分の幼少期の姿だ。
つまりその頃の記憶を保有していると考えて正しいだろう。
「少年よ」
不自然なほどに、歪だった。
「自分はここにいる」
この自分が。
『僕は…………そこ?』
首を傾げる少年の不意をついて、魔術による一撃を叩き込んだ。
「≪八槍≫」
八つの槍を出現させ、撃ち込むというだけの簡単な魔術。
魔術をこの世界にきて初めて使うが、知識は十二分にあるため違和感はなかった。
ただ、魔力と呼ばれるエネルギーを消費したためか体が多少重い。
気怠いと表現すべきか。
『僕は、君だ』
「なっ⁉」
驚くことに、攻撃をものともしていないようだった。
理由があるとすれば、記憶であるからだろう。
記憶が壊されてはシステムが破綻してしまう。
ならばどうやって記憶を回収しろというのか。
『≪剣よ我を貫け≫』
アストラル体は実体を持たない。
だというのにも関わらず、実体を持った剣を手で持てているのだろうか?
まずい向かってくる。
「どうすればいいんだ……」
やっと掴めた記憶の破片だ。
ここで諦められるわけがない。
その時だった。
「≪茜色の夕焼け≫」
背後から詠唱が聞こえると同時に、森の木々が遮っていたはずの光が射し込んだ。
アストラル体に背を向けるのは不本意だったが、緊急事態だ。振り返る。
「助太刀するよ、劣等生。そこの魔物は私が仕留めよう」
院の制服を着た女性だった。
この世界では死を象徴する黒髪が、光を吸い込んでいる。
たちまちその髪が赤く染めあがったかと思えば、一房は黒い。
このような魔術は、神の知識にない。
「≪力は、我が拳に≫」
詠唱を行いながら、女性が構えた。
両拳を握りしめ、腰に溜める。
それを撃ち出した途端、視界が紅に染まった。