プロローグ 対話
連れてこられたのは、豪奢な部屋だった。
ソファに座らされると、自らの体の異変に気付いた。
体がないのだ。精神体のような、透明な身体はあれど本来の肉体が存在していない。
発声器官がないため、これでは会話ができない。
「あー、そうか。身体がないのか。おーいアール、とりあえず生成水をこいつに」
「御意」
召使いらしき女性が突然現れ、テーブルにコップと水差しを置いて消え去った。
地獄の神といえど、召使いを使うものらしい。
神というからには万能というイメージがある。
「それはお前さんの身体を元に戻すものだ。コップは持てないだろうが、液体に触れてみろ。それでいい」
言われた通りにしてみると、透けていたものが徐々にリアルな質感になる。色も着いた。
「とりあえず何から話したもんかな。自己紹介からいくか。
俺の名前は……別にいいか。神様って呼んだらいいと思うよ」
「自分は……」
そこまで言ったところで、頭に何も浮かんでこなくなった。
記憶はあるのに、鍵が掛けられたような、そんな感覚だ。
何がどうしてこうなったのかは不明だが、自分は記憶を失ってしまったらしい。
「話はテンポよく進めよう。俺はお前さんのことを知っている。予習済みだ。何も言わなくてもいい。
質問があればすぐさま聞け。まあ答えることはないけどな。それじゃあ始めるぞ」
何を始めるというのだろうか。
そう思った途端、テーブルが変形した。
余程複雑な機巧なのだろう。瞬時にテーブルはまるで地図のようなゲームテーブルに変形した。コップ等、元々載っていた物は台から伸びた板が支えていた。
「これから始めるのは、お前さんが失った物を取り戻す物語だ。世界に散らばったピースを集めて、見事ここまで昇ってこれたら晴れてお前さんは記憶やその他諸々を取り戻せる」
「少し待ってください、自分は……」
「世界にはルールがある。
一つ、犯罪を犯してはならない。犯した瞬間に天罰が下る。
二つ、死んではならない。その瞬間ここへ舞い戻り煮えた釜へと逆戻り。
三つ、水を飲んではならない。」
「いや、あの」
「以上、ルール解説終わり! 詳細は後で聞け。答えないけどな。
――それじゃあ旅立つがいい。異世界へ! こんなチャンス滅多にないんだからな! 神の気紛れに感謝しろ!」
フッと、意識がどこかへと誘われた。
幽体離脱のような感覚だ。精神体に戻ってしまったのだろうか。
次の瞬間、とてつもない衝撃と疾走感が全ての感覚を支配した。
わけがわからない状況だが、なぜか楽しいと思っていた。
異常だ。とてつもなく異常だ。
でもそれが楽しいということなのかもしれない。
自分は……いや、僕はここからスタートした。