定義
旅をしていると様々な人と出会う。
「お前は異常だ」
僕の体を指差して右腕が無い男が言った。何故か? と聞くと、何故右腕があるのだと言う。言われてみれば他を見回してみても右腕がある人はいなかった。そして、もう一度異常だ、というと男は去っていった。奇異の視線から逃れるように僕はその町を出た。
「お前は異常だ」
視線を感じて振り返ってみると、そこには確かに声がしたはずだというのに誰もいなかった。訝しみながらも、それ以上は気にせず歩き出す。すると、何かに蹴躓き転けてしまった。何もないはずのそこには――
「何をする、異常者め。誰かっ、誰か!」
子供より少し小さい位の男が僕に蹴り倒されながら叫んでいた。遠くの方で聞こえる警笛の音に危機感を覚えた僕は慌ててその場から逃げ出す。辺りを見回せばそこら中に小さな子供……いや、小さな大人達が睨んでいた。
また、あの言葉だ。
身をすくませながら声の方向を見ると、モルフォ蝶もかくやと言わんばかりの格好をした男女がこちらを凝視していた。彼等は僕の格好を指差し嫌悪も露わな顔で呟きを漏らす。
「あんな見窄らしい格好でよく外を出歩けるものだ。異常だよ、考えられない」
居たたまれなくなった僕は一息に駆け出す。
もう、聞きたくない。
一体どれ程走っただろうか。刺す様な視線から逃れようと細い路地に入ると、目の前に全身を血の朱に染めた男が仁王立ちしている。その路地を埋め尽くすのは累々と群がる屍の山。そして、屍達は無念気な視線を虚空に這わせ、それらの更に奥には男と似た格好で全身を染め上げ殺戮に明け狂う人間達が居た。
「何故そんな眼で俺を見る。一人だけのうのうと生きてるなんて異常な奴め、殺してやる」
男の腕が振り下ろされるより早く、何とかその路地を脱出し、一目散に逃げ出す。
それから命からがらといった呈で森の中まで逃げ切り、息を切らしながら歩いていると、一人の青年と出会った。僕が恐る恐る近付くと、青年はこちらに気付き快活そうに笑う。
「良かった。君は普通の人みたいだ」
僕がそういうと、それまで笑みを浮かべていた青年の顔が一瞬にして笑みを消し去る。その光景には息が詰まり、恐怖すら覚えた。
『異常な奴だ』それを皮切りに青年の雰囲気と口調が目まぐるしく変わっていく。まるで一言毎に別人えと成り代わっているようだ。
それに恐れながらも僕は何とか勇気を出して声を張り上げる。
「僕の何処が異常だって言うんだ……お前達の方がずっと異常じゃないかっ!」
すると、青年は優しげな雰囲気をまとい直すとゆっくりと口を開き、呟いた。
「個人での正常・異常の判断が一番疑わしいよ。個人がどうかを決めるのはいつだって『多数の他人』なんだから」
まるで群衆に囲まれ言われたかの様な錯覚に陥りながら呆然としていると、青年の表情が一瞬にして凍結し――呟きを漏らした。
「一体君の何処が正常だと言えるの?」