本を閉じる音がした
僕は山を歩く。
僕の地元は埋立地だった。
だから、山を見るといつも少し気分が高揚した。
小さい頃の僕の行動範囲にある山というのは、小学校のグラウンドにある小さな山だった。
それでも、幼い頃は山とはそういうものなのだと思っていた。
今僕が歩いているのは正真正銘、立派な山だ。
道はさっきまで舗装されていたが、今はむき出しの砂利道だ。
草があまり生い茂っていないのが唯一の救いだろうか。
しかし、結構な距離を歩いた。
もう足は棒のようになり汗はダラダラだ。
心臓を休ませてやりたいが、一度立ち止まるとなかなか立ち上がれそうにない。
山を見て気分は高揚するが、山を歩いても気分は高揚しないようである。
気持ちは子供のままでも、もうずいぶん年をとったようだ。
歩いていると道路沿いに車を見つけた。
こんな田舎の山道に、無人の県外ナンバー。
おおよそ人が入ってこないであろう場所である。
色々考えはめぐったが、僕の目当てはこれではない。
どうかこれが悩み抜いた末の人の末路ではないことを、と祈りながら車の横を過ぎると、すぐその車の持ち主であろう人が見えた。
なんてことはない、犬の散歩か何かのようであった。
ペットと一緒に仲むつまじそうに戯れている。
その飼い主と目があった。
会釈をお互い黙ったままし、すれ違った。
よく考えてみれば僕の方が危ない人物に見えたのではないか?
このような山に一人で、更に奥へと進む青年。
通報されないことを祈りながら、足を進める。
ふっと、頬に汗ではない水滴が落ちてきた。
雨だ。
さっきまで晴れていたのに、ポツポツと降り始めた。
雲はほとんどない。
狐の嫁入り、というやつだ。
これ以上強くはならないだろうと思いながらも、花嫁行列が過ぎ去ってくれるのを祈りながら山を登った。
まだ、雨は青空の中降っている。
そんな中、僕は道とも言えない道を抜け、開けた丘に出た。
そこからは山のふもとの町がよく見える。
近くに川があるようであり、どこか涼しい風が吹く。
疲れ果てた僕は目標のものを見つけ、そこへ向かう。
たくさんある似た物の中で、目標のものを見つけるのは容易かった。
確認して、僕は言う。
「久しぶりだね」
僕は火を点した。
―幼い頃には暖かさに気づく事ができなかった。
目を瞑り呼吸を整える。
―これだけのことができずに中学校では一生分の後悔をした。
心の中で深く思い描く。
―描くだけで良かったのに、それすらもできなかった。
いつか閉じた心の蓋を開く。
―はじめから蓋なんてなかったのだ。
僕の想いは初めから溢れていた。
―それが僕の人生だったから。
気づけなかった。
「好きだよ、U。好きだった。」
その一言を言った事は、今までなかった。
面と向かって言う事が照れくさかった。
今なら何度でも言おう。
「好きだ、ずっと、昔から。」
届くだろうか?
わからない。
ただのエゴなのかもしれない。
それでも、僕は言いたいのだ。
「好きだ。」
それだけ、だった。
返事はない。
ふと、視界の片隅にあるものが映る。
その時、僕は衝撃を受けた。
あんまりにもそこに在ることが日常的過ぎたので、初めは気づかなかった。
しかし、よく考えて見るとそれはおかしい。
だって、それは、僕にとってあってはならないものだ。
ひいては、Uにとっても。
それを手に取りまじまじと見つめて、確信する。
ああ、そんなことか。
じゃあこの山道はそんなことのために?
でも今、ここで見つけられなかったら確信に至らなかった。
そう思うと、全てが結びつく。
嫁入りよ、いつまでも続いてくれてありがとう。
花嫁と花婿がいつまでも幸せであることを僕は祈っている。
その代わり、僕のためにも祈ってくれ。
そして、Uのためにも。
そうして僕はあなたと、出会う
それってどういうことだ?
なんて事はない、これは僕の物語だ
笑顔で僕は君に言う。
「まだ、好きだよ。」
「私も昔から、ね。」




