別離ー追跡ー
悲哀?な短編小説です。別視点(恋人)あります。
他のサイトでも公開していました。
恋人の部屋を訪ねたらもぬけの殻だった。
――――なんて、間抜けな経験をした事ある奴がこの世界にどれだけいるだろう?
笑い話として聞いた事はあっても、まさかそんな事実際にはそうそう起こるものではない。
そう思っていた。
今、目の前にしているこの光景を見るまでは。
「マジかよ……?」
目にしているものが信じられず、龍太郎はただ呆然と玄関に立ち尽くした。
ガサリと音を立てて手にしていた花束が足元に落ちる。
恋人のイメージに合わせて作って貰った純白の花束が、明かりの付くことのない暗い玄関に花弁を散らした。
ぼんやりとその様を見遣る。それは恋人の幸也との3周年を祝うためのものだった。
「幸也……」
不意に口から漏れ出たのは愛しい人の名前。この部屋の主であり、龍太郎を捨てて逃げた恋人の名前だった。
龍太郎は額に手をあてるとズルズルとその場にしゃがみ込んだ。
コンクリートの冷たさがジーンズ越しに伝わり、ますます心が沈むのを感じる。
「……なん、だよ? いったい何の冗談だっつぅの」
戸を開ける、ほんの数分前までの幸福感がまるで冷水を浴びらせられたかのように消えていく。
目にしている事を信じる事が出来ず、強く額を両手で打ち付けた。拳で繰り返されるその動作に、心のどこかで痛みを感じていたが龍太郎は何度も繰り返した。
それほどまでに唐突の出来事だったのだ。
幸也の失踪は。
「昨日までいつも通りだっただろ!? 何でだよっ」
搾り出すような問いに応える声はない。虚しく響く自身の声に耐え切れずに、小さく嗚咽を漏らした。
静まり返った室内に龍太郎の息遣いだけが響いていた。
「…………っ」
ひとしきり肩を奮わせた龍太郎は大きく息を吐き出すと鼻をすすり、乱暴に目元を擦った。
いい年をした大人が子供のように泣いてしまったことが、少し恥ずかしい。
そう思える程には自分を取り戻す事が出来た。
――ほんの少し前、涙を流していたとは思えない表情で苦笑を零す。
「……そうだ、そうだよな。元々俺が強引に幸也を誘ったんだ。無理矢理――、アイツ嫌がってたのに」
龍太郎は目を伏せ呟きを漏らすと、幸也が自分との付き合いに了承の返事をくれた日の事を思い出す。龍太郎にとっては最良の日だったが幸也にはどうだったのだろう。
はっきりと記憶していた筈の幸也の顔は、何故か霞がかかったかのように思い出せない。
*****
1年をかけて口説いた。
毎日のように迫り、無理矢理に近いものがあったと龍太郎は自覚していた。ストーカーと思われてもしかたなかったかもしれない。
それほどまでに惚れてしまったのだ。
だが、だからこそ龍太郎はいつも不安だった。
自分と――、男と付き合う事に躊躇いをみせていた幸也にいつか捨てられてしまうのではないかと。
そしてその不安は的中してしまった。
「幸也は知らないだろうなぁ。俺達入学式に初めてあったわけじゃないんだぜ?」
独り呟く龍太郎の秘密。
入学式にて惚れたと幸也には言っていたが、実は違う。
それこそストーカーと言われてしまうかもしれないが、龍太郎の片想い歴は更にそれ以前、高校の通学中に始まっていた。
駅のホームで電車を待つ、幸也の涼やかな立ち姿に目を奪われたのだ。
大学で会えた時は運命だと思った。
勢いあまって告白してしまい『周りの目を考えろ』と幸也にしかられたのものだ。
幸也のいない暗い部屋でも、目を閉じれば2人で過ごした日々が思い出される。
けして愉しかった事ばかりではないが、それでも龍太郎には大事な思い出だ。
次々と思い出される幸也と過ごした日々。
そして実感する。
自分は幸也をまだこんなにも愛してるという事を――。
龍太郎は閉じていた瞼に力をギュッと入れると、ゆっくりと目を開いた。
「……幸也。この状況がお前の答えだとしても、俺はまだあきらめる事が出来ない」
龍太郎の言葉に、先までの弱々しさはない。
涙が溢れていた瞳には力が戻り、龍太郎の決意を表していた。
ここで独り、腐っていても何もならない。自分の気持ちは変わらず幸也を想っている。まだ『嫌い』だと言われた訳ではないのだ。
ならば自分がする事はただ1つ。
幸也を捜し、追い掛けるのだ。
また1から始めればいい。今度こそ正面きってフラれるかもしれないが、何もしないで後悔するよりずっといい。
埃を払いつつ立ち上がった龍太郎は、ふと傍らに落としたままになっていた花束に気づき視線を走らせた。
おもむろにそれを掴むと胸に抱き、口を寄せ花弁を1枚噛みちぎる。
「愛してる。もう1度、俺の気持ちを伝えに行くよ。幸也――――――、首を洗って待ってろよ!」