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01 ドラゴンを訪ねて一時間

 長らくぼっち生活を送っていた私に文通友達が出来ました。



 私は魔法学者なのですが、この世界の通信技術があまりにも原始的だったので、遠く離れた場所に文章を送る事の出来る魔法を作り出そうと考えました。

 時間も資料もたっぷりありましたので、そこそこ苦労しながらも完成させることが出来たのですが、予想外の問題発生です。

 ロンリーな生活を送ってきたせいで実験相手になってくれる方がいなかったのです。

 わぁ、何て寂しいんでしょう。

 近距離で試す分には良かったのですが、遠距離になるとわざわざ自分で出向いて確認しなければいけなくて、さすがにそれは無理があります。

 ですので、こんな文を世界各地に送ってみました。


『こんにちは。私はしがない魔法学者です。この度、文章を送り合える魔法を開発しました。ですがどのくらいの距離まで使えるのかを試す事が一人では難しかったので、道行く人の力を借りられればと思い、この文を書きました。お手を煩わせて申し訳ないのですが、どうか魔方陣の中に返事を書いてください』


 ちなみに送り先は方角と距離を魔方陣に書いて決めるのですが、方角と距離だけでは何という国のどのあたりに送られるのか見当もつきません。

 地理は苦手ですから。


 あまり意味の無い試みのように思えてきました。

 こんな怪しい物を見て協力してくれる人がいるとも思いませんし。

 そもそも私が同じ立場だったとしたら間違いなく見なかったふりをします。

 しかし、地面に魔方陣を描いてちょっと魔力を込めるだけというお手軽作業ですし、他にやることもありませんので庭一面に描いてやりました。

 結果は寝て待つことにします。

 私は今日の晩御飯を考えつつ家へと入りました。


 *

 心地の良い眠りから覚めてすぐに私は庭へと飛び出しました。

 すぐにとは言っても朝食と着替えは先に済ましてありますが。


 ほんのちょっとの期待感と共に昨日描いた魔方陣を眺めます。

 あらら、どうやら全滅みたいですね。

「予想通りではありますが、これは少し堪えます」


 爪先で砂を掻き混ぜて魔方陣を消していきます。

 いじけた子供のように見えるかも知れませんね。

 と言うより実際にいじけているのですが。


「おや……?」

 私は魔方陣に砂をかけていた足を止めました。

 私が書いた文章に文量が似ていたので気付きませんでしたが、私のものとは違い綺麗な文字で書かれたこの文はもしかして返事ではないでしょうか。


『はじめまして、魔法学者さん。こんな素晴らしい魔法を編み出した方のお手伝いになるならと思い、駄文ではありますが返事を書かせて頂きました。もしこの行いが役に立ったのならば光栄です。これからも魔法の研究頑張ってください』


 心温まる文章です。ささくれだっていた気持ちが和らぎました。


『協力ありがとうございます。あなたの言葉にはとても励まされました』


 あぁ、我ながら何て語彙力の無い。

 それにこの文を見てくれる可能性はかなり低いと思われます。

 寝て待とうなどと考えたことをかなり後悔中です。


 しかし、意外にも返事はすぐに来ました。


『本当ですか!? そうだとしたら嬉しいです! この魔法は上手くいきそうですか?』


 私はしばらく悩んでから返事を書き始めました。


『まだ調べなければいけない事がたくさんあるのでわかりません。あなたがいる場所を教えて頂けないでしょうか?』


 さすがにこの質問は怪しまれるでしょうか?

 落ち着かない思いで答えを待ちます。


『グレンダ王国の都近辺にそびえる、スヴェレラ山の麓にあるカタル村から少し西に行った所です』


 人を疑うということを知らない人ですね。

自分の住んでいる場所を顔も知らない人に迷わず教えるなんて、私からすればありがたいのですが、少し心配になります。

 それにしても地図で調べなければいけないかと身構えていたのですが、意外と近くでした。

 今から行ったとして、今日中に帰って来られる距離です。


『奇遇ですね。私が住んでいるのはその近くにある湖のほとりなんです』


『そうなんですか! その湖って光虫で有名なセナ湖ですよね?』


『はい。夏になると綺麗ですよね』


 と、このあたりから違う話題で盛り上がっていってしまいました。

 そして毎日、魔法とは関係ない世間話ばかりでしたが、魔法を使っての文通を重ねました。

 こうして長らくぼっち生活を送っていた私に文通友達が出来たのです。



 ついでに脱引きこもりもしました。

 基本的に憶病でへたれな私ですが、ある日意を決してこんな提案をしました。


『会いに行ってもよろしいでしょうか?』


 書いた瞬間に後悔しました。やってしまった感満載です。

 しかもいつも返事が早いのに、今回は中々返ってきません。

 あぁ、すごく不安です。

 顔を抑え、地面に向かって呻く私はかなり滑稽でしょう。

 どうか、嫌われませんように。

 その願いが通じたのか、いつも通りの綺麗な文字が魔方陣の中に書きだされました。


『ぜひ、来てください! いつが良いですか?』


『ありがとうございます! いつでも良いですよ。あなたに合わせます』


 さらっと相手に決定権を託します。優柔不断なのは国民性なので許して欲しいです。


『では明日の昼、二時くらいでどうでしょうか? あと、今更ですが名前を教えて頂けないでしょうか』


 本当に今更ですね。

 すっかり忘れていました。


『はい、その時間で大丈夫です。そういえばお互い名前を知りませんでしたね! 私の名前はミカエルです』


『ありがとうございます。ミカエルさんですか……素敵なお名前ですね! 私はファリシエッドと言います』


『ファリシエッドさん、改めてよろしくお願いします。明日は楽しみですね』


 ここからはまた雑談です。

 私はファリシエッドさんと会うことへの不安と期待で胸を膨らませながら、早めに床に入りました。




 遠足の前は楽しみ過ぎて眠れなくなる人が多いみたいですが、私は相も変わらず快眠でした。

 神経が特別図太いのでしょうか。

 私はお昼ご飯を軽く済ますと、山へと歩き出しました。

 三十分ほど歩けば着く距離です。正直大した事は無いと侮っていました。

 しかし、三年間続けた引きこもりライフは確実に私の体力を落としていたようです。

 目的地に着くまでに一時間ほど掛かりました。

 予定の約二倍。疲労困憊の状態です。

 こんな汗だくで会って引かれないでしょうか。

 くよくよと悩みながら歩いていると、例の魔方陣がありました。

 ファリシエッドさんの姿はまだありません。


 そういえば男性か女性かも知らない事にふと気付きました。

 名前からはちょっとわかりませんし、会って見た目でもわからなかった場合はどうしましょう。

 本人に確認するのも失礼ですし――。

 魔方陣を眺めながら考え込んでいると、ふと地面が陰りました。

 雲で太陽が隠れたんでしょう。私は何の気なしに空を見上げました。

 しかし、そこに空はありませんでした。


「あれ?」


 紫色の輝く何かが空を覆って、というよりこちらに向かって降って来ます。

 悲鳴も上げられずぼんやりと突っ立っていると、何かは私の前に降り立ちました。

 風圧で目も開けていられません。

 あぁ、せっかく整えてきた黒髪もぼさぼさになっているんでしょうね。

 諦めに似た気持ちで成り行きを見守ります。


 ようやく目を開けた私は、大きく息を吸い込みました。

 恐らくドラゴンです。

 私の五倍はある巨体。光沢のある、しかし透き通った色合いを持つアメジストのような鱗は、その力強い体を鮮やかに彩っています。今は仕舞われてしまった翼は、シルクのように滑らかな飛膜が印象的でした。

 そしてあの青い瞳。知的な瞳はまるでちっぽけな人間、というより私を嘲笑うように見下ろしています。

 少し卑屈になりすぎでしょうか、しかしかなり混乱しているのです。


「はは……おっきな鉤爪だなー。素敵ですねー」


 回らない頭でそんな事を呟いていました。

 ある意味私ってすごーい。

 乾いた笑い声が辺りに響きます。


「やっぱり魔法学者さんはすごいですね。私を見て驚かないなんて」


 いや、普通に驚きましたよ?

 驚きすぎてリアクションがとれなかっただけです。

 しかしこの言い方はもしかしてと思い、恐る恐る尋ねてみました。


「ファリシエッド、さん?」


「はい。私です。初めまして、ミカエルさん」


「は、初めまして。ファリシエッドさん」


 ずれ落ちたローブを直しつつ挨拶をします。

 想像していた姿とは大きく違いましたが、どうやら本当にファリシエッドさんみたいです。

 それにしてもあの鉤爪でどうやってあんな繊細な字を書いていたんでしょうか。不思議です。

 ちなみにじっと鉤爪やら大きな口元を眺めてしまうのは人間として当然の心理なので許して欲しいですね。


「上から話すことになってしまってすみません。でも、どうしてもこの姿で会いたかったんです。ドラゴンはこの巨体ですから、一つの所に繁殖以外では一緒にいられないんですよ。家族とも遠くに離れた所に住むしかなくて……だから、離れた所にいたとしても思いを伝え合えるこの魔法は私の、ドラゴンの希望だったんです! お会いできて本当に嬉しいですっ」


 ファリシエッドさん、良いドラゴンです。

 思わず涙を零しそうになる健気さと言いますか、野太い声とは正反対の可愛いセリフです。


「私も会えて嬉しいです。しかもそんな風に言って貰えるなんて……頑張って魔法を作った甲斐があります」


初めて出来た大切な友達です。

もっと会えた嬉しさなどを伝えられれば良いのですが、なにぶん口下手で、どうにも上手く感情を表すことが出来ません。

ファリシエッドさんは長い首を縮めて、何とか私と同じ目線にしようと創意工夫しています。


「わわっ、首がつってしまいました」


 ドラゴンでも首がつるんですね……。

 私は変な形で固まっているファリシエッドさんの首へと近づくと、手をかざしました。


「あれ? 治っちゃいました」


「簡単な治癒魔法です。別に見上げなくてはいけなくても私は気にしませんから、楽な体制をとって下さい」


「ありがとうございます。治癒魔法も使えるなんてミカエルさんって大魔法使いなんですね!」


 大魔法使いって一体どういったものでしょうか。

 褒められ慣れていないこともあって、ついたじろいでしまいます。


「私はしがない魔法学者ですよ」


「優しい上に謙虚ですっ。世の中の魔法を使う人が皆ミカエルさんみたいであったら良かったのに」


「はは……ありがとうございます」


 もうやだ。喋りたくありません。やたらと褒められるのも困りものです。居心地の悪いものがあります。

 しかし、ファリシエッドさんに悪気があるわけでは無いのは確実ですし、私は苦い思いをしつつも話を進めました。

 話題が自分の事以外なら大丈夫なので、積極的にファリシエッドさんの話と世間話に花を咲かせます。

 そうして話していると時間はあっという間に過ぎ、また会うことを約束して私は家への道を歩き始めました。


 あぁ、またあの長い道のりを行かなければいけないと思うと気が遠くなりそうです。

 今度はファリシエッドさんに私の家へ来てもらいましょう。


読んで下さりありがとうございました!

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