深夜光泉 ~光る水が湧き出るオアシスはなぜ夜にだけに現れるのか~
光り輝く水が噴き出す泉があるという。それは漆黒の砂漠の底に突如として現れるオアシスであり、迷える旅人を救済する恵みの光とも伝えられている。
国王からの命を受け、その伝説の泉を見つけるために、ペドロは都の南方に広がる砂漠へと旅立った。
いくつもの砂丘を乗り越えて、2日間、歩き続けると、足元の砂は瓦礫と石ころに変わっていた。足の埋まる砂の上も歩きにくかったが、硬い凹凸のある地面もまた体力を削っていくことだろう。彼方には山脈が見える。
「ここからは岩石砂漠だ。多少は歩きやすくなるな。ところで、本当にこの方向であっているのか?」
そう言いながら、ペドロは後ろを振り返った。
アシスタントのルナは丸い大きな眼鏡をはずして、布巾で顔の汗をぬぐっている。シルクハットからはみ出した黒髪はぼさぼさだ。彼女は顔を上げて答えた。
「オアシスを目撃したという商隊が言っていたのは、確かこの方向のはずです。あの山脈が目印です。」
「光る水どころか、オアシスの一つも見つからんな。」
「もう少し歩いてみましょう。」
「あー、くそだるい。何なんだ、あの暴君は。国が疲弊しているときにこんなことしている場合かよ。しかも、よりによってなんで俺なんだ。」
「お気持ちはわかりますが、誰が聞いているかわかりません。お言葉を慎んでください。」
「こんな砂漠の真ん中でか?もう戻れなくてもいいよ。どうせ腐敗した王政に将来はない。光るオアシスを見つけて、その水を汲んで来いとか、遊んでる場合かよ。あの商人も怪しいよな。話題に尽きて、口から出まかせを言ったのかもしれないし。」
とうとう日が暮れて、その日は岩の上で休むことにした。砂漠の夜は冷え込む。焚火の近くで、寝袋にくるまってもなかなか寝付くことができなかった。
「寒くてたまらん、体を寄せ合おう、ルナ。」
「お断り申し上げます。」
次の日、空が白むころ、目覚めとともに出発し、太陽が南中するころ、彼方にオアシスが見えた。水辺を囲むようにナツメヤシの木が立ち並んでおり、その下にはザクロやイチジクの実をつけた木々が生い茂っていた。
「めぐみのオアシスだぞ。」
ペドロは夢中で乾いたのどを潤して、せき込んだ。
「しかし、ここの水もやはり違ったか?光を発しているようには見えぬ。」
ペドロは水を救い上げた両手に顔を近づけて、影を作り、水を暗所にさらしたが、水が光を発している様子はない。ルナは大きな眼鏡の縁をつかんで、相変わらず不機嫌な顔で水面を見つめている。
「水が光を発している場合、たいていは水の中にいるプランクトンが発光体となっていることが多いのです。そんな水は飲めたものではありませんよ。」
「そうなのか、安易に飲んではならぬな・・・」
「それに砂漠の湧き水にプランクトンが含まれている可能性は低いと思います。砂漠の水は塩分を含む地下水ですから。」
「じゃあ、プランクトンをどこかから持ってきて混ぜちまえば再現できるってことか。」
「プランクトンの発光量は微弱ですから、光るオアシスというほどのものになるかは疑問です。このオアシスには集落があるようですね。聞いてみましょう。」
数件の家屋が水辺を囲んでいた。作業台の上でヤシの実を割る作業をしている男性が見える。裸の上半身は日に焼けており、筋肉が盛り上がっていた。ペドロは彼に話しかけた。
「すみません。セバスチャン国から王の命を受けてこの辺りを探索している者です。もしご存じなら教えてほしいのですがよろしいでしょうか。」
男は振り向くと、うなずいた。
「光るオアシスというものをご存じですか。光り輝く水が吹きだすのです。この辺りにあるはずです。」
「昔はあった。だが今はもうない。光らなくなった。」
「とりあえず、その場所を教えてください。」
「なぜ、国王はそのようなものを探しているのだ。」
「国王は珍しいもの、特に華やかなものが大好きのです。宮殿を見たことがありますか。それはそれは豪華絢爛で・・・」
「国王の命であるという証拠を見せよ。」
ペドロは国王の印が入った依頼状を見せた。男は答えた。
「西に30キロほど歩くと、岩とヤシの木に囲まれた小さな水辺がある。周りには他に水辺などないからすぐにわかるだろう。小さなオアシスだから人は住んでいない。水が光ったとしても太陽が出ている間は光っているかは見分けがつかない。光るとしたら夜だ。」
ペドロは礼を言って、集落を後にした。
「着くころには日が暮れるな。昔は光ったが今は光らないとはどういうことだろう。」
ルナが言った。
「商人がそれを見たのも数年前と言っていましたね。その間に何かが変わったのでしょう。プランクトンが死滅したとか。」
「プランクトンか・・・君はロマンがないな。汚れをはらう聖水とは考えないのか。」
「水中の微小な生物が光を発することは顕微鏡で確認できています。私は科学者ですから、常に物事を分解して考えます。」
「そのような意見は国王の前では言わぬほうが良いぞ。あの方は頭の中がファンタジーだからな。」
西の空が夕焼けに染まるころ、ペドロたちは小さな水辺を見つけた。傾いたオレンジ色の光がヤシの木の影を長くしており、その影が水面を覆っていた。水面は暗い。
「あの村人の話を信じるとして、せめて調査だけでもしてみるか。」
「はい。食料の残りを考えても、もう引き返す必要がありそうです。まだ、夕暮れまでは時間があるので調べてみましょう。」
ルナは水辺に足を入れて調べはじめた。
「なにか、わかったか。」
「この辺から水が湧き出しているようです。生き物はいません。塩分濃度はそれほどではありませんが、他のオアシスと水質は変わりませんね。」
ルナは網で水の底を救っている。砂、というか泥なのか、その中を調べているようだ。
「ただの砂だろう。そんなの見ても何もわからんよ。」
「おや、この石は見慣れない色をしていますね。緑がかっています。」
ルナはこぶし大の石、というか岩の破片を見つめている。たしかに、あまり見ない石ではあった。しかし、石など調べてどうしようというのだろう。何回か網で救い上げると、同じような石が水の底から何個か出てきた。
「これ以上調べても何も出てきませんね。周りに発光物があって水面にあたっていた可能性も考えましたが、今現在はそのようなものもありません。」
「そんなんで光るなら、月明かりが水面にあたっても同じことだろう。やっぱりガセだったんだよ。帰ろうぜ。」
「この石は珍しいもののようです。せめてこれだけでも手土産にしてはいかがでしょうか?」
王都を立って数回目の朝を迎えた。今日も太陽が強い日差しで大地を照り付けている。水辺はきらきらと輝いていた。昼間なのだから当たり前だろう。彼らはオアシスを立って帰路に着いた。
「いつまでそんな石を持ってんだよ。さっさとカバンに仕舞ったらどうだ」
ルナは石を手に持って眺めながら歩いている。
「光を浴びたときの反応が変わっていますね。光を反射するのではなく吸収しているような。時間がたつにつれ熱を帯びているようにも感じます。」
日が暮れるころ往路であたりを付けていた水辺に到着したので、そこで休んだ。旅人の休憩所程度の小さなオアシスだ。ペドロはイラついていた。何の成果もあげられない無駄な旅。国王にはまた罵られることだろう。憂鬱で仕方がない。
「こんな石ころ何の意味もねーよ。」
ペドロは例の石をルナから取り上げて泉にめがけて投げ込んだ。そして、旅の疲れからかぐったりとして眠ってしまった。
しばらくして、ルナの声で目を覚ました。
「ペドロ少佐、起きてください。光泉が現れました。」
「光泉・・・夢でも見てんのか・・・」
体を起こして、目をこすりながら、空を見ると月明かりのない夜空に星が広がっていた。水辺に顔を向けると、ある一角がぼんやりと青緑色に光っているのが見えた。目を凝らすと泉の上で光る水面が揺らいでいる。寝る前に石を投げ込んだあたりではないか。深夜の砂漠に輝く光の泉である。暗闇からルナの声が聞こえた。
「謎が解けました。あの石は蓄光石の一種です。昼間蓄えた光を夜の間、放出するのです。数年前、例のオアシスではそれが水の下で光を放っていたため、まるで光る水が湧き出ているように見えたのです。それがあるときを境に、大量の砂が覆いかぶさり、光を吸収できなくなった。それを我々が救出したのです。」
ペドロたちは王都には戻らなかった。錬金術師、あるいは魔法使いとして生計を立てることにした。残りの蓄光石を回収すると、倉を借りて鍵をかけ、保管した。掌で握れる大きさまで砕き、ショーを開催する日の昼間、太陽にさらした。夜になると、袋の中に手を入れて光が漏れないように掌で握り、水の中にその手を入れて、そっと開く。人々は、まるで水を光らせる魔法を使ったように錯覚する。
「そういうことには知恵が回るのですね。」
ルナは呆れたように言った。彼女は今日も石を分解して、実験をしているようだ。




