勝利の余韻
「ゲームセット、勝った……! ドラゴンズ、勝ったぞ……!」
ライジングスタジアムの夜空に、地鳴りのような歓声が響く。ミコライオの暴挙に激怒したナインが掴み取った、執念の逆転劇だった。
だが、その熱狂も、バックネット裏の特別室にいた杉谷拳士には、遠い世界の出来事のように聞こえていた。
茂治の診断は「軽い脳震盪」。その日のうちに自宅へ戻ることを許されていた。
リビングの明かりの下、頭に白い包帯を巻いた茂治は、ベッドの上で力なく、だが優しく笑った。
「すまんな、拳士。誕生日の試合じゃったのに、とんだ醜態を……」
「ううん……親父はすごかったよ。あのホームラン、俺、絶対に忘れん」
父親が無事だとわかった瞬間、張り詰めていた糸が切れ、拳士の目から涙がこぼれた。やがて拳士は涙を拭い、自分の部屋へ戻った。
ベッドに潜り込み、拳士は枕元の六本指グラブを愛おしそうに撫でた。
親父は生きている。あの怪物に打ち勝ったのだ。
(俺も、絶対に逃げん。右も左も全部自分のものにして、親父みたいなプロになる。ミコライオみたいな理不尽な奴らを、俺の作ったシステムで、ぐうの音も出んくらいに叩きのめしてやるんだ……)
十三歳の少年は、圧倒的な安心感の中で深い眠りに落ちた。その寝顔は、ここ数日の険しさが嘘のように穏やかだった。
深夜二時。
寝室で目を覚ました茂治は、喉の渇きを覚え、ふらつく足取りで廊下へ出た。拳士の部屋のドアがわずかに開いている。茂治はそっと中を覗き込んだ。
月明かりの下、両投用グラブを抱きしめて眠る息子。
(拳士……立派な選手になれよ。お前なら、俺の行けなかったあの場所へ、きっと行ける)
茂治は笑みを浮かべた。それが、父親としての彼がこの世で見た最後の光景となった。
台所へ向かい、コップに水を注ごうとした、その時だった。
脳の深淵で、何かが冷酷に弾ける音。
視界が歪み、猛烈な目眩が襲う。手から水が滑り落ち、コップが床で粉々に砕け散った。
息子の名を呼ぼうとするが、舌が硬直して空気が漏れるだけだ。昼間の死球。精密検査の裏で、脳の奥深く、見えない血管から溢れ出した暗い血液が、静かに、しかし致命的な速度で神経を圧迫し続けていたのだ。
「け、ん……し……」
茂治の巨躯は、床に広がる水とガラスの破片の中に崩れ落ちた。大きく開いた男の瞳から、急速に光が失われていく。
すぐ隣の部屋では、何も知らない拳士が、父親のくれた特注のグラブを強く抱きしめたまま、輝かしい未来の夢を見続けていた。




