表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
杉谷拳士物語  作者: 水前寺鯉太郎
中学生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/56

勝利の余韻

「ゲームセット、勝った……! ドラゴンズ、勝ったぞ……!」

 ライジングスタジアムの夜空に、地鳴りのような歓声が響く。ミコライオの暴挙に激怒したナインが掴み取った、執念の逆転劇だった。

 だが、その熱狂も、バックネット裏の特別室にいた杉谷拳士には、遠い世界の出来事のように聞こえていた。

 茂治の診断は「軽い脳震盪」。その日のうちに自宅へ戻ることを許されていた。

 リビングの明かりの下、頭に白い包帯を巻いた茂治は、ベッドの上で力なく、だが優しく笑った。

「すまんな、拳士。誕生日の試合じゃったのに、とんだ醜態を……」

「ううん……親父はすごかったよ。あのホームラン、俺、絶対に忘れん」

 父親が無事だとわかった瞬間、張り詰めていた糸が切れ、拳士の目から涙がこぼれた。やがて拳士は涙を拭い、自分の部屋へ戻った。

 ベッドに潜り込み、拳士は枕元の六本指グラブを愛おしそうに撫でた。

 親父は生きている。あの怪物に打ち勝ったのだ。

(俺も、絶対に逃げん。右も左も全部自分のものにして、親父みたいなプロになる。ミコライオみたいな理不尽な奴らを、俺の作ったシステムで、ぐうの音も出んくらいに叩きのめしてやるんだ……)

 十三歳の少年は、圧倒的な安心感の中で深い眠りに落ちた。その寝顔は、ここ数日の険しさが嘘のように穏やかだった。

 深夜二時。

 寝室で目を覚ました茂治は、喉の渇きを覚え、ふらつく足取りで廊下へ出た。拳士の部屋のドアがわずかに開いている。茂治はそっと中を覗き込んだ。

 月明かりの下、両投用グラブを抱きしめて眠る息子。

(拳士……立派な選手になれよ。お前なら、俺の行けなかったあの場所へ、きっと行ける)

 茂治は笑みを浮かべた。それが、父親としての彼がこの世で見た最後の光景となった。

 台所へ向かい、コップに水を注ごうとした、その時だった。

 脳の深淵で、何かが冷酷に弾ける音。

 視界が歪み、猛烈な目眩が襲う。手から水が滑り落ち、コップが床で粉々に砕け散った。

 息子の名を呼ぼうとするが、舌が硬直して空気が漏れるだけだ。昼間の死球。精密検査の裏で、脳の奥深く、見えない血管から溢れ出した暗い血液が、静かに、しかし致命的な速度で神経を圧迫し続けていたのだ。

「け、ん……し……」

 茂治の巨躯は、床に広がる水とガラスの破片の中に崩れ落ちた。大きく開いた男の瞳から、急速に光が失われていく。

 すぐ隣の部屋では、何も知らない拳士が、父親のくれた特注のグラブを強く抱きしめたまま、輝かしい未来の夢を見続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ