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化ける猫と黒縁眼鏡  作者: 佐伯 みのる
<春の章>
7/10

フィールドワーク②

 牛丼を奢り、さらに交通費も出すからと言えば、腹が満たされて少し機嫌が良くなった武藤が「仕方ないな…」と呟くに至った。猫柳は心の中でガッツポーズだ。

 猫柳から見れば、武藤は本当にお堅いイメージでしかなく、いつも太い黒縁眼鏡をかけて難しそうな顔で本を読んでいるイメージしかなかった。だからこそ、4月の新歓から6月の今になるまでほとんど話した事がなかったのだ。

 猫柳にとって、武藤はまだ未知の人間だ。同じサークルで4年、共にやっていくなら仲良くなっておきたい。だからこその、今回の誘いだった。

 都心から郊外の方までは快速の電車で行けたが、そこからは鈍行でのんびりとした道程だ。電車自体が古く、懐かしい雰囲気のあるシートが薄く固い90度の直角のボックス席。窓側から何故かほんの少し出ているテーブル。用途はよく分からない。

「あ、見てよ武藤くん、いきなり家が減った!」

「うわっ、トンネルで耳がキーンってした!!」

「ねえ武藤くん、田んぼと畑ばっかで何にもないけど、なんでこうぽつぽつと中に建ってる家って大きいのかな。あれが百姓貴族ってやつかな!?」

「あ、そうだ。武藤くんお菓子食べる?」


「猫柳。お前ちょっと黙れ。」


 武藤は鈍行電車に乗り換えてからずっと、猫柳が今朝古書店で買った資料に目を通していたのだが、いい加減、猫柳がうるさくなってきた。

「え?」

「今、行き先の情報を頭に入れてるんだ。邪魔するな」

 きょとんとしている猫柳にそう言えば、猫柳はじゃあ読み終わったら言ってね、とにっこり笑って一人、外を流れる景色を堪能し始めた。結局付き合わされる羽目になったのだが、猫柳にとってはフィールドワーク。つまり”調査”だ。なのにどうして猫柳は遠足気分でいられるのか。

「猫柳」

「なに?」

「俺にもそのポッキー、寄越せ」

「ん?うん、いいよ」

 なんとなく釈然としなくてそう言えば、猫柳はにっこりと笑って開けていたポッキーの箱を差し出してきた。

「両手塞がってるなら、あーん、したげよっか?」

「さすがに殺したくなる」

「あっはは、冗談だよ。はいどうぞ」

「どうも」

 箱からポッキーを抜き取ると、武藤は悔しそうにそれをひと齧りする。ずっとヘラヘラ笑っているだけだというのに、何故だか猫柳に勝てる気が一切しない。

 だが、武藤はどうにかして猫柳のヘラった笑顔を引っぺがしてやりたくて堪らなくなる。しかし次の瞬間には、もう『どうでもいい』に気持ちが動いていた。

 猫柳がどういった人間で、どんな風に誰と接しようと、自分にとってはどうでもいいのだ。……そう、自分(むとう)に向けられるものでないのであれば。




 辿り着いた駅は、駅員すらいない”無人駅”であった。改札口っぽいところに『きっぷ入れ』と書かれた木箱が置いてあるだけだ。無人駅を経験したことのない武藤は、わずかに眉を寄せて言う。

「これ…大丈夫なのか?」

「うん。無人駅って大体こんなんだよ?ここにポンっと切符入れておしまい」

「いや、キセルとか…」

「そんなことしてまで此処に来たがる人がそもそもいないって。俺のばあちゃんちも結構ド田舎なんだけど、無人駅だよ?」

「不用心駅の間違いだろ……」

「ぶふっ!武藤くんの天然が面白い…!!」

「…馬鹿にしているのか、猫柳」

「してないしてない!ほら、早く行こう」

 くつくつと笑いを零したまま、猫柳は改札口の向こうで手招きしている。憮然としたまま武藤も切符を箱に突っ込むと、改札口から外に出た。

 改札口を出たそこはもう、文字通り『外』であった。日が傾きかけている空は、雲がかかっている。ひと雨くるのではないだろうか。

「猫柳、ここから目的地まではどのぐらいだ?」

「え?ここ。ここだよ?」

「ん?」

「もう5分もしたらバスが来るはずだから、それに乗って…20分くらいかな?そしたら、とりあえず人が住んでいる場所まで出られるから、そこまで行くよ」

「とりあえず人が住んでる場所……?」

 何故だか猛烈に嫌な予感がしてくる。見渡す限り、何もない。猫柳の話ではバスは来るみたいだが、そもそもバス停が見当たらない。ロータリーにもなっていない。

「あはっ、武藤くん、もしかして田舎は初めてかな?」

「まぁ……さすがにここまでのものは…ちょっとな」

「じゃあ、いい経験になるかもね」

「不便さの?」

「そんな感じ」

 うんうんと笑いながら頷く猫柳を、目を据わらせて睨む。そんな経験値は要らない。そんなやり取りをしている内に、バスは駅にやってきた。


次回へ続く!!

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