【はじまりのはなし】②
手に取った本は今日買ってきた本の最後の一冊。そういえばこれが最初に買った本だったなぁ、と武藤は表紙を見ながらそう思い出していた。
時間はあっという間に過ぎて、気が付けば外が真っ暗になっていた。立ち上がって武藤はカーテンを閉めると再び椅子に戻って、最後の一冊のページを開いた。
大学生の作品とはいえ、やはりみんなフィクション小説の作りが上手い。きれいだ。
まるで全部が作り物みたいに、つるりとしている。この感触が楽しくて武藤はフィクション小説を愛していると言っても過言ではなかった。
作家ごとに色はあるが、全体を通して言えるのが、つるりとした感触だ。嘘のコーティング。手触りがよく滑るほど、心地よい気分が味わえた。
ところが、ある作品を読み始めたとき、手触りに違和感を感じた。最後まで読んだが、他の作品と比べると出来はあまり良くない。少年漫画のようなノリをした冒険小説。普通に考えたらこれは完全にフィクション。
それなのに。
(……なんだこれ。)
ちゃんとフィクションのはずなのに、どこかざらりとしている。こんな手触りは初めてだ。ページを前に戻し、もう一度冒頭から読み直す。それでも、このざらりとした感触は残った。
他の作家の作品も読み返してみるが、ざらりとした独特な感触は、この一作だけだ。最後にもう一回だけ、感触の違う作品を辿る。
確か、友達に聞いた話では冬にもコミケがあったはず。同じ大学の文芸誌なら、新刊にも載るのではないかと思い、武藤は冬も訪れようと決めて作者の名前と大学名を頭の中に入れた。
「東都翠陵大学………東雲、朔夜。」
これが、この先「恋」をすることになる「小説」との出会いだった。
それから毎年、武藤は夏と冬のコミケに行くことになる。もちろん、東都翠陵大学文芸サークルの本を買うためだ。せっかくだからと他にもいくつか買うが、入場して一番最初の訪れるのは、東都翠陵大学のサークルだった。
最初に武藤にコミケを教えた友達は、また違うジャンルがお目当てだったようで、「壁サーだから売り切れ前に急いで行かないと!」と言っていたのだが、なるほど確かにと思わせられるようになった。
自分が向かうのは友達曰く「島中」といわれる場所らしいのだが、それでもお目当てのものが売り切れていたら、それはかなり ――― いや、相当残念なことだろうと思うからだ。
武藤は数冊は文芸誌を買うが、東都翠陵大学の本はいつも最後に読むようにしていた。好物は最後に取っておく、ではないが、東雲朔夜の小説を読むのは後に回すほど、手触りを強く感じられるのだ。たくさんの『つるり』のあと、締めに『ざらり』を味わう。まるで最後のデザートのような扱いだ。
だが、それがデザートではなくメインディッシュになるまでには、そう時間はかからなかった。
つまりそれが、武藤にとっての「恋」の始まりであり、相手が「小説」だったというわけである。
高校三年の夏のコミケ。そこでいつものように手に入れた東都翠陵大学の本。いつものように家に帰り、いつも通り文芸誌を順に読み進める。
最後に残した一冊。東都翠陵大学の文芸誌を開く。そして、最後まで読み終えたとき、武藤の中に違和感が生まれた。
( ――――― いつもの『ざらり』が……ない?)
ページを繰り、もう一度確かめる。そして、その確認は目次の作家欄に移る。
それらのどこにも「東雲朔夜」の名前が ―― ない。
(東雲朔夜の小説が…載ってない?)
これは武藤にとって想定していないことだった。これまでの四年間、一度だって欠かしたことがないのに。しかしそこで武藤はあることに気がついた。
四年。普通の四年制大学であれば、よほどの事が無い限りは卒業だ。しかし、大学院へ進み夏だけ休筆した可能性だってある。冬の本で確認するしかない。
冬のコミケまでの間は、過去の作品を読み、あの独特の感覚に触れ続けていた。この『ざらり』の本質はなんなのだろう?なんて考えてみたりもして。
今までフィクション小説の手触りはすべてつるりとしていた。フィクションという嘘で固めた、作家の感情を出さないためのコーティング。
それで、ふと武藤は思いついた。もしかしてこの『ざらり』は。しかしあり得るのか?フィクションに作者の感情が見えている、なんて。冒険小説なんてどう考えてもフィクションだ。作家の感情が漏れ出しているなんてことが…。
( ――――― 東雲朔夜だから、か?)
彼にしか出せない技巧なのだろうか。文章の端々感じる感情の漏れ。それがつるりの外に流れてでこぼこになり、『ざらり』となるのか。ならば、今まで楽しんできたざらりとした手触りは、東雲朔夜の『感情』で、自分はそれに『恋』をしたことになってしまうのだろうか。
(嘘だろ……?)
正直なところ、武藤に東雲朔夜自身への興味はほぼ無かった。あったのはあくまで作品への興味。だから、作家本人に会ってみたいなどと思ったことも無い。
だけど、もし、そうなのだとしたら?
それも確かめるために冬のコミケへと向かったが、その時の新刊の目次にも東雲朔夜の名前を見つけることはできなかった。
それでもコミケでは何冊か文芸誌を購入したが、それはひとまず自分の机の端へと追いやられていた。自宅の一階からは「大掃除を手伝え!」という母親の声がしていたが、それも耳に入らないほど、武藤は思考の海に沈んでいた。
何故、今年になって東雲朔夜の小説が載らなくなったのだろうか。この4年間は欠かさず載っていたというのに。
(………4年?)
もしかして、と思い至った。通常の4年制大学を問題なく過ごしていたのだとすれば、今年の春が卒業の年だ。もしかして、東雲朔夜は…卒業してしまったのだろうか。
可能性としては、それが一番高い。しかし大学院に進んだ可能性だってあるし、まだ残っている可能性も捨てきれない。
要するに、自分はまだ『東雲朔夜の小説』を読みたいのだろう。
(もしかしたら、)
視線を机の上に置いてあるA4の用紙へと向けた。そこには、『大学受験希望申告用紙』と書かれている。
本当に東雲朔夜が東都翠陵大学に在学していたとしたら。その痕跡が残っているのではないか?未発表だった原稿を目にすることができるのではないか?
志望校の紙を見下ろす。武藤は少し迷ってから、ペンを取った。
『東都翠陵大学』
他にも書いていた志望校に追加で一校、そう書き足した。
次回へ続く!!
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