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化ける猫と黒縁眼鏡  作者: 佐伯 みのる
<過去の章>
1/9

【はじまりのはなし】①

フィクション小説を愛する一人の読書家がいた。


中学二年の夏。

彼が恋をしたのは、とある大学が発行した文芸誌に掲載されていた小説だった。


作者の名は「東雲朔夜」。


そして大学入学後、彼は出会う。

猫を被った、奇妙な男に。


【”恋”を知った、或る読者の話】


俺は今、恋をしている。

相手は人じゃない。小説だ。

まるで『無機物』に惚れた変人だろう?

しかし、俺はそれを否定する。

物語には作家の感情や思想が入る。

そして、それらは『人間』が持つ。


だから ――― 俺のこの気持ちは、恋と定義していい。




 これは、武藤という男がある大学に入る四年前の話である。

 彼は読書が好きであった。趣味と範囲づけるには少々度が過ぎている。

 小学生の頃から図書室や図書館に入り浸り、いわゆる『フィクション小説』…物語を読むのが大好きで、現地で読み、借りて読み、気が付けば物語と呼べる『フィクション小説』はほぼ網羅していたと言っていい。

 だが、彼はあくまで『フィクション』が好きなのであり、ノンフィクションや、エッセイ、哲学書、評論などの類には一切興味が無かった。作家の脳が作り上げる幻想、書き手本人の感情の見えない、つるりとした文章の手触り。それをこよなく愛していたのだ。

 その条件さえあれば、文学小説であろうとライトノベルであろうと、彼はまったく気にしない。個々の作家独特の表現、構成、文章。フィクションならば、同じ作家でも

手触りが変わる。その変化を楽しむのもまた一興。そうやって武藤という少年は少しずつ成長していった。


 ところがここで問題が生じた。

「……どれも読んだ本ばかりだ……」

 図書室や図書館には、定期的に新刊が入りはするけれど、乗り遅れたら借りる順番待ちが長くなる。なので、特に図書館では入荷予定の本には一番で予約を取り付けるぐらいの素早さをみせていたが、逆に言えば『入荷待ち』の状態に陥ったのだ。

 既に置かれている本はとうに読み尽くした。繰り返し読みたくなる本には、まだ出会えていない。

「……どうしようかな」

 しかし、中学二年の夏。友人から聞いたある場所に光を見出すこととなる。

 巨大な展示場を借り切っての年に二回のお祭り。


 そう、コミケだ。




 とんでもない人混みと呼び込みの声に辟易しながら、文芸ジャンルの場所まで辿り着くと、そこはまだ少し落ち着いた雰囲気で、武藤は知らずホッと胸を撫でおろしていた。

 机の並びを左右を見ながら通り抜けていく。文芸といってもジャンルはたくさんあるようで、フィクション小説もあれば、エッセイや評論、哲学、更には趣味を突き詰めた研究レポートのような本を出しているところまである。だが、己の求めているものはそこではない。

 小遣いの事を考えると、あまりたくさんは買えない。個人が少部数刷ったからだろうか、一冊の単価がそれなりにするのだ。もちろんここまで全て自分でやった対価と考えれば妥当だとも思うが、それにしたってこれでは5冊買うがいいところだろうか。

 悩んでいると、ふととあるスペースが目に入った。

「あ…」

 それは、他のスペースにある本と比べるとかなり分厚い本…というより文芸誌のようだった。表紙も中の紙もペラペラで、けれどそれすらも魅力的だった。

「わあ…」

 その本の中にはたくさんの作家がいた。ざっと見た限りでも十人以上はいる。エッセイも少しはあるようだが、評論や哲学論などは無いようだった。

「お、なんかちっこいのが来てるな?ゆっくり見てってくれな」

「あ…あの、この本、なんでこんなにたくさんの作家さんがいるんですか?」

「ああ、これはうちの大学の文芸サークル……まぁ、俺らの事なんだけどな、その部員が書いたものを一冊にまとめたものだからな」

 自分よりずいぶん体格の良い男がのそりと現れて、細々と文芸サークルが出す本の基本を教えてくれた。なるほど、一冊単価はそれなりだが、こういう形ならそれだけ沢山の作品を読めるという事だ。

 これはむしろラッキーなのではないか?

「すいません、これを一冊お願いします」

「ありがとうございまーす!」

 手にしていた本を指して言えば、テーブルを挟んだ向こうにいる男は、にんまりと良い笑顔を見せたのだった。

 そうして、他にも違う大学が似たような文芸誌を出しているのを見つけ、それらを吟味し2~3冊手に入れると、ホクホクしながら武藤は家へと帰ったのだった。




 家に帰り、武藤は自室にこもるとリュックを机の上にそっと置いた。この中にはお宝が山ほど入っているのだ。

 図書館にあるようなハードカバーでも文庫でもない、不思議な大きさ、形式の本。そしてそこにはまだ未知の物語が溢れている。

 武藤はいそいそとキッチンでコーヒーを入れる。角砂糖は二つ。牛乳は多め。そうして部屋に戻って、リュックから本を出し机に置くと、椅子に座った。


(………よし。)


 準備は完了。読書時のお菓子は厳禁。零して汚したら大変だ。カフェオレを入れたマグカップも少し遠くへ離してある。完璧だ。

 それを確認して満足すると、重ねて置いた中の一番上の本を手にしたのだった。


次回へ続く!!

☆面白かったときは評価や感想、レビューなどお待ちしています☆

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