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「RPGパラレル・パラドックス」  作者: しんTAKA


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第五話 「九月三日のパラドックス」

九月三日、KAHOの誕生日に送ったノート。彼女は、そのページに何を書いたのだろう。

雪の降る夜に交わした握手。「安岡氏のタバコに火をつけるのも、これで最後だね」

その温もりが消えないうちに目覚めた俺を待っていたのは、日付すら重複した「もう一つの現実」だった。

【フェーズDream1(続き)】


夏が傾いたころ、俺はアルバイトを始めた。ナイトクラブのボーイ。

給料がよかったのだ。

でも休みのないアルバイトで毎日行かなくてはならず、結構ハードだった。

講義には出ていなかったから、昼過ぎに起きて夕方、練習してそのままバイトに行くっていう生活を送っていた。


ある日、のどが痛くて風邪気味でしんどかったのだが、休むわけにもいかず、出かけていった。

仕事場で準備をはじめてると電話がかかってきた。


「安岡君、電話だよ」


フロントのおばさんに声をかけられて出るとKAHOちゃんだった。


「アルバイトここでしてるんだ」


ってクラブの名刺を渡していたから、それを見て電話をくれたらしい。


「どうしたの?電話くれて」

「うん、安岡氏、風邪、しんどそうだったでしょ? 私、用事で近くまで行かないといけない

から、風邪薬届けてあげるよ。30 分後に外で待ってて」

「え、いいよ、悪いから」

「いいから、いいから。待っててね」


この辺はなおこちゃんに似てるなぁと思った。仲がいいはずだ。

30 分後に外で待っていると、彼女がスクーターでやってきた。

俺を見つけるなり、


「そんな格好でバイトしてるのぉ?」


と驚いた声をあげた。

俺はエンジのブレザーに黒いスラックスと腰帯、黒の蝶ネクタイという、いかにも夜のお店の人って感じの格好だったので彼女はびっくりしたようだ。


「変?」

「いや、変じゃないけど、似合いすぎてるっていうか、でもいつもの安岡氏じゃないみたい」

「それ、ほめてるの?」

「いやぁ、ま、その、ね。ハイこれ、薬。栄養ドリンクも1 本入れといたから」


と紙袋を渡してくれた。


「ありがとう」

「このドリンクはちゃんと栄養があるんだからね。この前、実習で実験したところだから大丈夫。しっかり飲んで元気で頑張ってね」


そうだった。彼女は食物科の学生だった。

そんなことも忘れるくらい大学の講義には出ていなかった。


「せっかくもってきたんだから感謝しなさいよ(笑)」

「わかった。しっかり飲んで元気で頑張るよ」

「じゃあね」

「ちょっと待って」

「何?」

「……これ」


俺は反対の手に持っていた紙の袋を彼女に渡した。


「え、なに、これ?開けていいの?」

「うん。大したものじゃないけど」

「なんだろう」


と彼女は袋を開けた。

そこにはB5のコクヨノートとインクカートリッジタイプのスリムな万年筆が入っていた。


「今日、誕生日でしょ? 9月3日。KAHOちゃんにこれからも歌書いてほしいと思って」

「え、覚えててくれたの?」

「もちろん!」

「練習の時にくれればよかったのに」

「そうだけど、でも、こんなもの誕生日プレゼントなんて、ちょっと恥ずかしかったから渡しそびれちゃった」

「もう、その辺が安岡氏らしいとこね(笑)」

「こんなものしかあげられなくて、ごめんね」

「ううん、嬉しい。この万年筆、安岡氏が使ってるやつとおんなじだね」

「うん。前はシャーペンで歌詩を書いてたんだけど、消したりするんじゃなくて、間違ったことでも見えるように残しておきたいと思って、消えないように万年筆を使うようになったんだ。そしたら自分の書いた言葉が客観的に見えるようになったから、KAHOちゃんにもそういう感覚を知ってもらいたいと思って」

「そっか。ふふふ、安岡氏、覚えててくれたんだね。私が『音楽に冷めてる』って言ったこと」

「うん。KAHOちゃんの感性は『魔女』や『あなたと愛の丘で』で終わるとは思えないから、もっともっと歌を書いて欲しいんだ」

「・・・うん、わかった。それが安岡氏の願いなんだね」

「いや、もちろん俺の願いだけど、KAHOちゃんの願いでもあると思ってるよ」

「そうね、そう、私もまだまだ新しいもの創れるよね」

「そうだよ。そしてまた一緒にやろうよ」

「そうか、新しい歌作ったら、また安岡氏と新しいことできるもんね」

「そうだよ。だからこれにいっぱいアイデアを出してくれたら嬉しいな」

「うん、頑張ってみるよ」

「期待してる」

「じゃあ、本当にじゃあね」


そう笑うと彼女はバイクを反転させて帰っていった。

見送った後、紙袋の中をみると、風邪薬に栄養ドリンク、それに一枚のメモがあった。

そこには、


「安岡氏、これ飲んで早くよくなってね。私の愛情つきだよ。なんてね。KAHOより」


と書かれていた。

薬よりもこのメモのほうがうれしかった。

栄養ドリンクの蓋を開けて一気に飲み干すと、俺はナイトクラブの建物の中に入っていった。




9 月の終わり頃、


「また新しい曲つくったんだよ。リードつけてくれる?」


そう言って彼女は『あなたへのLove Letter』という曲を、聴かせてくれた。



♪『あなたへのLove Letter』


日記帳に隠した 秘密の言葉たち

あなたへの想いを 全部書き綴った

でも 本当の気持ちは隠して 

気遣うだけの言葉を手紙にしたためてる

あなたへのLove Lettr 切ない気持ちを託して

毎日 渡しているのに 何故 一度も返事くれないの?

私の思いに気づかないはずはないのに……



そんな意味深な歌詞が耳に残った。

俺のこと?まさかね……。

確かによくメモ程度の手紙はくれるけど……。

俺の瞳には彼女がいつも素敵に映っていた。

彼女を好きだと思った。

でも……。

もっと大事なものがある気がした。彼女と恋愛関係になったら一時的には、いいだろう。

でも、もし別れるようになったら、一緒に音楽することが出来なくなってしまう……。

俺にはそれが怖かった。

だからなにもそんな言葉は口にしなかった。

口にしたら、それで夢が覚めるようにすべてが壊れてしまうような気がしていたから。

そんなこんなで仲良くしていたのだけど……。


ある日、なおこちゃんが、


「KAHOちゃん、最近、早田先輩とつきあってるんだって


って言った。


「え、早田さん?」


意外だった。

ロックバンドのベーシストだった人とフォークの彼女の組み合わせがピンと来なかった。

なにより、彼女が付き合っている相手ができたことを知らなかった。


(なんで?俺にはなにも言ってくれなかったのに・・・)

(あんな先輩と付き合うくらいなら、僕とつきあってほしいくらいだ)


そんな思いが頭のなかで大きくなった。

彼女に確かめようと、いつもの練習場所に行くと、彼女がギターを持って座っていた。

横に早田先輩がいて楽しそうにふたりで話していた。


「あ、安岡氏、どうしたの?今日はアルバイトじゃなかったっけ? 相変わらず、講義にも出

ないで大丈夫なの?」


僕は何も言えなかった。

ただ少し腹立たしかった。

そこはいつも僕が座ってギター弾いてる場所だぞって言いたかった。


「安岡君、KAHOちゃんとつきあってるんだと思っていたわ」


同じ教室の中にいた軽音部の女の先輩からそう言われた。

過去形であることが、今の俺とKAHOちゃんの関係を示していた。




それでも学祭でのLIVE に向けての練習は続いていた。

でも、ある時間になると、


「ごめん、私、用があるから」


と彼女が帰ってゆくことが多くなった。

そんなとき俺は


「またね」


と言う以外は、彼女のほうを見ずに黙ってギターを弾いていた。

窓の外は10月半ば、木々も少しずつ色を変えて秋めいてきていた。




11月、街はすっかり夏の緑から深まる秋の黄色中心に衣替えを終えていた。

学祭の前日、KAHO ちゃんと最後の練習が終わると、


「安岡氏、買い物に行こ」


そういうと彼女は俺の手を引っ張って歩き出した。


「え、何買うの?」

「ステージ衣装」

「衣装?」

「学祭の野外ステージに立つんだから、それくらいの衣装必要でしょ?」


そう言われて、駅前の洋服店に行くことになった。

黒のジーンズとグレーのダンガリーシャツ。

「モラトリアム」のモノトーンな音楽性を意識した衣装を彼女が選んでくれた。

彼女が選んでくれたことがうれしかった。


買い物がすんで近くの喫茶店に入った。

するとBGMに甘くせつないメロディーが聞こえてきた。

流行りのラブソングがかかっていたのだ。


「この唄、いいよね」

「そうだね」

「このアーティストって前の一曲で終わると思っていたよ。」

「俺もそう思っていた。でもこの曲、前とイメージが違う雰囲気のいい曲だから、もっとヒット曲出すような気がするよ」

「私もそう思う。やっぱり、安岡氏とおんなじ感覚だね」

「うん、同じ感覚だ」


しかし、彼女はいつものようには笑わなかった。

時計を何回も見ながら、そわそわしていた。

俺は早田先輩と彼女のことを確かめたかった。

でもストレートには訊けなかった。答えを聞くのがこわかったからだ。

どうしようかと迷ってあたりを見回すと喫茶店のノートがあるのが見えた。

そのノートを手に取り、開くと

お客さんの落書きがいっぱいあった。

机においてあったボールペンをとって俺は


「KAHOちゃんはちょっと物思い顔しています」


と書いた。

すると彼女は


「たかしちゃん、講義に出ないとだめよ」


と関係のないことを書いた。


「彼氏のことが気になるのかな?」


と書くと、彼女の顔色が少し変わった。


「そんなんじゃないけど……」

「じゃあ、どんななの?」

「ひ・み・つ」


ここでもごまかされてしまった。

俺はそれ以上、聴けなくなり、タバコをくわえた。

すると


「私、ほんとにあの人のこと、好きなのかなぁ?」


窓の外を見て彼女はそう言った。


「え、だってつきあってるんでしょ?」

「ふふ、ウ・ソ」

「うそって今言ったことが?、それともつきあっていることが?」

「ふふふ・・・」


彼女はいじわるそうに笑って戸惑う僕を見た。

こころをみすかされたようで、俺はそのあとなにも言えなかった。




学祭の野外ライブの日。

夕方、曇り空の下、KAHOちゃんはそのステージにいた。

俺はセッティングで椅子とギターをKAHOちゃんと並べてセットした。

音出し確認してLIVE のスタート。

いつものように最初はKAHOちゃんだけではじめる。

俺はステージの袖に引っ込む前に、彼女の頭を軽くクシャっとなでて、


「頑張れ!」


と小さく声をかけた。

彼女はなにも言わず、俺を見てニコッと笑った。

その顔に僕は笑顔を返して、俺は袖に降りた。


いつものように彼女は歌いだした。

「あなたへのLove Letter」から一緒にステージに上がった。

俺のギターの音がきれいに響いた。

KAHOちゃんが僕のほうをみて目を丸くした。

ギターの音がすごいと感じたようだ。

俺のエレアコはまさに野外LIVE のためにあるようなギターだった。

それまでのほかのギターの音とはちがう、繊細で澄んだ音は、KAHOちゃんの使っていた純正アコースティックギターよりもきれいにはっきりと聴き取れた。

野外ステージではじめて俺のエレアコの威力が発揮された。

その音に刺激されてKAHOちゃんの声もいつもより伸びがあった。

ライトの中に浮かび上がるふたりは、ほんとにこのときを何年も前から待っていたように息の合った演奏を続けていた。


そして最後の曲は『あなたと愛の丘で』

「I’ll be waiting for you, my lover・・・」とふたりでハモった声がギターに負けない力で会場に響いた。

肩を寄せて聴いているカップルもいた。

俺と彼女は、今、この瞬間、確かにひとつになれたと思った。




学祭が終わって、一週間が過ぎた。

でも俺は虚無感に包まれたまま、何もしたいとは思わなかった。なんの望みもなかった。

大学の誰とも会いたくなかった。

KAHOちゃんがモラトリアムの練習をはじめてみたときに口にした「冷めてる」という状態に今、自分がなっていることに気づいた。

それでもこころも体もそこから抜け出そうとはしなかった。

ただ生活のために毎日アルバイトをして過ぎていった。




十二月の雨の日。ひさしぶりに大学に行くと、なおこちゃんがギターを弾いていた。


「わたしも曲、つくったんだよ。安岡君、聴いてくれる?」

「もちろん。でもすごいね、まだ半年ちょっとしかギター弾いていないのに」

「へへっ、すごいでしょう。じゃあ、聴いてね」



♪やさしさ


もう何も言えないの わたしには

ほんとの思いに気づいてしまったから

あなたへ言える言葉 今はもうないけど

少し言い訳 聞いてくれる?

一緒に過ごした日々に 嘘なんてなかったわ

わかってなんて言わないけれど

心のどこかに残してくれたなら

もう何も言わない あなた

それが最後のやさしさなの……



「やさしさ」と題されたその唄は、なおこちゃん自身の恋愛そのものだった。

寂しくて、でもどこかやさしい歌詞とメロディーが僕のこころに届いた。


「どう?」

「うん、いいね。いい曲だと思う」

「じゃあ、リードつけて」

「えっ?」

「いいじゃない、KAHOちゃんばっかりじゃなくてわたしの曲にもつけてよ」

「いいけど、ライブかなんかあるの?」

「軽音部のみんなの曲を入れた卒業生に送るテープをつくるでしょ。あれに入れたいんだ。だからお願い!」

「いいよ。じゃ、やろう」


二人でそのままギター弾いて録音した。


「安岡君、ありがとうね。これで提出できるよ。よかった」

「なんかだんだん心にしみてきたなぁ、この曲」

「ほんと? ありがとう」


なおこちゃんはうれしそうな顔をして、


「そういえば、KAHOちゃん、早田さんと別れて松永さんとつきあっているみたいよ」

「え、別れたの?」

「結構、大変だったらしいわよ。でも今はもう落ち着いたのかな?」

「そうなんだ……」

「安岡君はなにも知らないの?」

「うん、ぜんぜんKAHOちゃんとは逢っていないからね」

「まぁ、ギター弾きにしか大学に来ないものね。ほんとにギワクの安岡氏なんだから」

「それが、俺らしくていいだろ?」

「まぁ、私はわかるけど、心理学の松木先生が心配していたよ」

「松木先生が?ほんと?」

「うん、この前、食物科と合同の抗議のとき、KAHOちゃんと並んでいたんだけど、講義の後、松木先生に、『先生、安岡君知っていますか?』ってKAHOちゃんが話し出したの」

「え、KAHOちゃんが松木先生に?」

「そう。そしたら、ふたりで話し込んじゃって。松木先生が、彼は今、そういう時期なんだと思うって」

「そういうって?」

「やりたいことしか見えなくて、やらなきゃいけないことが見えない時期」

「ひどいなぁ」

「ひどくないよ。松木先生が、安岡君を見たら僕のところに来るように言ってくれって言っていたわよ」

「そう、わかった。顔を見せておくよ。じゃあ、またね」

「あ、KAHOちゃんも心配していたわよ」


その声を背中で聞きながら、俺はなおこちゃんのほうを振り向かずに手を振った。


(松永さんか……。それなら仕方ないな。いい人だしね)


同時に僕はなにをしているんだろう……、これからどこへ行くんだろう…… そんな漠然とした不安もこころをよぎった。


次の日、KAHOちゃんとばったり会った。


「安岡氏!」


そう呼んで声をかけてきた。


「今、暇?久しぶりに一緒にオアシス行かない?」

「うん、いいよ」


喫茶店で、いつもの窓際の席に座った。そしていつものカフェオレとカプチーノ。

俺は早田さんのときとは違って単刀直入に訊いた。


「早田先輩と別れて松永さんと付き合ってるんだって?」


すると、ニコッとほほえんで、


「そうだよ」


悪びれもせず、KAHOちゃんはそう言った。


「ずいぶん、うれしそうだね。早田先輩と付き合っていたときとはぜんぜん違う」

「そうでしょ。あの人、わたしのことを強く引っ張ってくれたんだ。だから私はあの人を好きになったの」

「強くって?」

「早田さんとうまく行っていなかったときに声かけてくれたの」

「……」

「いろいろ話してるうちにだんだん惹かれちゃって。そしたら……」

「そしたら?」

「彼が早田さんと話をつけてくれるって」

「話って?」

「直接、私とつきあいたいって言いに行ったの」

「そんなことしたら大変じゃない」

「そう大変だった。彼、殴られたの。でも手は出さなかった。」

「俺にはできないなぁ。すごいね」

「うん、ほんとにすごかった」

「……いい人だね、松永さん」

「私もそう思うよ。そばにいてあげたくなる」

「そう、よかったね」

「うん、よかった」

タバコを口にくわえるといつものように彼女がマッチを擦ってくれた。

「ありがとう」

といいながらタバコに火をつけてもらうと、

「もうこれで最後だね。安岡氏のタバコに火をつけるのも」

「……そうだね」

「楽しかったよ。ありがとう」


彼女はやさしくほほえんでそう言った。

喫茶店を出て、彼女のバイクが止めてある大学の駐輪場まで歩いた。

冬の日はとっぷり暮れて空は真っ暗。やけに寒くなっていた。 歩いているうちに雪が降りはじめた。

自分のバイクのところまで行くと彼女は、


「じゃあ」


と俺に向かって右手を出した。


「うん?」

「握手しよ!」


なんか照れくさくて、じゃれるように彼女の頭をくしゃくしゃってしながら、


「もうそんなことするなよ」


と笑いながら俺は言った。 しかし彼女は右手を引っ込めようとはしなかった。

俺は一瞬ためらったが彼女の手を握った。

次の瞬間、不意に彼女の手を引いて抱きしめようとした。

でも今の自分にそんな資格はない。途中でやめてしまった。


「……」


気まずさの中で一秒一秒が長く長く流れたあと、


「……は、はは」

「……ふふふ」


どちらからともなく苦笑いがこぼれて少し気まずさがとれた。

雪がだんだん強くなった。


「視界が悪いから大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。相変わらず心配性なんだから安岡氏は」

「そうだね」

「じゃあ、ほんとにこれで」

「うん、気をつけてね」


彼女はバイクのエンジンをかけるともう一度、僕のほうを見て手を振った。 僕も手を振り返した。

バイクが動き出し、ふりしきる雪の中に消えていった。


しばらく俺は、バイクが去った方向をじっと見ていた。

俺はポケットに残っていた最後のタバコを出し、オアシスのマッチを擦って自分で火をつけた。

煙りを吐きながら空を見上げると、雪がたくさん顔に落ちてきた。

だんだん視界がにじんで、タバコの煙りのせいなのか、雪のせいなのかわからなくなった。

きっと涙が出ていたのだろう。でもそれを認めたくない自分がいた。

雪はひたすら降り続け、そんな俺をつつんでくれていた。




【フェーズ3(戻り)】


ふと目が覚めた。


(なんだ、夢を見てたのか……。それにしても長い夢だったな)


しかしスマホの時刻を見ると、さっきから五分しか経っていなかった。

さっき、オアシスのアイテムを押したところまでは覚えている。あのアイテムは何だったのかな? 俺はもう一度、オアシスのマイページを確認したが、ポイントの他には何も表示がなかった。


(あれ、おかしいな? 確か「Dreamin'」っていうアイテムがあったような……。寝ぼけてたのかな?)


俺は、ページを閉じて、メモアプリに目をやった。すると、自分の知らないメモがたくさん書かれていた。


「こ、これは……」


メモには自分の知らない製品のアイデアが書かれていた。もちろん、それを他の人が見てもなんのことかはわからないように書かれている。 でも、俺には、その内容がはっきりわかった。


(このスマホは、俺のだけど、俺のじゃない)


ということは、もう一人、俺がこの世界にいるっていうことか? そうだとすると、もう一人の俺は今、どこにいるんだ?


(あ、俺と入れ替わってユキノのところにいるのかもしれない。そして、今、俺と同じようにスマホを見ているんじゃないのか? だとすると、ここは夢の中じゃなくて別世界?ああ、テレビでよく見る「パラレルワールド」ってやつか? )


そんな思いが矢継ぎ早に生まれた。

俺はキッチンに戻り、ヨウコのところにもう一度行き、目を合わせないようにして尋ねた。


「なぁ、俺たち付き合い始めたの、いつだっけ?」

「え、忘れたの? 二年前の九月三日じゃない」

(二年前の九月三日……?)


それは、俺がユキノと付き合い始めた日だ。

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