第四話 「本当の愛は、魔法じゃ作れない」
「Dreamin’」――そのボタンは、封印された記憶の扉だった。
二十歳の夏。潮風の吹く教室。
俺の隣には、ギターを抱えた「彼女」がいた
【フェーズDream1】
俺は、大学時代の夢を見ていた。 はじめて佳穂ちゃんと出会った日の夢だった。
♪『魔女』/KAHO
魔法の鏡を覗いたら
あなたの心は映るかしら
いいえそこに映るのは
私の本当の気持ちだけ
いつも気のないふりして見つめてた
だけど心は叫ぶの
あなたの愛がほしい
あなたに愛されたい
今宵、魔女になるわ 魅惑の瞳で
あなたに魔法をかけてあげる
思いのままにあなたを操れたら
きっと傷つくこともなくなるの
今宵、魔女になるわ 濡れた唇で
私に夢中にさせてみせる
思いのままにあなたを操れたら
きっとシアワセになれるから
だけど 涙も出ない シアワセは
きっと誰の心も救えない
彼女は、突然、俺の目の前に現れた。この唄とともに。
大学の地下ホールで行われた軽音楽部主催の新入生コンサートのときだった。
俺は、高校からギターを弾いてオリジナルの曲も作っていたため、大学に入るとすぐに軽音楽部に入っていた。 でも、彼女を見たのは、その日がはじめてだった。 マーチンのギター一本でうたう彼女の歌声は、それまで僕が聴いたアマチュアの中で一番、素敵な声だった。 中島みゆきを思い出させるような少し暗い曲調とビブラート。それは、『ほんとにアマチュア?』と思うほど、すばらしいもので、俺は目を見開いたまま、この曲に吸い込まれていった。
そのあと、いろんな仲間がいろんなパフォーマンスを見せたが、彼女の印象があまりにも強烈で、他のなにも覚えていない。 ただ同じ唄を創る者としては、あまりにもレベルに差がありすぎて、なんとか彼女のことを考えないようにして自分の唄を創ろうと頑張っていた。
しかし、出来上がることはなかった。
(世の中には、あんなに素敵な唄を自分で書いて、あんなに素敵な声でうたう人がいるのか)
その思いだけが僕のこころのなかでずっと膨らみ続けていた。 人づてに、
「あの曲は、彼女が生まれてはじめて書いた曲だ」
「彼女はこの曲でプロにならないかと誘われたそうだが、断った」
そんな情報だけが俺の耳に入ってきた。 それを聴いたときは、さらにショックだった……。
しかし、彼女と話すことはなかった。話す機会がなかったのだ。
僕と彼女が実際に口を聞くのは、彼女をはじめて見た日から、一年もあとのことだった。
*
俺と同じクラスに『なおこちゃん』という子がいた。
芳山直子。
名前の通り、素直で明るいなおこちゃんは唄好きのかわいい子で、僕の誕生日(二月四日)の一日前がなおこちゃんの誕生日。 その元気ハツラツのなおこちゃんが、講義の間の休憩時間に声をかけてきた。春も近い雨の日だった。
「ねえ、端本佳穂、知ってるでしょ?」
「ハシモトカホ?誰それ?知らない」
「ああ、えっとKAHOちゃんのことよ」
「え、KAHOちゃん? なおこちゃん、KAHOちゃんと知り合いなの?」
「そうよ」
なおこちゃんと彼女は高校の時から友達だったようだ。
「KAHOちゃんなら知ってる。すごいよね彼女。なんかすごすぎて近づけないって感じだよね」
「え~、そんなことないよ。気さくでおもしろい子だよ」
「え?あの唄からはそんな印象、受けないんだけどなぁ」
「じゃあ、話したことないの?」
「ないよ」
「うそ~。絶対、あなたと気が合うと思うけどなぁ……。わかった。今度、彼女に言ってみるね。」
「いや、いいよ」
「いいの、いいの。まかしておいて」
そう言うと、なおこちゃんは雨の中を駆けていった。俺の言う声なんか聞こえていないっていう感じ。
「ふぅ」
俺はひとつため息をついた。
それからしばらくして、なおこちゃんがギターをはじめて同じ軽音楽部に入った。 そして大学二年目のニューフェイスコンサートのとき、なおこちゃんが彼女を紹介してくれた。 はじめて彼女を見てから、ちょうど一年が経っていた。 ホールの客席の階段座席になおこちゃんとふたりで並んで座っていた。一番端っこに彼女がいた。俺は、階段をはさんだ端っこの座席に座った。
「あなたが安岡君?」
「そうです。こんにちは」
「ねぇ、今度一緒にライブしようよ」
「えっ?」
意外だった。彼女からそんな言葉をかけてもらえるなんて……。 俺は耳を疑った。が、いろいろ話してみると彼女はなんでも積極的だということがわかってきた。明るくて楽しい、それでいて、なかなかの美人であった。 一回話しただけで、もうずっと昔から知っているように仲良くなった。
それからほんとに一緒にコンサートをすることになり、お互いの唄の練習を学内の教室でした。 俺は『モラトリアム』というギター二本とベース一本のバンドを組んでいた。担当はリードギター。2年先輩の赤田さんが「安岡、一緒にやろう」と誘ってくれたのだ。
その練習を彼女が見に来た。 『Lonely night』というオリジナル曲をやっているところだった。 終わって
「どうだった?」
って俺がKAHOちゃんに聴くと、
「今の曲、よかったよ。安岡君のリードもカッコいいね。前奏のハーモニクスのところもおもしろかった。」
「ほんと?KAHOちゃんにそう言ってもらえるとうれしいなぁ」
「うん、なんか妖精が飛ぶぞって感じ(笑)」
「それ、ほめてるの?(笑)」
「もちろん、ほめてるよ。なかなかおもしろい。」
「ありがとう」
「いいねぇ、モラトリアム。現在進行形で頑張っているって感じがして力もらえるよ」
「え、KAHOちゃんのほうが、頑張ってるじゃない?」
俺がそう言うと、
「私は、高校のときはすごく燃えていたんだけど、今は少し冷めているんだ。」
「そうなの?そんな風には見えないけどなぁ」
「ううん、そうなの。だけど、安岡君達に出会って、また音楽やりたいと思うようになったよ」
そう言った彼女の目が輝いて見えた。
それから一週間ほど経って、いつものように放課後の教室で練習をしているとKAHOちゃんがやってきた。
「ねぇ、新しい唄つくったんだけど、聴いてくれる?」
彼女がそう言って歌いだしたのが、『あなたと愛の丘で』だった。
♪あなたと愛の丘で
この世界の空の下 どこかの街にいるあなた
大きな夢を目指して 一人旅立ったあなた
I’ll be waiting for you, my love
ずっと待っている 愛しいあなた
You’ll always be in my heart
心の中にはいつもあなたが
(……誰のことを歌っているのだろう?)
そう思いながら、俺は彼女の歌声を聴いていた。
「どう?」
「うん、やさしくてきれいな曲だね。」
「ねぇ、安岡君、この曲にリードつけてくれない?」
「えっ、俺が? いいの、そんなことして」
自分の耳を疑った。
目を丸くしている僕を見ながら彼女は
「いいでしょ?安岡君のリード、カッコいいもんね。一緒にやろうよ」
「うん、ありがとう。頑張るよ」
その日からふたりでの練習がはじまった。
*
ある日曜日の午後、大学で練習することになった。青空の似合う天気のいい日だった。
「安岡氏ぃ~」
そう笑顔で声をかけながら、彼女がギターをかかえてやってきた。
安岡氏。そのころ、俺はそう呼ばれていた。
ふたりの練習は楽しかった。 その日も曲のイメージを膨らませながら練習していた。 途中で休憩しようってことになってふたりで喫茶店に出かけた。 このころになると、どちらともなしに「コーヒー飲みに行こうか」って近くの『オアシス』っていう喫茶店にふたりでよく行った。 注文はいつも俺がカフェオレで彼女がカプチーノ。
俺がいつものようにタバコに火をつけようとすると、KAHOちゃんが灰皿にあったオアシスのマッチを擦って火をつけてくれた。
「ありがとう」
俺はそういってタバコを吸いはじめた。 彼女はカプチーノのカップを手に持つと
「安岡氏は変わってるよね」
と言った。
「なんで?」
「ギターも独特のカットモデル使っているし、感性も人と違うところがあって、でも気持ちのいい安心できるようなリードとか、アレンジをするよね。」
「そうかなぁ、普通だと思うけど……」
「私、好きよ」
「え?」
一瞬、ドキッとした。
「だからアレンジのこと!」
「あ、ああ、アレンジね。そう言ってもらえて光栄です!」
「また大げさなんだから」
彼女は楽しそうに笑った。
そんな話をして帰ってくると、教室に入るシャッターが閉まっていた。
「やられた、日曜日だから四時に閉まっちゃうんだ。」
俺が言うと、
「どうしよう、ギター、教室に置きっぱなし。私、今日は六時までに帰らないといけないんだ」
とKAHOちゃんの困った顔。
「守衛さん巡回してるだろうから、すぐには見つからないかな?学生課も閉まっているしね」
ふとシャッターの下りているとなりの上を見ると、二階の男子トイレの窓が開いているのが見えた。
「ちょっと待ってて」
そう言うと俺はシャッター横の雨どいに手をかけてするするっと昇り、二階のトイレの窓から中に入った。 KAHOちゃんはびっくりした顔をしていた。 教室に入ってギター二本持って階段をおりてくると裏からなので簡単にシャッターを上げることができた。
「はい」
ギターを渡すと彼女は目を丸くして
「びっくりした~、急に昇っていくんだもの」
と言った後、笑い出して、
「まるでサルみたいだった」
「え~、サルはひどいなぁ」
そう言いながら僕も笑った。
「安岡氏、アブナイ人なんだね~」
ケラケラ笑うKAHOちゃんの顔を見ながら、でもなんかほのぼのとうれしい気持ちになっていた。
*
大学の周りは坂道ばかりで、教室の窓からは遠くに海が見えた。夏が近づくと潮風をかすかに感じることができて気持ちのいい風が吹いた。
「ここから見える海、いいよね」って話をふたりでよくした。
その日もふたりでギターの練習をしたり、ハモってみたり。 時々、なおこちゃんやほかの仲間がその練習を見に来ていた。
「なんかふたり、仲がいいねぇ。息が合っているって感じ」
なおこちゃんがそういうと、
「そうでしょ。安岡氏とは気が合うんだ」
と笑いながらKAHOちゃん。 俺もそう思っていた。 彼女と一緒にいると楽しい。
(恋しているのかな?)
唐突にそんな思いが頭の中をよぎった。
でもすぐに何も考えないようにした。 俺はみんなの輪の中で何も思わなかったように笑った。
*
梅雨になった。 毎日の雨続きで気分も憂鬱。 KAHOちゃんとの練習も途切れ途切れになっていた。
さて、その日は梅雨にしては、めずらしく晴れた日。 久しぶりのKAHOちゃんとの練習が終わるころは、辺りは薄暗くなっていた。 教室の窓からベランダに出て空を見ると、もういくつか星が見えた。
「安岡氏は好きな子いるの?」
びっくりした。彼女とそんな話はしたことがなかった。
「ううん、いないよ」
「ほんと?ほんとはいるんじゃない?まったく疑惑なんだから」
そう言って彼女は笑った。 俺は大げさに
「いないよ、俺にはKAHOちゃんだけだよ」
と言った。 一瞬、彼女の目が戸惑ったように大きくなったが、次の瞬間、
「またぁ、調子いいんだから」
といつもの彼女の表情に戻っていた。
「やっぱり?だめかなぁ、おもしろいと思ったんだけど」
「だめだね。言うんなら、こっちがもっとドキッとするくらいでなくちゃ。ギターの音みたいに私を酔わせてほしいなぁ(笑)」
「こら、あんまり人をからかうなよ(笑)」
「ふふ、ごめ~ん」
彼女は舌をぺろっと出して笑った。
「でもさぁ、やっぱり安岡氏は不思議だよね。なんかそばにいると力もらえるし、うれしくなる」
「そんなこと、生まれてはじめて言われた。そうかなぁ?」
「そうだよ」
少しいたずらっぽく、でも強い口調でそう言った。 それから、
「これからもよろしくね」
とやさしく言った。
「こちらこそ、よろしく」
俺もまじめに答えた。
「ねぇ、星がきれいだよ。ずっと雨だったからなんかうれしいね」
見上げるとさっきよりも暗くなった空に沢山の星が散らばって見えた。
「うん、きれいだね」
それからしばらく黙ったままで、ふたりは星を見つめていた。
*
七月十五日。
梅雨明けとともに、その日は来た。コンサートの当日だ。 とても暑い日だった。
喫茶店の二階に小さなライブハウスがあった。
KAHOちゃんと一緒にギターを弾く時間が近づいてきた。
「たかしちゃん、Come here!」
彼女がそういって俺をステージに呼んだ。そして
「彼が疑惑、疑惑で通っている疑惑の安岡氏です」
そう紹介した。 一緒にステージに立てたことがうれしかった。 彼女がギターを弾き始めた。それにゆっくり合わせるように僕もギターを引き始めた。 少し緊張していた。 でも彼女はなれた感じで優しい歌声をギターに重ねていった。それにつられるように、だんだん俺も落ち着いてきた。
♪あなたと愛の丘で(後半)
ほんとはあなたにそばにいてほしかった
あなたの夢に気づいてから何も言わなかった
あなたと過ごしたあの日 丘一面に花が咲き誇り
未来を祝うよう優しく揺れていたわ
I’ll wait for you, my love ずっと待っている、愛しいあなたへ
Forever and always 永遠に、そしていつもあなたを……
今、一緒にステージに立っている。 曲が終わるといっぱいの拍手をもらった。 KAHOちゃんと僕は、顔を見合わせて、よかったねというように、にっこり笑った。
そのあとのモラトリアムのLIVEがもっとすごかった。
ライブのあと、来てくれた人からのメッセージ帳をもらった。
「KAHOちゃんと安岡氏の息が合っていてよかった」
「前からずっと一緒にやっていたみたい」
などなど、いろんなメッセージがうれしくて、それを見ながら、
「息が合ってるんだってさ」
とにっこにこのKAHOちゃん。
「うれしいよね、こんな風に喜んでもらえると」
俺も笑顔でそう言った。 まちがいなく今年の夏の最高の思い出になったとふたりは感じていた。
そして、俺の心にはこんな歌が聞こえてきた。
♪『初夏』
教室の窓からは
遠く海が見えた
放課後は 君とふたりで
いつも海を眺めてた
窓を開けた君の頬に
夏へと向かう潮風が吹いた
また今日も新しい
君を見つけた
また今日も新しい
僕を見つけた
突然の夕立が
次の季節を連れて来ても
「このままで居たいな」と
君が笑った
「このままで居たいね」と
僕も笑った
また今日も変わらない
君が笑った
永遠の初夏を背に
君は笑った




