第三話 「目覚めるたびに、現実は変わる」
ユキノと過ごす穏やかな休日。
ヨウコと過ごす不穏な週末。
交互に訪れる二つの「現実」は、
俺から選択肢を奪っていった。
【フェーズ2】
「……カシ、……タカシ、起きて崇。お昼ごはんよ」
ユキノの声が聞こえた気がして、俺は飛び起きた。
「ここは……」
それは元の自分の部屋だった。ダイニングから再び、ユキノの声が聞こえた。
「早く起きて」
俺は起き上がってダイニングルームへ向かった。
「おはよう」
「おはようじゃないわよ。何時まで寝てるの。九時過ぎに起こした時、起きたと思ったのに、また寝ちゃって。もう一時よ。おかげで今日はもう買い物行けないわね」
ユキノはそう言って、俺に昼食のチャーハンを差し出した。
「ああ、ごめん、ちょっと仕事で疲れたから二度寝しちゃったよ」
「ふふ。そうね。昨夜、緊急処置の対応で帰ってくるの遅かったもんね。まぁ、いいわ。許してあ、げ、る」
ユキノは優しく笑った。
「……ありがとう」
俺はそう言いながら、さっきまで起こっていたことを考えていた。 あれは、やっぱりただの夢だったのかな? 現実に戻った俺は、その日はゆっくり休んで、翌日、ユキノとショッピングセンターへ買い物に出かけた。
「崇はフードついてる方が似合うのよね」
そんなことを言いながらユキノは俺の服を楽しそうに選んでいる。 その姿を見ながら、少しホッとした気持ちになっていた。 あれが現実なら、このユキノとの関係はなんなんだ。そう、あれは夢だったんだ。 俺は自分にそう言い聞かせた。
その翌日からはまたいつもの病院勤務生活に戻り、一週間が過ぎた。
(あれから一週間か。あれは変な夢だったな。でも、まぁ、夢で良かった)
そんなことを思いながら眠りについた。
【フェーズ3】
「……起きて、崇。朝よ。今日、買い物に行くって言ったでしょ」
それは、ユキノの声ではなく、ヨウコの声だった。
「……ん?」
目を開けると、最初の夢と同じ白い天井が見えた。 横にいたヨウコが、俺の体を揺する。 ……また夢を見ているのか?と思ったが、女が俺を揺する感触はリアルだ。夢とは思えない。
俺は、飛び起きて、ヨウコに声をかけようとした。
(ここは……)
と言おうとしたが、声が出ない。 ヨウコは、
「何~?、週末になると声が出なくなるの? あ、わかった。買い物行くのが嫌なんでしょ。全く、いつも崇は私をからかうんだから」
と笑って話しかけてきた。
俺はとぼけたふりをして、ヨウコに背を向けた。 これは前の夢の続きだ。喋れないことにヨウコが気付けば、もう一度ヨウコと揉めてしまう。そう思った俺は、自分の本当の気持ちは隠して、背を向けたまま
「そう、週末になるとしゃべれなくなるんだ」
と言ってみた。
「なんだ、喋れるじゃない」
と笑うヨウコ。
(本当だ、喋れる)
と思って、ヨウコの顔を見て声を出そうとした。
「……」
「何?私の顔見ると話せないの? なんか心にやましいこと、あるんでしょ」
俺はヨウコから目を逸らして、
「そんなことないよ」
と言った。
「ほら、私の方を見なかったら喋れるじゃない。もう、浮気なんかしたら許さないんだからね」
ヨウコは笑って、
「じゃあ、朝ごはんの用意するね」
と言って寝室から出ていった。
……ヨウコの顔を見なければ話せるのか。じゃあ目線を合わさないようにすれば、なんとかなるかな。
それから俺はヨウコと朝ごはんを食べて買い物に出かけた。 ヨウコは行きつけだというファッションセンターに俺を引っ張っていき、
「崇、どの服にする?今日は私が買ってあげる」
と言ってきた。 俺は服の良し悪しはまるでわからない。ヨウコの目を見ないようにして
「そうだなぁ……」
とあたりを見回すと、先週末、ユキノが買ってくれたフード付きのトレーナーが見えた。
「これなんて、どう?」
と俺が言うと、ヨウコは、
「え~、これ~? 崇はフードなしの方が似合うのにぃ」
と、ユキノと全く反対のことを言った。
(こんなに感覚違うんだな)と俺は心の中で思い、苦笑した。
ヨウコは、俺の表情を見て
「何?どうしてもこれがいいの?」
と俺にそのトレーナーを当てて見た。すると、
「あ、でも、こうして見るを悪くないわね。これにしましょ」
と言って、そのトレーナーを買った。
それから俺たちはファッションセンターを出て、これも行きつけだというカフェレストランへ入った。
「オアシス」っていう看板が見えた。
(へぇ、オアシスか。こんなところにこんなカフェがあるんだな。……オアシス……、どっかで聞いたような)
「崇、入るよ」
と入り口で考え込みそうになった俺の手をヨウコが引っ張った。 そこはカントリー調のウッドハウスの形をしたお店だった。
ドアを開けるとカラン、コロンとカウベルが鳴った。一歩入ると、外の騒音は消えて、ゆったりと食事ができそうな落ち着いた雰囲気が広がった。入り口の横に何故かアコースティック・ギターがスタンドに立ててあった。
(ヘぇー、アコギなんか飾ってあるのか)
俺がそう思っていると、 お店のママさんらしき人が、
「いらっしゃい。あら、今日はご主人と一緒?崇さん久しぶりね」
と言ってきた。
「あ、どうも」
俺は適当に相槌を打って、ママさんの後ろをついてゆき、案内された席に座った。
「また、いつものとこね。ここなら、カウンター越しのママと話ができるから嬉しい」
ヨウコはそう言って、席に座った。
「いつものにする?」
とママさんに聞かれたヨウコは、
「崇、いつものでいい?」
俺はヨウコと目を合わさないようにママさんの方を見ながら、
「いつものってなんだっけ?久しぶりだから忘れちゃったよ」
「あら、いつもエビフライのピラフとコーヒーですよね。」
とママさん。
「ああ、そうだった。じゃ、それで」
と言うと、
「ヨウコさんは、和風スパとホットでいいわよね?」
「ええ、いつも通りでお願い」
ママさんはメモを取って、厨房の奥に消えた。
「ここのエビフライ、超でかいのよね。崇、いっつもそれ見て『相変わらずでけー』って言って美味しそうに食べるんだよね。ほんと、毎回、毎回、バカじゃないって思っちゃう」
「お、おーそうそう。ここのエビフライは大きいんだよ」
俺は適当に話を合わせた。 厨房の奥のマスターと思われる人に注文の料理を伝えたママさん。と、マスターがカウンターの顔を出して俺に声をかけた。
「崇さん、いらっしゃい。久しぶり」
「あ、マスター、お久しぶりです。またお願いします」
と俺は当たり障りのないよう適当に答えた。
「今日も美味しいエビフライ作りますよ」
と言ってマスターは笑いながら厨房へと戻っていった。
「崇さん、久しぶりね。仕事はどう?」
ママさんがカウンターの中から聞いてきた。
「はぁ、今、大きなプロジェクト抱えていて、忙しいです」
その会話にヨウコが割り込んできた。
「ちょっと何言ってんの。それは試験が上手くいって、おとといの交渉で一段落したでしょ。だから、今日はこうやってゆっくり買い物に来れたんだから」
「あ、そうか。今回のプロジェクト、忙しすぎて頭がぼーっとして、まだやってる気でいたよ。ハハハ」
と俺はごまかした。
(もうプロジェクトは終わったのか。上手くいったんだな。それなら良かった。ん?それなら良かった?ちっとも良くない。俺はこの間のこと何にも知らないぞ。そもそも、なんでまたここにいるんだ?)
そんなことを考えているとママさんが料理を運んできた。
「はい、エビフライピラフ。陽子さんは和風スパね。コーヒーは食後でいいわね?」
「ええ、いいわよ」
ヨウコはそう答えて、
「さあ、崇、お待ちかねのエビフライピラフよ。どう?」
と俺に話しかけてきた。 そのピラフの上にのったエビフライは、二十センチ以上はあるかと言うくらいの長さで、明らかに通常のサイズより遥かに大きかった。
俺は思わず、
「デケー」
と言っていた。
「ふふふ、また言った。もう、ほんとに毎回、毎回、おんなじこと言うんだから、ねぇママ」
「そうね。でも、毎回、崇さんがそう言ってくれるの嬉しいわ。マスターも喜んでいるのよ」
見ると厨房の奥からマスターがこっちを覗いてグーサインを出していた。
俺は、それに向かってグーサインを返した。
「ほんと、男って、こんなことばっかりするんだから。ママ、ごめんね」
「何言ってるの。ありがたいわよ。こうやって仕事が落ち着いたらきてくれるんですもの」
そんな会話を横目に俺はエビフライにかぶりついた。 衣のサクッとした感触の後に、プリップリのエビの弾力が口の中に一気に広がって、ほんとにシアワセ~な気持ちが俺を包み込んだ。 俺は、マスターに向かって、もう一度、大きくグーサインを出した。 マスターは嬉しそうな顔をして厨房の奥に消えた。 ヨウコとママさんは、そんな二人を笑いながら見ていた。
食事の後、俺は自分のスマホで会計をしようとした。一瞬、使えないかなとも思ったが、なんの問題もなく使えた。ママさんが、
「あ、ポイント、貯まったわね。あとでスマホに連絡が入ると思うから、内容確認して、また使ってね。いつもありがとうございます」
「へぇ、何が使えるのかな?」
「ふふふ、それは連絡が来てからのお楽しみ」
ママさんは意味ありげに笑った。
家に帰るとヨウコは上機嫌で晩ごはんの用意を始めた。 俺は寝室に入ってノートを探した。しかし、ノートはなかった。俺はキッチンに戻り、ヨウコと目を合わせないよう、辺りを見回して何かを探すようなフリをして訊いてみた。
「なぁ、B5のノート、知らない?」
「B5のノート? ああ、それなら何日が前、あなたが会社に持って行ったわよ。『なんでノート持って帰ったのかなぁ、だいぶボケてきたな』なんて言ってたじゃない」
「ああ、そうか。ごめんごめん、なんで忘れちゃったのかな、本当にボケボケだな」
と笑ってごまかすと、
「ほんとにしっかりしてよ。あなたこのところ変よ。大事なノート忘れたり、急にぼーっとしたり、私と口聞けなくなったりね」
「え?」
「週末にどっか行こうって言うと、すぐそうやって意地悪するんだから。でも、今日は買い物もできたし、オアシスのママにも久しぶりに会えて、美味しいごはん食べたからいいわ。今晩は一杯飲みながら、二人でゆっくりしましょ」
そう言ってヨウコは家事を続けた。 俺は、
「ああ、そうしよう」
と言って寝室に入った。
(さて、困ったな)
なんとかこの世界のことをもっと調べたかったが、ノートがないので探す方法が無くなってしまった。何かないかといろいろ考えたが、何も思いつかない。俺はベッドに寝転んだ。だんだん眠くなってウトウトしかけた時、スマホがブーっと鳴った。何かと思って、スマホに手をやると「新着情報があります」と表示されていた。開くとオアシスのポイント追加だった。
(さっき、ママさんが言ってたやつだな。いくら貯まったのかな?)
俺はポイントを確認しようとオアシスのマイページを開いた。すると、ポイントの他に便利アイテム獲得という文字が見えた。なんだろうと思って開いてみると「Dreamin’」と表示されていた。オアシスのアイテムだから、変なもんじゃないだろと寝ぼけ眼のまま、俺はそのアイテムボタンを押した。と、
『あなたの思い出とともに心のスタミナをチャージ』
という文字が表示され、俺はそのまま眠ってしまった。
「毎日21時、新しいフェーズが解放されます。
陽子の献身的な愛と、ユキノへの消えない想い。
崇が選ぶのは『今の幸せ』か、それとも『失われた真実』か。 あるいは、もっと別の場所か。
明日の夜、またこの場所で、崇と一緒に迷宮の奥へ進みましょう。
セーブデータの準備はいいですか?」




