RPGセカンドストーリー 第二話
目覚めると、そこは高三の11月3日――。
プレハブの仮設図書室、剥がされたアンケート、そしてSKY最後のステージ。
解散の寂しさと、まだ誰も未来を確定させていない不確かな空気の中で、崇は彩乃のために書いた曲のコードを必死に修正していた。
そして、帰り道で彩乃からもらった大切な贈り物。
【フェーズ High school 】
目覚めると、実家の自分の部屋の天井が見えた。
今日は何日だ? 腕時計を見ると3日の日付が見えた。
「やべ、今日は文化祭。SKYのファイナルLIVEの本番だ」
俺は急いで飛び起きた。
11月3日。高三最後の文化祭当日。
朝から、自転車を飛ばして学校にきた俺は今、ギター片手にコードの修正を焦っていた。
体育館では各学年の出し物が進んでいる。
午後には俺たち、SKYのライブがある。
曲順も構成も決めていたのに、ふと、曲の構成変更しようと思いついてしまった。
(今からじゃ無理かも)
とも思ったが、
(この方が絶対いい)
という感覚が俺を後押しした。
その結果、今、俺は楽屋代わりにしている図書室で、変更した曲の構成をノートに必死に書き込んでいた。
彩乃のために書いた「初恋ラプソディー」だ。
『明るくてオシャレな歌があってもいいと思う』
その言葉に捉われながら作った曲。
オシャレとは言えないかもしれないけど、元気は伝わると思って書いた歌。
佐久本と岸本に弾いてもらうために、今、コードを書き加えている。
指先にギターの木の温もりを感じながら、息を整える。
図書室はプレハブで建てられていた。来年、新校舎が建つので、それまでの間の仮住まい。
俺たち、三年生は新校舎には入ることはない。だからこそ、このプレハブが俺たちだけの場所だった。
俺はここでSKY最後のワンピースとなる『初恋ラプソディー』を紡いでいた。
部屋の壁には、図書委員が集計したアンケート結果が貼られていた。
今年の文化祭のテーマは、二年生が中心となって考えた「愛の光」。
各学年の生徒に、『愛』から連想した言葉を回答してもらった集計結果だ。
と、俺の後ろで、その貼り紙が剥がされる音がした。
現代国語の重松先生の手によって剥がされたのだ。
彩乃たちは図書委員として、ただ集計結果を示しただけだった。
けれども大人の視点では、一般の人が見た場合の配慮が足りないという。
俺は、
「重松先生、図書委員に断りもなしにこんなことするのはひどいんじゃないですか?」
「なんだ、安岡、いたのか? お前は図書委員か?」
「……いえ、違いますが、いつも手伝っていたので……」
「じゃあ、口出しするな。文化祭が終わった後、図書委員を呼んでこい」
俺は、(くっ)と思ったが、その場は我慢した。
それから岸本たちと最後のLIVEに向かった。
普段は全ての曲を3人で演奏するのだが、最後だからと、途中で、それぞれの単独コーナーを設けていた。
俺は、自分のコーナーで、
「小さいころからずっと歌が好きで、よくうたってきました。
うれしいときや、かなしいとき、楽しいとき、淋しいとき、
そんなとき、唄はいつでも僕の心のひとつの支えのようなものでした。
できることなら、今、ここにいるみんなに、
唄好きの馬鹿な男がひとりいたことを、覚えていてほしいと思います」
そう言って、俺は一度だけ、客席を見渡した。
そこには、いつも放課後に歌っていた顔が並んでいた。
それを確認して、俺はこの日のために書いた『Here After』という曲を歌い始めた。
♪ 想い出はここにずっとある
たとえ今日で卒業としても
新たな出発祝うよう
青く広がる空の彼方
羽ばたこう どこまでも
新しい未来へ……
卒業したら、もうみんなと会えなくなる。
だから、ここに自分がいたことを、みんなの心のどこかに刻んでほしかった。
彩乃、みゆき、岸本、佐久本。この場所が俺たちのすべてを覚えているように、
俺もまた、みんなのことを忘れない。
ただそれだけの思いだった。
文化祭が終わって、図書室は一種の修羅場となった。
机を挟んで、生徒と教師が対峙した。
彩乃は一歩も引かなかった。「絶対に間違ってない」って顔だった。
先生との緊迫した時間が続くうち、俺は、彼女が少し無理しているように感じてきた。
外の景色がだんだんと暗く見えなくなってゆく。
と、コツコツと足音がして、図書室のドアがガラッと開いた。
「みんな、お疲れ様。図書委員も大変だったね。昨日も遅くまで準備してたし。
あ、安岡君もいるんだ。今日のライブ、とってもよかったよ」
英語の福仲先生の声が、ふっと図書室の空気を和らげた。
「先生、ギター貸してくれてありがとうございます」
「どういたしまして。SKYの最後のあの曲、かっこよかったね。今度、弾き方教えてね」
「もちろん、今度、楽譜に書いてきますよ」
俺は軽く笑った。
「さあさあ、もう遅いから、みんな帰りましょ。重松先生、他の先生方もいいですよね?」
「ああ、そうですね。もういいでしょ。……よし、みんな、もう帰れ」
しかし、彩乃はまだ納得していないようだった。
俺は、
「彩乃、何か歌おう。俺、ギター弾くから」
彩乃は頷いて、
「そうね。このままじゃなんとなく帰りづらいもんね」
と俺は福仲先生に向かって、
「先生も一緒にどうですか? ギター貸してくれたお礼です。先生の好きな歌でいいですよ」
「う〜ん、そうねぇ……。じゃあ、やっぱり安岡君たちが最後に歌ってた『紲』を歌って。私、あの歌、気に入っちゃったの。覚えたいから」
福仲先生のリクエストをみんなで歌うことにした。
もちろん、他の先生は知らないが、放課後の図書室で、俺たちがいつも最後に歌っていたので、図書委員のメンバーは知っていた。
俺はみんなの緊張を、コードの一音一音で解きほぐすように弾いた。
♪ 紲(KIZUNA)
今 はじまる 新しいこの世界
伝えよう 繋げよう
みんなの想いを一つに ひとつに
Ah -結んで紲(KIZUNA)
沈まない太陽はない
でも明けない夜もない
怖くても自分で歩かなきゃ
遠く明日の光は見えない
Go on さあ信じた道踏み出そう
必ずたどり着ける時が来るから
今 はじまる 新しいこの世界
伝えよう 繋げよう
みんなの想いを一つに ひとつに
Ah - 結んで紲(KIZUNA)
プレハブの天井にギターの音が跳ね返る。
彩乃が澄んだ声で歌い出すと、さっきまであ対立していた先生たちも、苦笑いを浮かべながら小さな声で口ずさむ。
アンケートの紙は剥がされた。
でも、この瞬間、光る蛍光灯の下で、ギターの音色と声が共鳴している。
窓の外は、いつの間にか真っ暗。
図書室の蛍光灯がやけに明るく見えた。
*
その日の帰り道。
俺は彩乃と一緒に自転車を漕いでいた。
途中まで帰る方向が一緒だったからだ。
彩乃は、まだアンケート結果の張り紙が剥がされたことを納得していなかった。
それは彼女の表情から読み取れた。
帰りの途中で500mくらい続く登り坂があった。
普段なら自転車を漕いで駆け上がるのだが、彩乃と一緒だったので自転車から降りて押しながら登った。
落ち着いて話したい気持ちもあったし、少しでも長く彩乃と一緒にいたい気持ちもあった。
「あ〜あ、せっかく作ったのに」
「うん、彩乃たちが頑張ったのはわかってる」
「安岡君は悔しくないの? 図書委員じゃないから?」
「いや、悔しい気持ちはわかるけど、図書委員じゃないからこそ、客観的に見ると、やっぱり不適切な部分もあったと思う」
「そう。なんかがっかりだな。安岡君、もっと味方してくれると思った」
「え、なに言ってるの。もちろん味方だよ。考えてみて。もし、あのまま掲示を続けて一般の人が見たとしたら、それこそ学校あげての大騒ぎになっていた可能性がある。そしたら、彩乃だって、今頃、きっと後悔したと思うよ」
「そうなの? そんなにひどいことだった?」
「うん。まあ、納得はできないだろうけど、世間の目に触れなくて良かったよ」
「そうなんだ。そっか。安岡君、ありがとね。私、ちっともそんなこと考えてなかった。やっぱり『終止符』に未来を書き足してくれただけのこと、あるね」
「え?なんでここで『終止符』が出てくるんだよ」
「だって、私、あの歌、大好きなんだもん」
「そりゃ、ありがと」
「でも、どうして今日のステージで歌ってくれなかったの?」
「歌った方が良かった?」
「もちろん!」
「まぁ、三人でやるにはまだ練習不足だったし、それに……」
「それに?」
「彩乃の気持ちを考えると、歌わない方がいいのかなって」
「なんでそうなるの?」
「いや、だって、やっぱり失恋のこと、思い出してしまうんじゃないかと」
「うん。思い出すよ。それが?」
「それがって、平気なの?」
「平気よ。言ったじゃない。『ふて寝したからもういい』って」
「本当にいいんだ」
「そうよ。女はそんなこと、いつまでもクヨクヨ考えないものよ」
「そうか。俺はずっと引きずるタイプだからな」
「栗山さんのことでしょ?」
「あ、気づいてた?」
「気づくも何も、一年生の時、栗山さん、あなたのこと、ずっと言ってたからね」
「なんて?」
「崇はなかなか落ちないとか。でも必ず落としてみせるとか」
「……あ、そう」
「でもね。彼女、きっと、あなたのこと、一番好きだと思う」
「え、どうして?」
「だって、毎日のように、あなたのこと周りに言ってたもの。二年になっても、三年になっても、ね。気にならない男子のことなら、口にしないと思う」
「そうかなぁ」
「そうよ。でも、彼女、お母さんが中学の時に事故で亡くなったでしょ。家庭でいろいろ大変みたいでね」
「ああ、それは知ってる。でもそのことは彼女の口から一言も聞いたことはないな」
「なんとなくわかるな」
「何が?」
「安岡君って、そういうところ、頼れる人じゃないってこと」
「わっ、ひどいなぁ。彩乃、厳しいこと言うねぇ」
「ごめんね。でもそうだから、言えないのは確か。そして、そんな安岡君だから、離れることもできない」
「へ?」
「安岡君、優しすぎるのよ。自分が弱ってる時に人に優しくされるとそこに甘えたくなる。彼女、前にあなたのことで杉野さんとケンカしてた。『崇はそんなやつじゃない』って」
「ああ、ちょっと前にみゆきがノート破って手紙にしたものに書いてあったよ。『崇のことで、ユミに八つ当たりした』って」
「そうなんだ。彼女、なんでもあなたに話すのね」
気づくと、登り坂はもう終わっていた。
でも、ふたりとも自転車を押しながらしゃべっていた。
もう少し行くと交差点があって、彩乃は左、俺は右に曲がらなければならない。
「ああ、俺にはわけわからんことが多いけどな」
「そういうところが、踏み込めないのよ。もう少し大人になってほしいな」
「大人になれたら、こんなに悩まないよ」
「そうね。まぁ、そんな感じだから、安岡君に惹かれるんだろうけど」
「どういうこと?」
「いつまでも少年みたいってこと。そこに母性本能がくすぐられる」
「そうなの? みゆき見てると、とてもそうは思えない」
「はぁ、ダメね」
とっくに交差点に着いていたが、俺と彼女はまだ話をしていた。
「やっぱり、ダメなんだよな俺。……あと、彩乃に言ってないことがある」
「何? 告白? ……なわけないか。『みゆき一筋』だもんね」
彩乃はふざけたように笑った。
「彩乃、そういうの、やめてくれ。らしくない」
「あ、ごめん。言い過ぎた。今日は私、やっぱりどうかしてる」
「うん、わかればいいよ。……それで話してないことなんだけど」
「そうだった。……何なの?」
「『終止符』の追加したラスサビ、あったでしょ?」
「うん。私の一番お気に入り」
「ありがとう。あれね、たしかに彩乃に向けた言葉なんだけど、それだけじゃなくて、ほんとは自分自身に向けた言葉だったんだ。もうみゆきのことは忘れて前を向けって自分に言い聞かせるつもりで書いたんだ」
「やっぱりね」
「気づいてたの?」
「なんとなく、そうじゃないのかなって。でも、そうだとしても、そうでなかったとしても、私の想いに寄り添ってくれたことは事実だから、嬉しかったよ」
「やっぱりバレてたか。彩乃には敵わないな」
「そんなことないよ。さっきだって納得してない私のためにギター弾いて歌、歌ってくれたじゃない」
「あれは、そうでもしなきゃ、みんな帰れないと思ったから」
「そう。そういうところが安岡君のいいところなのよ」
「そう……なのか? 全然、気づいてないや」
「ま、意識してできることじゃないし、気にしなくていいよ」
ふと、辺りを見渡すと、誰もいない交差点の街灯の明かりが、『もう帰ったほうがいいよ』と言ってるように見えた。
「わかった。もう遅くなるし、帰ろ。また明日な」
俺は自転車にまたがって向きを変えた。
と、
「待って、忘れ物」
「え?」
振り向くと、彩乃の顔がすぐそばにあり、自分の頬に当たる熱い感触があった。
それは一瞬の出来事だった。
「勘違いしないで。これは今日、助けてくれたお礼と『終止符』を曲にしてくれたお礼だから。じゃ、また明日ね。崇君」
彩乃は、そう言って自転車を漕いで帰って行った。
俺は、そのまま動くこともできず、ただ遠ざかる彼女の後ろ姿をぼーっと見送っていた。
……そして、そのまま目の前がゆっくり暗くなった。まるで違う次元へと飛ばされるように。
図書室での衝突で見せた彩乃の強さと脆さ、そして坂道での大人びた会話の後に残された、頬への一瞬の熱い感触。
みゆきへの想いに囚われ、自分の弱さに悩み続ける崇の「少年らしさ」に、彩乃はこの時すでに深く惹かれ、彼女なりの覚悟を告げていました。
しかし、この切なくも美しい記憶の余韻に浸る間もなく、世界線は再び暗転し、崇を次の局面へと誘います。




