彩乃
高三の五月、初めて見に行ったプロのライブ。 そこから半年後の、十一月の文化祭。
プレハブの図書室で、俺たちは大人たちの理不尽に抗う術を持たず、ただギターを弾いて歌うことしかできなかった。
自分たちで紡いだ歌と、剥がされたアンケートの跡。 窓の外の暗闇と、やけに明るかった蛍光灯。
その日も俺たちSKYのメンバーは彩乃たち図書委員と放課後、好きな歌を歌いながら過ごしていた。
そして彩乃の好きなアーティストの曲をみんなで歌い終わると、彩乃が、
「ねえ、今度、このバンドのライブがあるでしょ? みんなで見に行かない?」
その声に、
「おう、いいね」
佐久本が真っ先にそう言った。
佐久本はもともと、このバンドのコピーからギターを始めたから、最初から行く予定にしていたようだ。
岸本も、
「行こう、行こう!」
彩乃に誘われたせいか、かなり乗り気のようだ。
「安岡君も行くよね?」
彩乃の言葉に俺は戸惑った。
俺は、それまでプロのバンドのライブなんて見たことがなかった。
それに開催日は平日の夜だし、開催場所までは電車で移動しなければならない。
遅くなりそうだしなぁ、などと考えながら、
「そうだなぁ……」
と曖昧な返事をすると、岸本が、
「お前、いっつも、そんな感じだよな。たまにはちょっとハメ外すくらい遊びに行ってもいいだろ?」
「ねえ、安岡君も行こうよ。絶対、楽しいよ」
彩乃の、その『ひと押し』で、
「……わかった。行くよ」
とつい、言ってしまった。
ライブ当日。
五月晴れの空の下、俺たちは学校帰りにバスに乗った。
いつもの帰宅コースとは反対の駅で降り、さらに電車に揺られて二十分。
目的の駅前にあるショッピングセンターに行って、トイレで着替え、私服になった。
彩乃たちも着替えて出てきた。
普段、学校で見ている姿しか知らなかった俺は、カジュアルな服装の彩乃に一瞬、ドキッとした。
「安岡君、なんか今日、変」
「え?」
彩乃の言葉に、俺は自分の私服が似合ってないのか、と思い、恥ずかしくなった。
「なんか、いつもより、カッコよく見える」
「え、え〜、あ、そ、そうかなぁ。三井さんだって、なんか大人びて、びっくりしたよ」
「え?そう。私、あんまり私服、自信ないんだよね。今日も何着ようか、迷っちゃって。って言っても、そんなにいっぱい服あるわけじゃないし、適当に選んだから自信なかったの」
「そんなことない。すごく似合ってるよ」
と、
「おいおい、崇、お前が照れてどうすんだよ」
横から岸本がからかってきた。
「三井、俺はどう?」
岸本が聞くと、
「岸本君は、あんまりイメージ変わんないね」
「えー、ショックだな。これ、今日のために新しく揃えたのに」
「いや、イメージした通りってことよ。似合ってるよ」
「はいはい、付け足しみたいにありがと」
「そんなことないわよ。ほめてるんです」
「ありがたく頂戴しておきます」
そんなやりとりをして二人は笑った。
ショッピングセンターを出て、会場に向かう途中、岸本、彩乃、他のみんなも楽しそうにおしゃべりしていた。夕暮れが迫る街の景色も学校帰りに見るいつもの景色より華やいでいて、俺は、
(やっぱり、場違いのところに来たなぁ。やめといた方が良かったかなぁ)
と内心思った。
ライブ会場に入ると、自分が演奏するわけでもないのに、なんだか武者震いのような感覚に襲われた。
本番が始まるまで、みんなソワソワしてる。
その空気につられて、俺まで緊張してきた。
彩乃を見ると友達とにこやかに喋っていた。
(あいつ、余裕あるな)
そう思っていると、ゆっくりとライトが消えた。
――次の瞬間、爆音に近い大音量と共にライトが光った。
俺ははじめてみる本物に圧倒された。
(プロってこんなに上手いんだ。会場との一体感、ハンパない)
ライブ終了後、半分放心状態で俺は会場の外へ出た。
彩乃が、
「安岡君、ライブ、どうだった?」
と聞いてきた。
「ああ、すごかったよ。プロってこんなに上手いんだね。それに会場の熱気も」
「そうよね。今日の彼ら、特にすごかったよ」
「え、そうなんだ」
「うん、私、よく行ってるから、この前より今日の方が断然良かった。安岡君、いい日に来たね」
「三井が誘ってくれたおかげだよ。ありがとう」
「これからの作詞作曲の参考になるといいね」
「え?」
「ふふ、私、安岡君の書く歌好きよ」
「あ、ありがとう」
「心が見えるというか、いつも心情に寄り添ってくれている感じがするから。でも、どこか影がある歌が多いから、もっと明るいとかおしゃれな歌があってもいいと思う」
「そうか。そうだよな。今日のライブ見てて思ったよ。そういう面が必要って」
「良かったぁ、安岡君、誘った甲斐があったよ」
「それで誘ってくれたの?」
「もちろん。って本当は私が行きたかったからなんだけど、高三で受験もあるのにって親に叱られちゃって。だから今回はみんな巻き添え作戦にしたの」
「ああ、そういうことか」
俺は少しがっかりした。
「でも、安岡君の楽しそうな顔が見れて嬉しかったよ」
と彼女はウインクした。
俺はまたドキッとして、
「いや、こっちこそ、誘ってくれてありがとう」
と言うのが精一杯だった。
(彩乃が喜ぶ歌が書きたい)
みんなと別れて自宅へ向かう星空を眺めながら、俺はそう思った。
*
半年後、
11月の文化祭当日。
俺はギター片手にコードの修正を焦っていた。
体育館では各学年の出し物が進んでいる。
午後には俺たち、SKYのライブがある。
曲順も構成も決めていたのに、ふと、曲の構成変更しようと思いついてしまった。
(今からじゃ無理かも)
とも思ったが、
(この方が絶対いい)
という感覚が俺を後押しした。
その結果、今、俺は楽屋代わりにしている図書室で、変更した歌詞とコードをノートに必死に書き込んでいた。
♪「初恋ラプソディー」
陽ざし射すアスファルトの上
めいっぱい自転車こぎ出せば
青い空 緑の風 夏の匂い
すべてがキラキラ輝いて見えた
ラララ〜 ラララ〜
繰り返し 繰り返し
頭の中を流れるのは
ラララ〜 ラララ〜
昨日、君が教えてくれた歌
ラララ〜 ラララ〜
気づけば また口ずさんでる
君が好きな歌……
彩乃から言われた明るくてオシャレな歌。
いや、オシャレとは言えないかもしれないけど、元気は伝わると思って書いた歌。
佐久本と岸本に弾いてもらうために、今、コードを書き加えている。
指先にギターの木の温もりを感じながら、息を整える。
図書室はプレハブで建てられていた。来年、新校舎が建つので、それまでの間の仮住まい。
俺たち、三年生は新校舎には入ることはない。だからこそ、このプレハブが俺たちだけの場所だった。
俺はここでSKY最後のワンピースとなる『初恋ラプソディー』を紡いでいた。
部屋の壁には、図書委員が集計したアンケート結果が貼られていた。
今年の文化祭のテーマは、二年生が中心となって考えた「愛の光」。
各学年の生徒に、『愛』から連想した言葉を回答してもらった集計結果だ。
と、俺の後ろで、その貼り紙が剥がされる音がした。
現代国語の重松先生の手によって剥がされたのだ。
彩乃たちは図書委員として、ただ集計結果を示しただけだった。
けれども大人の視点では、一般の人が見た場合の配慮が足りないという。
俺は、
「重松先生、図書委員に断りもなしにこんなことするのはひどいんじゃないですか?」
「なんだ、安岡、いたのか? お前は図書委員か?」
「……いえ、違いますが、いつも手伝っていたので……」
「じゃあ、口出しするな。文化祭が終わった後、図書委員を呼んでこい」
俺は、(くっ)と思ったが、その場は我慢した。
それから岸本たちと最後のLIVEに向かった。
普段は全ての曲を3人で演奏するのだが、最後だからと、途中で、それぞれの単独コーナーを設けていた。
俺は、自分のコーナーで、
「小さいころからずっと歌が好きで、よくうたってきました。
うれしいときや、かなしいとき、楽しいとき、淋しいとき、
そんなとき、唄はいつでも僕の心のひとつの支えのようなものでした。
できることなら、今、ここにいるみんなに、
唄好きの馬鹿な男がひとりいたことを、覚えていてほしいと思います」
そう言って、俺は一度だけ、客席を見渡した。
そこには、いつも放課後に歌っていた顔が並んでいた。
それを確認して、俺はこの日のために書いた『Here After』という曲を歌い始めた。
♪ 想い出はここにずっとある
たとえ今日で卒業としても
新たな出発祝うよう
青く広がる空の彼方
羽ばたこう どこまでも
新しい未来へ……
卒業したら、もうみんなと会えなくなる。
だから、ここに自分がいたことを、みんなの心のどこかに刻んでほしかった。
彩乃、みゆき、岸本、佐久本。この場所が俺たちのすべてを覚えているように、
俺もまた、みんなのことを忘れない。
ただそれだけの思いだった。
文化祭が終わって、図書室は一種の修羅場となった。
机を挟んで、生徒と教師が対峙した。
彩乃は一歩も引かなかった。「絶対に間違ってない」って顔だった。
先生との緊迫した時間が続くうち、俺は、彼女が少し無理しているように感じてきた。
外の景色がだんだんと暗く見えなくなってゆく。
と、コツコツと足音がして、図書室のドアがガラッと開いた。
「みんな、お疲れ様。図書委員も大変だったね。昨日も遅くまで準備してたし。
あ、安岡君もいるんだ。今日のライブ、とってもよかったよ」
英語の福仲先生の声が、ふっと図書室の空気を和らげた。
「先生、ギター貸してくれてありがとうございます」
「どういたしまして。SKYの最後のあの曲、かっこよかったね。今度、弾き方教えてね」
「もちろん、今度、楽譜に書いてきますよ」
俺は軽く笑った。
「さあさあ、もう遅いから、みんな帰りましょ。重松先生、他の先生方もいいですよね?」
「ああ、そうですね。もういいでしょ。……よし、みんな、もう帰れ」
しかし、彩乃はまだ納得していないようだった。
俺は、
「彩乃、何か歌おう。俺、ギター弾くから」
彩乃は頷いて、
「そうね。このままじゃなんとなく帰りづらいもんね」
と俺は福仲先生に向かって、
「先生も一緒にどうですか? ギター貸してくれたお礼です。先生の好きな歌でいいですよ」
「う〜ん、そうねぇ……。じゃあ、やっぱり安岡君たちが最後に歌ってた『紲』を歌って。私、あの歌、気に入っちゃったの。覚えたいから」
福仲先生のリクエストをみんなで歌うことにした。
もちろん、他の先生は知らないが、放課後の図書室で、俺たちがいつも最後に歌っていたので、図書委員のメンバーは知っていた。
俺はみんなの緊張を、コードの一音一音で解きほぐすように弾いた。
♪ 紲(KIZUNA)
今 はじまる 新しいこの世界
伝えよう 繋げよう
みんなの想いを一つに ひとつに
Ah -結んで紲(KIZUNA)
沈まない太陽はない
でも明けない夜もない
怖くても自分で歩かなきゃ
遠く明日の光は見えない
Go on さあ信じた道踏み出そう
必ずたどり着ける時が来るから
今 はじまる 新しいこの世界
伝えよう 繋げよう
みんなの想いを一つに ひとつに
Ah - 結んで紲(KIZUNA)
プレハブの天井にギターの音が跳ね返る。
彩乃が澄んだ声で歌い出すと、さっきまで対立していた先生たちも、苦笑いを浮かべながら小さな声で口ずさむ。
アンケートの紙は剥がされた。
でも、この瞬間、光る蛍光灯の下で、ギターの音色と声が共鳴している。
窓の外は、いつの間にか真っ暗。
図書室の蛍光灯がやけに明るく見えた。




