第十五話 「君と青空の下で」
繰り返される悪夢、交錯する記憶。
長い迷路の果てにたどり着いたのは、
なんてことのない、眩しいほどに平凡な日常だった。
陽子の涙も、ユキノの呪いも、
すべては青空の下で静かに溶けてゆく。
ギターの音色が響くオアシスで、
俺は一歩ずつ、明日へと歩き出す。
【フェーズ9】
「……カシ、……タカシ、崇! 起きて、朝よ。今日から仕事よ」
そう言うユキノの声で俺は目を覚ました。
「ん……ん? ここは?」
「何、寝ぼけてるの?うちじゃない。早く起きてよね」
「ん?……ああ、そうだったな。……ところで、あの後、彼女に何を言ったんだ?」
「え?あの後って?」
「だから、昨日のことだよ」
「昨日?彼女?何のこと?あ、崇、また女の夢見たでしょ。すぐ浮気心が出るんだから」
「へ?いや、あの、確かに昨日、よ、陽子とかいう」
「え?ヨウコ?そんな女の夢見たの?私というものがありながら許せないわね」
「いや、あれ、おかしいな?」
「罰として、今度、一緒の休みの日には一緒に買い物に行くこと。服も食事も全部、崇の奢りだからね」
「え、いや、……わかったよ。全部、俺が持つよ」
「え、いいの?やったあ!崇、ありがと」
とユキノは俺のほっぺにキスをした。
「え、何すんだよ」
「え、いいじゃん、たまには。崇だって好きでしょ。ふふ」
「……なんかお前、変わったな」
「変わってないわよ。あなたが知ってるユキノよ。ユ・キ・ノ」
「そうか、これがユキノだよな」
「バカなこと言ってないで、早く支度しなさい。遅れるわよ」
「わかった」
そう言いながら俺はやっと帰ってきた日常にホッとしていた。
*
それから一ヶ月後、久しぶりに休日が揃った俺たちは、朝食をとって神戸へと出かけた。
「今日もフード付きのトレーナーでも買うのかい?」
「何言ってんの。崇はフード付きなんか似合わないんだから、そんなの買うわけないでしょ」
「あれ、確か……」
「いいから、こっち、こっち。これなんかいいんじゃない」
とフードのついていないトレーナーをユキノは選び続けた。
俺は、なんでそうなったのか、まるでわからなかったが、ユキノが楽しそうにはしゃいでいるのがたまらなく嬉しかった。
「ユキノ、そろそろ行こか。腹減ったよ」
「そうね。じゃ、行きましょ」
ユキノは買ったトレーナーと自分の洋服の入った手提げ袋を左手に持ち、俺の腕に右手を回した。俺たちは腕を組んでオアシスまで歩いた。
「オアシスかぁ。久しぶりだから、私、楽しみ」
「俺もだ」
そう言って、駅前の坂道を登ってオアシスの扉を開けた。
いつものようにカランコロンと鳴るカウベルと、入り口横に飾ってあるアコースティック・ギターが迎えてくれた。その音で、ママさんがこっちを見た。
「あら、崇さん、こんにちは。ユキノさん久しぶり。今日は二人揃ってきてくれたのね。あ、ユキノさん、あっちに陽子さん来てるわよ」
「え、陽子……さんが来てる?」
俺は驚いた。
「え、陽子が来てるの?」
「え、ユキノ、お前の知ってる人?」
と俺が聞くと、
「あ、私の従姉妹なの。ちょっと待ってね」
と言って、陽子と連れの男性がいる席に走って行った。そして、俺に向かってユキノが手招きをした。
俺は陽子がいる席の前まで来た。そこには確かに夢で会った女性がいた。俺はビックリしたが、その時、横にいた陽子の連れの男性が、
「あ、安岡さんじゃないですか」
と声をかけてきた。
「お、佐藤じゃないか。久しぶりだな。どうしたんだ、こんなところで」
「ええ、お久しぶりです。安岡さんこそ、どうしたんですか?」
「ああ、ここは昔からよく来てる店でね。今日は久しぶりにユキノ、あ、彼女と同じ休みが取れたんで、ここに来ようってことになったんだ」
「そうなんですか。えっと、ユキノさんですね。陽子さ……、陽子から話は聞いてます。佐藤と言います。」
「あなたが佐藤君ね。陽子から聞いてるわ。こちらこそ、よろしく」
「安岡さん、病院勤務はどうですか?」
「まぁ、何とか頑張ってるよ。それより、この人は?」
「まぁ、へへ、彼女です」
「そうなのか? へぇ、よかったな、やっと彼女ができて」
「もうからかわないでくださいよ。俺、陽子さんに猛アタックしたんですから」
「もう、真、恥ずかしいからやめてよ。はじめまして、ユキノの従姉妹の陽子です」
「あ、はじめまして」
「安岡さんのことはユキノと真、あ、佐藤君からよく話を聞いてます。お会いしたかったです」
「へ? 俺に? なんで?」
「だって、ユキノの『呪い』を解いて下さったんでしょ?どんな人が会ってみたいじゃないですか」
と言って陽子は笑った。
「そんな大したことなんかしてないよ。ユキノを愛してるだけです」
「わぁ、やっぱり、真が言った通りね。安岡さんはまっすぐな人だって」
「佐藤、お前、そんなこと言ったのか?」
「へへ、すみません。でもほんとでしょ?」
「まぁ、そうだけど。ところで佐藤、彼女とはどうやって知り合ったの?」
「うちの営業部に入ってきたんですよ、引き抜きで。彼女、めっちゃ営業力すごいんです。僕より年上だけど、ずっと憧れてて、我慢できなくなって猛アタックしたんです」
「お前が?へぇ、やるもんだな。製品の試験中でも最後まで諦めないからな。その根性が彼女を射止めたってことか」
「もう、すぐ仕事の話と一緒にするんだから。ユキノさん、こんな先輩ですけど、安岡さんをよろしくお願いします」
「もちろんよ。私には崇しか頼れる人はいないんですもの」
「わぁ、ユキノ、言うじゃない。真、私たちもこんな風になろうね」
「もちろんですよ。陽子さん」
と佐藤が言うと、陽子がキッと佐藤を睨んだ。
「……じゃなかった。陽子」
と佐藤が言い直すと
「もうこれだからね。年下の男の子はほっとけないのよ」
と陽子が笑った。
「陽子にはもったいないくらい誠実な彼氏ね。よかったじゃない」
とユキノも笑った。
後ろからママさんが、
「さぁさぁ、そろそろ席に座ったら?」
「あ、すいません」
俺たちは佐藤たちと一緒の席に座った。
「ご注文は?」
「もちろん、俺がエビフライピラフでユキノは和風スパ。あとでコーヒーお願いします」
「ハイハイ、いつものね。ユキノさん、それでいい?」
「ええ、いいわよ」
ママさんは注文をメモしてカウンターの奥へ消えた。
と、ユキノは俺に聞こえないようにして、何やら小声で陽子と佐藤に言ってるのが聞こえてきた。
「こらこら、そこ。何、こそこそ言ってるの?」
と俺が聞いても3人は、
「別に、何も」
「何でもないっすよ」
「崇は気にしないの」
とごまかした。
料理を待つ間、ユキノは陽子とおしゃべりをしていた。佐藤もその会話に一緒になって話していた。俺は、来週の予定はどうなっていたかと思い、スマホを見た。すると佐藤が、
「もう、安岡さん!携帯見てないで、みんなでお話、しましょうよ!」
と言った。
「お、そうだな、悪い悪い」
と、俺はスマホを置いた。佐藤は、俺を見て軽くニヤッと笑った。俺もニヤッと笑い返した。
*
二週間前。
俺のスマホが鳴った。
「おう、佐藤。その後、元気か?」
電話の相手は佐藤だった。
「元気ですよ。先輩、おかげさまで陽子さんと付き合うことになりました」
「そうか、よかったなぁ。やっとお前の念願叶ったってところだな。でも、これから大変だぞ、彼女、気性激しいからな。一回、化粧瓶、投げつけられたことがあって、一時的に本当に記憶なくなったからな」
「え、化粧瓶?記憶とんだんですか? うわぁ、激しいな。……でも大丈夫です。俺は陽子さんのことをしっかり守っていきます」
「そうだな。お前なら陽子、いや陽子さんのことを守っていけるだろうな」
「でも、びっくりしましたよ。試験室に来る前に電話で『ちょっと芝居するから付き合ってくれ』って言われた時は」
「まぁな。でも、オアシスで陽子が泣いてる時に俺が声かけたとき、お前もオアシスにきたじゃないか。それでピンときたんだ。でも、あの時は彼女、自分のことで精一杯って感じだったからな」
「先輩は何でオアシスに行ったんですか?」
「昔、大学に通って頃に同じ名前の喫茶店があったんだよ。それで懐かしく思って、学会の帰りに寄ってみたんだ。そしたら泣いてる彼女見かけて、よく見るとダイコーのマークが入った紙カバンが横にあったので、何となく恵理に似てるように思えて、ほっとけなかったんだ」
「そうだったんですね」
「でも、話を聞いてびっくりしたよ。彼女、相当深い傷を負ってるんだってわかったから、このままほっとくわけにはいかないと思ってたら、彼女のスマホのキーホルダーがユキノと全く同じものだったんだ。『あ、このキーホルダー』って言ったら、『ああ、これ、私のお気に入り。従姉妹と一緒に買ったの』って言ったんだ。以前にユキノから、『このキーホルダー、いいでしょ。従姉妹とお揃いなの』って、聞いていたんで、この子とユキノは従姉妹なんだって気づいて、ますますほっとけなくなった」
「そうだったんですね。俺は、てっきり先輩が陽子さんと付き合うことになったんだと思ってました」
「まぁ、そう思うよな。でも、俺じゃ、本当には彼女を笑わせられないからな。だから安心しろ。俺は陽子さんとは一線を越えてない」
「え、そうなんですか?」
「ああ、彼女魅力的だし、一回、危なかったけどな。でも、すんでのところで彼女、勝手に昂って寝ちゃったので、何もしてないよ」
「まぁ、あったとしてもそれは仕方ないですけど」
「バカだな。俺はユキノしか愛せないんだよ」
「そうでしたね。あの日もそう言ってましたね」
「ああ、あれは助かったよ。あそこでお前がユキノに連絡してくれたから、陽子に問い詰められて白状しそうになった時、ちょうどユキノが陽子に電話してくれたんでうまく回避せたんだ。そうでなかったら、今でもどうなってたかわかんないぞ」
「えー、そうだったんですか。そんな大事なことだとは思わなかったな。先輩がユキノさんに連絡して陽子さんの家にいることを伝えてくれって言われた時は何のことかと思いましたよ」
「ユキノに直接連絡したら、陽子に着信履歴でバレてしまうと思ったんで、お前に頼んだんだ。悪かったな」
「いえ、結果的に自分のためになったんで先輩には感謝しています」
「そうか、まぁ、これからしっかりやれよ。おめでとう」
「ありがとうございます。そうだ、今度、休みが合う時、ユキノさんも誘って4人で会いませんか?」
「お、いいな。ちょっとまでよ。じゃあ、二週間後の土曜日な。その日なら俺もユキノも休みだ」
「二週間後の土曜日ですね。……大丈夫です。では、その時に会いましょう。よろしくお願いします」
「こっちこそ、よろしくだ。でも、このことは二人には絶対、内緒だぞ」
「わかってますよ。俺だってやっとつかんだ幸せ、手放したくないですからね」
「おう、じゃ、よろしく」……
*
佐藤と俺は、そのことを思い出しながら、再び、ニヤッと笑った。
「何?二人とも気持ち悪~い感じ。真、私に何か隠してるの?」
と陽子が言った。
「そ、そんなことないですよ。僕は陽子さ、陽子のことだけ見てますから」
「何、慌ててるの?ますます怪しいわね。……な~んてね。真が私に嘘つけるはずないもんね」
「そうよ、陽子、佐藤さんを信じなさい。あなたは何でも疑いすぎるのよ」
「へへ、こうやっていつもユキノに怒られるのよね。ごめんね、真」
そこへ、エビフライピラフと和風スパを持ってママさんがやってきた。
「はい、お待たせ」
と俺の前に置かれたエビフライピラフを見て俺は、
「デケー」
と言った。
「ほらね」
「ほんとだ」
「安岡さん、本当にそう言うんだ」
と三人が笑った。
「あ、ユキノ、お前、このふたりに俺のクセ、教えただろ?」
「え?知らないわよ」
と、とぼけたユキノを見て、俺はムキになった。
「お前なぁ」
「まぁ、そう怒らず食べさないよ。マスターが見てるわよ」
「え?マスターが?」
振り向くとマスターと目が合った。俺はマスターに会釈をしてエビフライを一口食べた。
「うめー」
とまた声が出た。
俺はマスターに向かってグーサインを出した。
マスターはピースを出した。3人が大笑いした。そのやりとりをママさんが笑いながら見ていた。
俺は、ふと思い出してまたスマホに目をやった。
(あれは、どこに入れたかな?)
とファイルを探していると、メモアプリが点滅しているのが見えた。
(ん?なんだろう)
と思ってメモアプリを立ち上げると、黄色で括られた予定が一箇所、点滅していた。
(なんのメッセージかな)
と思って、そこのページを開いたとき、佐藤が、
「安岡さん!」
と佐藤の声がしたので俺はスマホから目を離し、佐藤を見た。
「ん?」
「だから、スマホなんか見てないでみんなで話しましょうよ!」
「そうなんだけど、いや実は、ユキノのために作った曲があるんだ」
「え、ユキノさんのために?」
と佐藤が食いついてきた。
「えー私も聴きたい」
と陽子も言った。
ユキノは、
「そんなの、いつ作ったのよ? いいわよ、恥ずかしいからやめて」
と言った。
「そうか、それもそうだな」
と俺が言うと、
すかさず陽子が、
「えー、ダメ、聴きたい、聴かせて」
佐藤も、
「そうですよ。そこまで言ったんだから聴かせてください」
と言うので、
「そうか? それなら……」
とスマホを見ようとすると、佐藤が、
「どうせなら、生で聴きたい。入り口の横にアコースティック・ギターあるじゃないですか、あれを弾いて歌ってください」
「いや、それはダメだろ」
「いいじゃないですか。ちょうどお客さんも他にいなくなったし、ママさんに借りていいか聞いてきます」
とママさんに確認に行った。
すると佐藤の後ろからママさんがやってきて、
「崇さん、ギター弾けるの? じゃあ弾いて。マスター、実はアコースティックなサウンドが好きなのよ。でも自分で弾けないから、弾ける人が来たら弾いてほしくて、あそこにギターを置いてあるの」
「そうなんですか。でも、ちょっと恥ずかしいな」
「いいじゃない。今、誰もいないし、お店は準備中にしたから。マスターも楽しみにしてるわよ」
「え、マスターも」
見ると、厨房の前でマスターがにっこり笑って頷いていた。
「そうですよ。僕も聴きたいです」
「崇さん、お願い、聴かせて。」
と、佐藤と陽子が追い討ちをかけた。俺はユキノの方を見た。
ユキノは仕方ないからいいわよという目で『うんうん』と二回頷いた。
「ちなみになんていうタイトルですか?」
と佐藤が聞くので、
「『君と青空の下で』」
と俺が言うと、
「『君と青空の下で』ですって。ユキノ、いいわね〜、こんなに崇さんに思われて」
陽子がユキノをからかった。
「そうですよ。でも安岡さんいいなぁ、ギター弾けて。絶対モテますよ。ずるいなぁ」
と佐藤。ママさんも、
「いいわね〜、ユキノさん、幸せね」
と言った。ユキノは、
「もうやめてよ。ああ恥ずかしい」
と俺を見た。でもその目は怒ってはなかった。
俺は、アコギを手に取り、軽くチューニングした。そして、
「じゃあ歌います」
と言ってギターを弾きながら歌い始めた。
その裏で俺のスマホには、
『SYSTEM: DIMENSIONAL_PROGRAM_REPAIR_COMPLETE(次元修正完了)』
の文字が表示され、そして……消えた。
FIN ……
♪『君と青空の下で』
新しい季節を導くように 広がる青空
何も特別じゃない ふたりの日常を 今日から始めるんだ
君と出逢って 分かち合うことの
ほんとの意味 はじめて知ったのさ
ふれあう度に
やさしい想い 感じているよ 青い空の下
君と歩く道は果てしないけど 夢にあふれてる
ありのままの君を いつも信じてるから
きっと 悲しみさえも 強さに変えてゆける ふたりなら
生命の重さと 向き合う日々に 君がくれた愛
それが 心の奥 支えているよ 迷う日も 笑う日も
やさしい想い 信じているよ 青い空の下
君と歩いてゆこう 果てしなくても 未来を見つめて
そのままで このままで 一歩ずつ……
これでハッピーエンド……となるのでしょうか?
物語はまだ続きます。
ここからの転調にあなたはついて来られるでしょうか?




