第十二話 「陽子と話せた朝。さらばユキノ?」
陽子の目を見て、俺は初めて声を出すことができた。
重なり合った体と、書き換えられた現実。
だが、彼女の口から漏れたのは、忘れたはずの「ユキノ」の名前だった。
逃げ場を失った俺は、ある決意を固める。
【フェーズ6戻り】
翌朝、ふと目が覚めて、寝ぼけまなこの俺の目に、横で、裸で寝ているユキノの顔が映った。俺は、
(ああ、今まで夢見てたんだな。良かった。そうか、昨夜はユキノと……そうか、良かった。それにしてもなんで彩乃の夢なんて見たのかな)
と思いながら、そのまま、また眠ってしまった。
*
夢の中をまどろむうちに急に不安が頭をよぎって、パッと目が覚めた。 横には裸の陽子がいて、俺の顔を見ていた。 俺は夢か現実かわからず、目を一瞬大きくさせた。
「起きた?ふふふ、おはよう」
陽子がそう言ったので、俺もつられて
「おはよう」
と言った。
「良かったぁ、やっと目を見て話してくれた」
「え?」
俺は一瞬戸惑ったが、確かに声が出ていた。しかも陽子の目をしっかり見たまま。
「崇、このところ、私の目を見てくれなかったでしょ。やっぱり私じゃ恵理さんの代わりにはなれないのかなって思ってた」
「何、言ってるんだ。恵理のことはもう済んだことだよ」
俺はそう答えながら、どうして声が出るようになったのかわからなかった。
「ふふふ、でも、昨夜の崇、スゴかった。私、あんなになったの初めてよ。前のことがあったから、もう、そういうことできないって思ってたし、崇が無理しなくていいよって言ってくれてたから、今までしなかったけど、昨日は勇気出して誘っちゃった。ああ、こんなんだったら、もっと早くすれば良かったね」
陽子は、あっけらかんとそう言った。
「え?、俺たち、したことなかったの?」
「やだ、崇、わかってるくせに。そりゃ、そんな感じになったこと何回もあったけど、最後のところで私が無理ってなって……。崇、今までごめんね。……ふふふ、でも、昨夜の崇、凄かったぁ」
「何度も言うなよ。恥ずかしいだろ」
そう言って俺は陽子に背を向けて布団を被った。
「あ、怒った?ごめん。」
陽子は俺の背中から顔を覗きこむようにして、
「私、ちょっとシャワー浴びてくるね」
と言って、俺のほっぺにキスをして出て行った。
俺の頭は混乱していた。
(なんで陽子の目を見て喋れるようになったんだろう? いや、それもだが、したこと、なかった?……って俺が最初の相手?いやいや、それはいくらなんでもダメだろ)
そんなことが頭の中を駆け巡って何が本当で何が嘘なのか、よくわからなくなった。
陽子がシャワーを浴びる音が聞こえてきた。俺は上半身を起こして、頭側のベッドボードにあったスマホに手を伸ばした。 俺は、今の状態が本当なのか夢なのか、はたまたどちらも本当なのかわかっていなかった。とにかく今の混乱した気持ちをメモに入れて整理してみようと、メモアプリをタップした。
新規+を押して、これまであったことを打ち込んでゆく。この世界で俺は、臨床工学技士にはならずに元の会社の品質管理課で働いている。恵理と別れて二年前から陽子という女性と暮らしている。陽子と目が合うとなぜか声が出なかったが、今朝から急に声が出るようになった。何が変わったのか?何か特別なこと……と、そこまで打ち込んで、ハッと気づいた。
(もしかして昨夜、陽子とそうなったからなのか?いや、そんなことは……しかし、他に特別なことはないし、やっぱりそうなのかな?)
でも、どうして?この次元が何か俺に伝えようとしているのか?いや、そんなことより、どうやったら元の世界に戻れるんだ?さっき、一瞬、戻ってたよな?眠ったら戻れるのか?わからん。メモに打ち込む手が止まったまま、俺の考えはぐるぐるといろんなところを動き回った。
そこへ、タオルを巻いた陽子が入ってきて俺の背中から手を回して、
「何やってるの?」
と甘えた声で頬を寄せてきた。
俺は慌ててメモアプリを終了し、
「いや、会社から連絡が来てるかと思って」
とごまかした。
「もう、今日は日曜なんだから、会社のことはいいでしょ。あなた、仕事は家に持ち込まない人だったでしょ?最近、少し変よ」
「変?」
「うん。確かに私が悪いんだと思うけど、それでも、ちょっと変よね」
「そう、変なんだ。実は俺……」
「何?」
「……いや、なんでもない」
「何よ、昨夜のこと、後悔してるの?」
「してないよ」
「じゃ、何?私の他に気になる女でもいるわけ?」
「どうして、そんなこと言うんだ?」
「ユキノって誰よ」
「え?」
俺はドキッとした。なんで陽子がユキノを知ってるのかわからず、言葉が出なかった。
「やっぱり……。その女と何かあるのね。そうでしょ?崇」
「いや、ある。いや、ない」
俺はしどろもどろになって陽子の目を見た。その目が急に悲しそうに変わって、
「……やっぱり私じゃダメなのね。昨夜、あんなに嬉しかったのに」
「いや、俺だって嬉しかったよ」
「ほんと?」
「本当だよ。陽子は素敵だった」
「……バカ」
陽子は照れたように笑った。それからぽつぽつと喋り出した。
「……崇をダイコーに連れて行った前の晩、私のせいであなた、気を失ったでしょ。そのあなたが寝言なのかなんなのかわからないけど『ユキノ、今から帰る』って言ってたのよ。私、それで頭にきちゃって、あなたをゆすって起こしたの。でも、あなた正気に戻らなくて。そのうち、もし正気に戻って、そのユキノて女のところへ帰ろうとしたらどうしようって怖くなって。そしたらあなた、気がついて、私と目が合ったら、ユキノじゃないって顔で私を見たから、無理やり睡眠薬、口移しで飲ませたの」
「ああ、あの時か、それ、かすかに記憶ある」
「で、ずっと気になってたんだけど、そんな女、会社にもいないし、他に崇が行きそうなところって、オアシスくらいだし、新しい店員さんにユキノって人がいるのかもって思って一緒に行ったけど、そこにもいないし、単なる崇の夢だったのかもしれないって思うことにしたの。でも、今のあなたの反応……。やっぱり、あなたの中に誰かいるのね? 私でも恵理さんでもない女性が」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺自身も整理できていないことだから、何をどう言えばいいか、よくわからないんだ」
「また、そうやってごまかす気ね。今日は絶対にダメよ。しっかり答えてもらいますからね」
俺は観念した。そして頭で整理できなくても、今、自分に起きていることを正直に話そうと思った。
「わかった、話すよ。実は、ユキノっていうのは……」
と俺が言いかけたとき、陽子のスマホが鳴った。
「ちょっと待って」
と言って、陽子は着信の相手の名前を確認して電話に出た。
「……もしもし、あ、今、ちょっと……。 え? あ、そうなの? わかった。すぐ行くね」
と言って電話を切った。
「ちょっと出てくる。今の話、帰ったらしっかり聞きますからね。逃げないでよ」
と言って、慌てて服を着て陽子は出掛けて行った。
♪『Lonely Night』
戸惑いの日々 繰り返すだけで
逢えない今さら 君が愛しいよ
思い出には二人の笑顔
壊れないように 壊さないように
冷たいベッドでひとり眠れずに
あの頃描いた夢が夢と消えかけて
I miss you Lonely Night
君がいない夜はすべてがため息に染まるだけ
I love you いつも
そばにいてほしい 君のぬくもりを
心に感じていたいよ




