6.《起床》
ゆっくりと瞼を上げたリュミエラの視界には、柔らかい光と――涙で滲んだ大人のカイの顔があった。
「……カイ?」
その声は眠る前と何も変わらない。
変わらないのに、カイの胸は激しく震えた。
「……師匠……っ」
言葉にならない声で名前を呼ぶと、リュミエラはそれに微笑んだ。
けれど、次の瞬間。
彼女の視線が、カイの顔から首元、肩へと滑っていく。
眠る前よりも高く、逞しく、落ち着いた大人の輪郭。
まるで理解が追いつかないように、彼女の眉がわずかに寄った。
「……カイ。あなた……大きくなって……?」
声が震えている。
自分の記憶では十三歳の少年だったはずの弟子が、今は自分よりも年上に見えるのだから当然だった。
カイはこらえきれず、膝から崩れ落ちた。
ベッドに手をつき、顔を伏せたまま震える声で答える。
「……師匠は、あの夜から……ずっと眠ってたんだ。
起きなくて……ずっと……っ」
リュミエラは言葉を失い、そっと手を伸ばした。
指先がカイの頬に触れる。
涙の熱に触れて、彼女は大きく目を見開いた。
「……こんなに……泣くほど……長く……?」
「……何年も……何年も……」
カイの声は、かすれていた。
涙をこぼすまいと噛みしめていたけれど、
師匠が目覚めた途端、それがすべて溢れ出した。
「怖かった……。何度も、もう起きないんじゃないかって……。でも、師匠が、僕を待ってるって思って……。僕、ずっと……ずっと……」
震える言葉の一つ一つに、リュミエラは胸を押さえた。
彼女の記憶の中のカイは、まだあどけない声で笑い、泣けば目元をこすり、失敗すれば俯いてしまうような、小さな少年だった。
なのに、目の前の彼は――
背が伸び、声は低く、強さと孤独を抱えた、大人の魔法使いになっていた。
「……私のせい、なのね」
リュミエラはかすかに呟いた。
カイは首を振る。
「違う。師匠を守れたから、僕はここにいるんだ。
師匠が……僕の帰る場所だったから、頑張れたんだ」
その言葉に、リュミエラは息をのみ、そっとカイの頬を両手で包み込み、ゆっくりと引き寄せた。
「……ありがとう、カイ」
彼女の声は、眠る前と何も変わらない優しさを持っていた。
けれどそこには、数年分の重さがあった。
「ずっと……ひとりで頑張ってくれていたのね」
カイは小さく息を詰め、子どものようにその胸に顔を埋め、静かに泣いた。
リュミエラはその頭を撫でながら、
そっと目を細める。
「……そんなに大きくなって……
でも、泣き方はあの頃のままね」
「師匠が……起きてくれたら……
僕、もう、なんだっていい……」
「ええ。大丈夫よ。もう眠らないわ」
リュミエラはそう囁き、カイの背に腕を回した。
その抱擁は、眠る前とは違う。
少年ではなく“大人になった弟子”を包み込む抱擁だった。
そして彼女は、静かに彼の横顔を見つめて言った。
「カイ。あなたは……私よりずっと、立派な魔法使いになったのね」
その言葉に、カイは顔を上げた。
涙の跡が光っていたが、その瞳は力強かった。
「……全部、師匠のために覚えたんだ。師匠が帰ってくる場所を、守るために」
リュミエラは胸の奥が熱くなるのを感じた。
そして――ゆっくりと微笑む。
「そんなふうに守られていたなんて……私、ちょっと誇らしいわ」
カイは泣き笑いのような表情で、ただ「……師匠」と名前を呼んだ。
二人の時間は、そこでようやく再び動き始めた。




