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プロローグ


 夜の空が裂けたようだった。


 暴走した少年の魔力は、制御を失った光の奔流となって森を焼き、

 地面は震え、空気は悲鳴のように軋んでいた。


「師匠、ごめん……こんなはずじゃ!」


 少年は自分の力に押しつぶされ、立っていることすらできず、

 震えながら地面に爪を立てていた。

 その身体から溢れ続ける魔力は、すでに周囲を崩壊させつつある。


 彼女は、血に濡れた外套の裾を翻し、少年の前に膝をついた。


「大丈夫。もう怖くないわ」


 その声は不思議と澄んでいて、暴走の轟音すら、まるで子守歌のように遠ざかっていく。


 触れれば焼かれるほどの魔力の奔流の中、師匠だけが、少年の頭をそっと抱き寄せた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……!僕、止められなくて……ッ」


「謝らないの。あなたは、この力をちゃんと制御できる子よ。

――いつかきっと、私よりずっと強くなる」


 少年は涙でぐしゃぐしゃの顔で、必死に首を振る。


「行っちゃいやだ! 師匠! いやだ……ッ!!」


 その叫びに、師匠はわずかに目を伏せ、彼の額に唇が触れるほど近づいて囁いた。


「大丈夫よ。あなたが成長するまで――私は少し眠るだけ」


 その瞬間、師匠の放った魔法陣が夜空を白く塗りつぶすほどの光を放った。


 次の瞬間、世界が静止した。


 暴走の光も、木々を揺らす風も、師匠の髪すらも――

 すべてが、時の中で凍りついた。


 少年だけが、動けた。


「…………師匠?」


 呼びかけても返事はない。

 彼女は、眠る前と変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべたまま、完璧な静止の中に閉じ込められていた。


 少年の頬を伝った涙だけが、時の外へこぼれ落ちた。





 夜が嘘のように静かだった。


 先ほどまで世界を裂くほどの光が渦巻いていたはずなのに、今はただ、ひどく冷たい風が草を揺らすだけだ。


 少年は膝をつき、時の魔法に閉じ込められた師匠の頬にそっと触れた。


 温かい。

 けれど、まったく動かない。


 まるで、呼吸すら忘れてしまったみたいに。


「……師匠、ねえ」


 手が震えた。

 指先をすべらせるたび、胸の奥に何かが沈んでいく。


 ほんの数瞬前まで、

 彼女は自分の頭を撫で、涙を拭ってくれていたのに。


 少年は静止した師匠の胸元に顔を埋めた。


「僕、ちゃんとするよ……ちゃんとやるから……

だから……起きてよ……」


 返事はない。

 けれど、眠る前と変わらない優しい表情が、彼を包むようにそこにあった。


 少年は涙を抑えようと息を呑んだ。

 子どもみたいに泣きたくなかった。

 けれど、こぼれた涙は止められなかった。


 やがて、彼はそっと顔を上げる。


「……絶対に戻すから。ぜったい、迎えにいくから……」


 決意は幼い声には不釣り合いなほど、重たかった。


 風が吹き、静止した師匠の髪が――動かないまま揺れようともしない。


 少年はその不自然さを、胸の底に刻んだ。


 そして、まだ震える身体で立ち上がった。


 彼女が眠りについた、この夜から。

 少年の時間だけが――長い旅を始める。


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