2日目にして街歩き
4月16日。【First Step Online】2日目。今日のログイン地点は森を抜けた先にあった町の宿屋だ。
町に着いたら最初にすべきことがある。過去の公式生放送でそう紹介されていた通りにアプリコットとアニーは町の中心に向かい、ミナピソルよりは少し小さいポータルを登録した。これにより、その町のポータルを使用できるようになるほか、ポータルを利用することで各都市間や来訪者ギルドへの転移が可能となる。
今日のアプリコットの目的は散策だ。このゲームの、魔法以外の要素にも目を向けよう……いや、この世界を楽しもうと思ったのだ。
まず、広場にあった地図が目に入った。そこで、この町の名前が『コジーム』であると知る。と同時にあることに気づく。始まりの街の名前を把握していなかったことに。
慌ててアプリコットはポータルに触れた。表示された転移先には『ミナピソル』とある。
(どんだけ視野狭かったんだ、昨日の私。)
アプリコットは少しショックを受けた。
改めてコジームの散策を行ったアプリコット。歩いて分かったのは、コジームは宿場町ということだ。町の人に話を聞いたところ、ミナピソルとの間に立ちはだかる『ミナピソルの森』を前に一泊する商人と冒険者たちの需要でできた町らしい。そのためか、町には商人ギルドや冒険者ギルドの出張所が存在した。ちなみに、冒険者ギルドと来訪者ギルドの違いは、クエストを受けるのが現地人か来訪者かだけである。とはいっても、宿場町ということで景観が非常に整備されており、景色は綺麗だ。アプリコットはゲーム内ショットを撮りまくった。
と、ここで満腹度が切れたアプリコット。近くにパン屋があったため、入店することにした。店内は現実のパン屋と変わらず、総菜パンや菓子パンなどが置かれていて、端のほうに少しだが店内飲食用スペースがあった。
商品を見て回る。パンの種類は現実と同じものからそうでないものまで様々だった。その中から〈ミナル兎のカツサンド〉をトングで掴む。その時、店員のお姉さんが声をかけてきた。
「焼きたてのパイができたんですけど、どうですか?」
そうして持ってきたのは、〈果肉たっぷりのアプリコットパイ〉だった。
「あ、アプリコットパイ……、いただきます……」
アプリコットの声が上擦る。
「あの、どうかしましたか?」
あまりの変な対応に、店員は思わず質問してしまう。
「いえ、私の名前が『アプリコット』なので、つい運命的なものを感じてしまって」
そんなアプリコットの回答に店員さんはクスッと笑う。
「なるほど。いえ、すみません。来訪者の方も同じ『人』なんだなって。」
「あーなるほど。確かに現地の人からすれば得体が知れないですよね、私たち。でも、そうですね。っていうのも少し変ですかね?」
「変じゃないと思いますよ。」
「なら良かったです。」
「あ、申し遅れました。私、マーシーって言います。」
「さっきちらっと言いましたが、アプリコットです。にしても、よく来訪者って分かりましたね。」
「それはその、来訪者の装いがみんな簡素なので……。」
このまま会話を続けるとせっかくの出来立てパイが冷めてしまう。アプリコットはここでお会計をし、店内でパイを食べた。カツサンドはテイクアウトだ。アプリコットが甘すぎなくて、生地はサクサク。とても美味しいパイだった。
一通りコジームを散策し終えたので、アプリコットはミナピソルへと転移した。転移中は光に包まれるとはいえ、あっという間に景色が変わるのは何とも不思議な感覚だった。
地図によると、ミナピソルは、転送ポータルとなっている塔がある広場を中心として、同心円状に道が広がった形状をしている。また、広場はかなりの広さがあり、どうやらそこで露店を開くことができるらしい。といっても、まだ2日目なのもあって、露店はさほど見かけないが。アプリコットはとりあえず北から廻ることにした。ちなみに、特に理由はない。散策なので。
散策に出てすぐ、アプリコットは繁盛しているお店を見つけた。何の店だろうと覗いてみると、そこは薬屋だった。繁盛の理由はおそらく、回復ポーションを求めている来訪者たちだろう。
(どんなゲームでも回復アイテムは重要だよね……って、昨日、そういった類の商品を買ってないや!)
冷や汗が流れる。回復アイテムもなしにモンスターと戦闘。これでは死にに行くヤバイ人じゃないか。最も、ゲームである以上、死んでも復活できるのだが。それ以前に、彼女が魔法バカのヤバイ人なことに変わりはないのだが。
アプリコットはすぐに待ち列に並んだ。暇なので、購入までの時間、周りの人の様子を観察する。1つ分かったのは、アプリコット並みに小柄な人はほとんどいないということだ。理由は解る。このゲーム、サービス開始時に18歳以上であることが購入の条件なのだ。いくら女性といっても18歳以上で140cmに満たない人は少ない。ぐぬぅ。しかも、現実のようにアバターを動かすこのゲームでは、身長差があるほど身体を動かすのが難しくなる。そんなゲームでわざわざ身長を大きく変えている人もそんなにいないだろう。プレイ人口も1500人程度だし。ぐぬぅ。
そんなどうでもいいこと(よくない!)を考えているうちに、アプリコットの番がやってきた。ここでは、緑色の〈初級HPポーション〉と青色の〈初級MPポーション〉、黄色の〈初級解毒ポーション〉が売っていた。アプリコットはそれぞれ2個ずつ購入した。
無事に薬を買えたアプリコットは、散策を再開する。一応、さっきの反省を踏まえて、買わなきゃいけないものを探しながら。そうして彼女は武具屋と服飾店を経由した。特筆すべきは服飾店でのこと。そこでは店員から興味深い話も聞くことができた。
「すみませーん。武具店にある金属防具とここで売ってる防具の違いってなんですか?」
「そうですね。まず、金属防具は頑丈な分、物理的な傷を抑えることができます。一方、当店で扱う防具は魔法防具といいまして、魔力でHPの欠損を抑えることができるんです。着心地は普通の服と変わりませんし、何よりも金属は重たいですから、女性冒険者にも人気があるんですよ。」
「それじゃ、着るとMPが減っちゃいません?」
「大丈夫ですよ。よほど効果の強いものでない限り、自然界からのマナ供給で事足りますから。」
(なるほど。だから魔法使いって綺麗な服なままなのに攻撃を防げるんだ。……まあ、FSO内ではそういう理屈っていうだけで、現実ではまた違うかもしれないけど。)
魔法バカのアプリコットにとって、今の話は重要だった。もう少し深堀りしたかったが、それをしてしまうと営業妨害になりかねないだろう。というか、既にお時間を取らせてしまってるし。お礼も兼ねて、アプリコットは〈旅人のローブ〉を購入した。
〈旅人のケープ〉
・VIT+1
服飾店を出て来た道でない方向を歩く。すぐに、南門の前に来た。
(お金使ったし、ここらでクエストで稼ごうかな?)
パネルを展開し、〈ギルド〉の欄から自分が受けられそうなクエストを確認する。
(「〈ミナル兎肉〉×10 の納品」と「〈スライムドロップ〉×10の納品」はモンスターの居場所も分かってるし、できそうだね。)
アプリコットはその2つのクエストを受注し、街の外へと歩き出した。
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倒した兎が光に還る。インベントリには〈ミナル兎の毛皮〉が残った。
「あぁ、ダメだったか……。」
アプリコットが天を仰ぐ。意気揚々と依頼を受けたはいいものの、アプリコットの前に問題が立ちはだかっていた。ミナル兎のドロップ品は毛皮か肉であり、必ずしも肉が落ちるとは限らなかったのだ。
「現実なら気にしなくていいんだけどなぁ。まあその場合、解体もしないといけないんだろうけど。」
最初に肉がドロップしてから4戦経過したが、初戦以外肉がドロップしていない。そのせいか、現実の不便なやり方につい思いを馳せてしまう。もっとも、杏梨は獲物の解体などやったことがないけれど。
「あ、見つけた。《マジックショット》」
とはいえ、できることは変わらないので、ただひたすら同じ作業を続けていくアプリコットであった。幸い、運が悪かったのは最初のほうだけで、その後30分程度で予定数を集めることができた。
こうして、来訪者ギルドへの納品依頼も済ませ、ついでに他の素材も売ってお金が増えたアプリコットは一度、夕食のためログアウトした。