「冒険って、大変だけど、本っ当に楽しいんだね!」
いかにもこれで〆という雰囲気ではあるが、まだゲーム開始1日目。そんな短時間で遊び終える2人ではない。杏梨は翌日も講義があるが、それは明日の杏梨がなんとかする。
散策してすぐ、暗闇からグルルルルという声が聞こえた。《マジックトーチ》を向けると、茶色い小型の狼が襲い掛かろうとしている。
フォレストウルフ Lv.5
「先制するね。《マジックボール》」
アプリコットがアーツを唱える。しかし、魔法は発動しなかった。
「え、なんで!?」
困惑するアプリコット。アニーもまさかの事態に注意が乱れ、狼の攻撃を喰らってしまい、HPを大きく減らしてしまう。
「《ガード》!」
《ガード》は相手に向けて盾を構えるアーツだ。アニーはノックバックした体をアーツの強制的な動作で立て直す。
「大丈夫!?」
我に返ったアプリコット。アニーが心配になって声をかける。
「相手は1体だしこれくらいなら!」
アニーが鋭い声で言う。幸か不幸か、攻撃行動は依然としてアニーに対して行われている。タイミングを見計らってアニーが放つ。
「《スラッシュ》!」
しかし、狼はそれだけでは倒れない。それでも狼の動きは鈍くなった。その隙にアニーは攻勢を強める。
「《薙ぎ払い》!」
2度目の攻撃アーツが命中するが、相手はまだ倒れない。MPももう切れた。それでもまだ攻撃はできる。
「とどめの!」
最後はアニーの通常攻撃がヒットし、フォレストウルフはようやく倒れた。
「ふぅ、危なかったね。」
アニーがなんてことなさげに言う。一方のアプリコットは申し訳なさげだ。
「ごめん!」
手を合わせて頭を下げる。
「大丈夫大丈夫。それよりも原因分かった?」
「まだ分かんない。」
「じゃあ、いつもの戦闘と違うのは?」
「えっと……《マジックトーチ》を展開してて……あ。」
原因の予想がついた。
仮説を立てたら次は実験。《マジックトーチ》を消して、地面に向かって《マジックショット》を放つ。無事に魔法は発動し、アプリコットは心底ホッとした。
次は《マジックトーチ》を点けたまま《マジックショット》を放つ。やはり攻撃は発生しなかった。
「《マジックトーチ》発動中に他のアーツは発動できないみたい。」
「じゃあ、その間は物理攻撃しかできないってことか。」
「そうだね……あ、物理攻撃系のアーツならいけるかな?」
「試してみたら?」
「分かった。じゃあ《マジックトーチ》……からの、ふぅ」
スキルが発動するかを分かり易くするため、体の力を抜く。
「《スイング》」
アーツを発動させる。すると、体が操られるように動き、杖を振り下ろした。
「やっぱり、物理攻撃ならできるみたい。」
アプリコットはそう結論付けた。そしてアニーに尋ねる。
「それよりもどうする? 探索続ける?」
「戻るにも灯りはあったほうがいいし、なら進まない? 戦闘については分かってれば対処できると思うし。」
「OK。」
というわけでアニーのHPが満タンになってから、探索を再開した。すぐに再びフォレストウルフが1体近づいてくる。
アニーが見易くなるようにと光を強くするアプリコット。すると、狼は目を背ける仕草をした。
(もしかして、眩しいのは苦手?)
アプリコットはさらに光量を上げ、声を上げる。
「アニー、今のうt「目が……目がぁ!」 ……え?」
見ると、アニーも眩しさに目がやられて転がっていた。
「……ごめんなさい。《マジックショット》《マジックショット》……からの《マジックショット》」
灯りを消してから《マジックショット》を連発する。今度はアプリコット1人で狼退治をする羽目になった。
(さっきからアニーに迷惑しかかけてない気がする……)
「ごめんなさい。」
戦闘終了後、アプリコットは土下座していた。
「ふふっ」
一方のアニーは何故か笑う。そんな態度にアプリコットは緊張感を強める。これから自分は何をされるのだろうか。
「あははっ! はー可笑しっ」
「……?」
アニーが腹を抱えて笑う。片目に涙まで浮かべて。アプリコットも流石に顔を上げる。その顔に「?」を浮かべて。
「あ、ごめんね。なんか楽しくなっちゃって。」
涙を拭いながら、アニーが語り始める。
「私、昔から体が弱いんだよね。だからかな? 「ごめんなさい」ってもっと深刻な言葉だったんだ。」
「むぅっ、それはつまり、私の謝罪は軽いと?」
アプリコットは口を尖らせる。
「そうじゃないんだけど、なんというか。言葉にすると難しいんだけど、気軽に「ごめんなさい」って言い合えるのが楽しいし、嬉しいんだ。」
「なるほど。」
「それにさ、ちょっとの失敗なんて取り返しちゃえばいいんだよ!」
「その割には灯り忘れて思いっきり凹んでなかった?」
「……それはそれ、これはこれっ!」
今度はアニーがムスッとした顔をする。一方のアプリコットは笑顔だ。
特に蟠りも発生しなかったし、探索を再開した。ただし、改めて戦闘の手順の確認はしたうえで。
またしてもフォレストウルフが襲い掛かってくる。今度は人食い草も3体添えて。
「準備OKだよ、アプリコット!」
盾を斜め上方向に構えてアニーが言う。アプリコットはそれを確認し、《マジックトーチ》の光量を上げた。モンスターたちの目が眩むが、アニーは盾に遮られて無事だ。
「今だよ、アニー!」
掛け声とともにアプリコットは光量を下げる。その隙にアニーの一閃が繰り出される。
「《薙ぎ払い》」
アニーの剣が命中する。この距離なら灯りが無くても相手を視認できる。それはアプリコットも事前に確認済みだ。
「《マジックボール》」
《マジックトーチ》を消して、魔法を狼に喰らわせる。連撃に対して狼はまだ怯んだままだし、人食い草の攻撃ならアニーも簡単に盾で捌くことができる。
「もう一発《薙ぎ払い》からの……」
「《マジックボール》そして《マジックボール》」
これでフォレストウルフは倒れた。後は通常攻撃を繰り返すだけだ。アプリコットも加わって殴る斬るを繰り返していく。
といった感じで、戦闘はスムーズに行えるようになった2人はやがて、森の端にたどり着く。薄暗いエリアから開けた場所へと歩を進めると、その先には……。
「うわぁっ……!」
感嘆の声を上げたのはアニーだ。2人の目の前には満天の星空が広がっていた。
「すごい! すごい!」
体が弱く、あまり外にも出歩けなかったアニーにとって、眼前の景色は感動モノだ。駆け出して、両手を広げてクルリと回っている。
「確かに、これはすごいね。」
アプリコットもまた歩きながら星空を見上げていた。上京した、つまり田舎出身の杏梨ではあるが、それでも都市部の出身だったこともあり、こういう星空にはあまり縁がなかった。
「ねえ、アプリコット」
「なに?」
「冒険って、大変だけど、本っ当に楽しいんだね!」
そう言ったアニーの笑顔は今日イチの笑顔だった。
(いろいろあったなぁ。)
ログアウトした後、ベッドの上で今日一日を振り返って杏梨は思う。モンスターとの戦闘。アニーとの出会い。魔法の発見に、小さな冒険。自らの手足で得た経験は、間違いなくFSOだからできたことだ。
(明日は違うことをやってみよう。)
明日の経験に期待を膨らませながら、杏梨は眠りについた。