アニーとの初冒険
アニーの提案に乗り、アプリコットは街の北側の街道を抜けた先にある森にやってきた。夜ということもあり、どことなく不気味。
「しまった。灯りを持ってないや……。」
アニーは少し後悔した。自分が誘っておいてこのミスは……と凹んだ。他にも森を抜けようとする来訪者はいるが、彼らは片手にランタンを持っていた。
アプリコットはアニーをフォローしないと! と考える。
(もしかしたら魔法を明かり代わりに使えないかな?)
「《マジックボール》」
すると予想通り、魔法の球が、ほんの少し周囲を照らしてくれた。
「え、魔法ってそんな使い方もできるんだ。」
凹んでいたアニーだったが、アプリコットの行動に一転、驚きと関心を向ける。アプリコットは内心でガッツポーズだ。
「試しにやってみたけど、ほんとにうまくいくなんて。でも、これで灯り問題は解決だね。」
「ありがとう! じゃあ改めて出発!」
そうして2人は森の探索を始めたのだった。
夜の森は暗く、月明かりがほとんど入らない。とはいえ、ランタンの群れが一定の方向に進んでいるので進行方向は分かり易い。なんなら昼より迷子になりにくいかも。
少し歩いたところで、カサコソと音が聞こえた。アプリコットが灯りを近づけると、そこには歩く植物のモンスターが複数体、光に誘われて集まっていた。
人食い草 Lv.3 ×3
「アプリコットは灯りを維持してて。これくらいは私がやるから。」
(私もかっこいいところ、見せないとね!)
アニーが駆ける。同時に《マジックボール》を発動中のアプリコットに向かって人食い草たちも走り出す。
「あんたたちの相手は私! 《薙ぎ払い》!」
アニーは人食い草たち相手に横薙ぎの斬撃を繰り出した。その攻撃によって、モンスターたちは攻撃の対象をアニーに変える。斬撃の入りが浅かった個体から順に噛みつき攻撃を行う。
「《スラッシュ》」
そのうちの1体を撃破する。その後、1体の攻撃を受けてしまうけれど、もう1体の攻撃は盾で防ぐ。
「もう1発」
盾で防いだ個体のHPが0になる。今の1撃を以てMPは尽きてしまったが、こうなれば後は防御と通常攻撃を繰り返せばいいだけだ。直にもう1体も光へと還った。その時、周囲を照らしていたアプリコットの《マジックボール》が消えてしまう。
「大丈夫!?」
(取り逃した敵がいた!?)
アニーはアプリコットの安否を確認する。
「大丈夫!」
アプリコットはアニーが心配してくれたことに喜色を浮かべつつ、心配をかけないように大声で返事をする。同時に、アプリコットの脳内でアナウンスが鳴り響いた。
『アーツ《マジックトーチ》がアクティベートしました。』
「えっ!」
灯りが消えたと思ったら、まさかのアーツ取得。余韻に浸る間もないアナウンスにアプリコットもびっくりだ。
「どうしたの?」
「今、新アーツを取得したって」
そうして、今獲得した《マジックトーチ》の説明をする。
《マジックトーチ》
・魔力の球が周囲を照らす。消費MPによって明るさが変わる。維持コストは低く自然回復で賄えるが、攻撃技ではないので威力はない。
維持コスト? 説明文が気になったアプリコットは自身のステータス画面を確認する。すると、残りMPが2になっていた。いかにも、0から回復し始めましたという値だ。
「さっきまでは維持に魔力がかかってて、それでMP切れになってたみたい。」
灯りが突然消えた理由をアニーに伝える。
「ああ、そういうこと。いきなり消えたからびっくりしたよ。」
「私も……。とりあえず、どこかで休憩を挟みたいかも。」
「じゃあ、そこで休もっか。」
アニーは近くの木の根元を指さした。そこでアプリコットのMP回復を待つ。
「ここまでの《マジックボール》で《杖》スキルが上がったってことかな?」
休憩の最中、ステータス画面を確認するが、スキルレベルは先ほどまでと同じ2のままだった。
「……違うみたい。」
「あー。だったら、もしかしてあれかも。」
アニーは顎に手を当てて思案している。どうやら心当たりがあるようだ。
「実はさっきの《薙ぎ払い》、何度か横薙ぎで《スラッシュ》を使ってたら身についたんだよ。だからこれは仮説だけど、もしかしたら経験でアーツが身につくことがあるのかも。」
「なるほど……。え、てことは私、自分で魔法を見つけたってこと……?」
自分で魔法を見つけた。その事実にアプリコットの感情は歓喜よりも困惑が勝っていた。
「あくまで予想だけど。それよりも、アーツ試してみたら? MPはもう回復したでしょ?」
「そうだね。じゃあ、《マジックトーチ》」
とりあえず、《マジックボール》の発動に必要なMPと同じだけを注いでみる。見た目はさっきまでと変わらない。でも、違う点があった。
「維持にMPは必要ないみたい。」
本当に消費MPが0かどうかは長時間試さないとわからないけど、少し歩く程度なら影響はなさそうだとアプリコットは思った。
「あとは、《マジックボール》みたいに動かせるかどうかだけど……」
そう言いながら杖を上に向けると、光はその方向に動いた。
「あれ、あそこ何かある?」
アニーが何かに気づいたようで指を指す。アプリコットが込めるMPを増やすと、木にリンゴが生っているのが見えた。
「あれ、どうにかして採れないかな?」
アニーの質問に対し、アプリコットは少し考え、灯りを消した。
「それなら、《マジックボール》!」
攻撃力のある球を出し、実が生っている枝に当てる。すると、リンゴがちょうど2個落ちてきた。
「よし、うまくいった!」
「すご」
上々な結果に、アプリコットは自画自賛。一方、アニーは彼女の制御力の高さに少し驚く。
「どうしたの? はい、これ。」
急に体が固まった友人にアプリコットは疑問符を浮かべつつ、アニーにリンゴを手渡す。
「あ、ありがとう。……あ、おいしい!」
手にしたリンゴを齧り、アニーの口元が綻ぶ。アプリコットもまたリンゴを齧る。確かにおいしい。けどそれ以上に……。
「なんかこういうのっていいな。」
ふと、アプリコットが呟く。
「どうしたの?」
「たまたま会った人と仲良くなって、冒険して、何かを見つけて……。それがすごく楽しいなって。だから、ありがとね。あのとき声をかけてくれて。」
杏梨がゲームをプレイする理由。それは、あの日の魔法を追い求めるためだった。他の要素を楽しまないつもりはなかったのだが、優先順位は決して高くなかった。だからこそ、冒険のきっかけ、今日の楽しさをくれたアニーに感謝していた。
「こちらこそ。今日はありがとう。」
今は《マジックトーチ》を展開していないけれど、それでもアニーが笑っているのがアプリコットにも分かった。
「というか、寧ろ私がお世話になりっぱなしだったような……。」
「そうでもないよ。さっきの戦闘、かっこよかった!」
「えへへ、そうかなぁ。というか、何さっきの魔法制御。すごくない?」
「って言われても……」
こうして2人は笑いあう。今日の経験をくれた友に感謝して。
次話は本日21:00に投稿します。