スキル訓練とダンジョン攻略
現実世界でも夕食を摂った後、取得したスキルの使い心地を確かめるため、アプリコットはソロで〈トルナントの洞〉へと入った。此処なら他の人に見られることもない。でも一応後で使えるかもしれないから、動画だけ回しておく。
(まずは《隠密》だね。)
《隠密》
・敵から視認されにくくなる。相手のMNDを参照する。
「《隠密》」
早速使ってみて、近くにいる犬のような頭部のモンスターへと近づく。
コボルド Lv. 7
5m,3m,1m……。ここまで近づいても気づかれない。もうちょっと……あ。
偶然歩き始めたコボルドとぶつかった。目が合う。一瞬気まずい空気が流れる。
「バウッ」
流石に襲い掛かってきた。持っている棍棒が振り下ろされる。アプリコットは咄嗟に身を翻して回避するが、こけてしまう。いつものやつ。
無様なアプリコットにもう一度棍棒が振り下ろされる。
「《スイング》」
アーツによる自動操作に任せて身体を動かす。身体が半回転し、同時に横薙ぎの一撃が棍棒とぶつかる。棍棒の軌道がずれ、アプリコットに攻撃は当たらなかった。
「《隠密》」
もう一度《隠密》スキルを使う。これで相手の視界から逃れられないか確かめる。
「バウッ」
しかし、意味はなかったようだ。再びコボルドはまた攻撃を仕掛けてくる。
(戦闘中に消えるのはムリ、か。じゃあとりあえず倒しちゃおう。)
「《ウォーターボール》からの《サンダーショット》」
まずは水球を放つ。これによりコボルドの全身が濡れる。その状態での雷攻撃でコボルドは感電した。これで安全に魔力を貯めることができる。
「《マジックブラスト》」
放たれた砲撃がコボルドを呑み込んだ。
続いては、遠距離から攻撃を仕掛けたときに気づかれないかどうか。先に進んだところにもう1体コボルドがいたので《隠密》状態のまま《マジックボール》を放つ。
「バウッ」
攻撃に怒った相手はアプリコットに近づいてきた。結論、気づかれる。
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(ふぅ、《隠密》については分かったかな。次は《格闘》だね。)
《格闘》のLv.1アーツは以下の通り。
《ナックル》
・魔力を込めて殴る。ただのパンチよりやや威力が上がる。
《キック》
・魔力を込めて蹴る。ただのキックよりやや威力が上がる。
《ステップ》
・魔力で脚力を強化して移動する。
目を瞑って体内の魔力を確かめる。
「《ナックル》」
丹田のあたりから温かい力が右拳に流れて集まってくる。そしてそのまま前方にパンチ。集まった力も外へと流れた。《キック》についてもほとんど同じだ。
「《ステップ》」
次は《ステップ》の検証だ。唱えるのと同時に、両脚に魔力が集まる。しかし、そのまま何も起こらない。
(ええっとどうすればいいんだろう?)
焦る。バグ? いや、その可能性は薄いだろう。アーツの説明には「移動する」と書かれている。
(とりあえず前に進んでみよう。)
そう思った瞬間、身体が勝手にステップを刻みだした。しかもその一歩は明らかに大きい。
(うわぁ。うわぁ。)
運動音痴のアプリコットにこんな綺麗なステップは今まで踏めなかった。感動してしばらくピョンピョン。やがてMPが尽きて《ステップ》は終了した。
しばらくステップを刻んだことで分かったことがある。それは、両脚に集まらなかった魔力が身体を動かしているということだ。
(バックステップでも一緒かな?)
MPが回復するのを待ってからもう一度をすると、前足で蹴って後ろに下がる動作を身体が勝手にしてくれた。そしてそれはやはり全身の魔力で行われていた。
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次の検証は《ステップ》のどの段階でMPが消費されるかだ。ステータス画面を開いて《ステップ》を行う。両脚に魔力が集まる。この段階ではMPは減っていない。
跳ねる。それから着地する。この段階でMPが1減少した。
(つまり、跳ねと着地が1セットで1MPの消費、と。)
次は《ステップ》無しでステップしてみる。運動音痴とは身体の使い方を身体が覚えられないから起こる。言い換えれば、動きを強制的に覚えさせれば、普通の人と遜色なく運動することができる。
魔力を足に溜めはしないが、魔力が身体を動かす感覚は再現して、その状態でステップをする。すると、歩幅は先ほどより短いが、身体はしっかりとステップを刻んだ。
ステータスを確認する。MPは減っていなかった。
(なるほど。ということは両脚に溜めた魔力は身体の挙動じゃなくて脚力強化に使われた、と。それもそうだよね。)
例えば、《歩行補助》スキルで歩く度にMPを消費してたら、その人はまともにゲームを遊べない。《歩行補助》の各アーツの消費MPは0でないといけない。
(ドゥクシアさんも、体内魔力の操作だけなら消費MPなしでできるって言ってたし。)
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最後に本題の検証に挑む。
体内魔力が体の動きを補助できるなら、アーツで身体が勝手に動くのなら。それを再現できれば、自分の身体を自在に操ることができるんじゃないか。
先ほどのステップを思い出し、その感覚を再現する。ただし、完全に再現するのではなく、右手を挙げるイメージで。
すると、右手は挙がった。体内魔力に押し出される形で。どうやら正解だったようだ。
(やった!)
アプリコットのテンションが高くなる。そして調子に乗った。
(ジャンプしてバク宙!)
魔力が身体を動かす。しかし、飛距離が足りなくて頭から地面に突っ込んだ。
「いったぁ!」
誰もいないダンジョンで、アプリコットの叫びが空しく木霊した。
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さて、ダンジョンといえば攻略するものである。今まで変な使い方しかしていなかったが。
頭の痛みも引いたので、アプリコットは歩き出した。
第1層の攻略は問題ない。前回の過集中でフラフラな時でも、突破して転移魔法陣に辿り着けたのだ。コボルドや、杖持ちのコボルド・キャスターを次々と屠り、第2層にやってきた。
道中、新たなアーツも覚えた。
《プロテクション》
・魔法のバリアを展開する。バリアの強さはMP注入量に依存する。
(何がきっかけで覚えたかは分かんないけど、ありがとう!)
パンフレットを見たときから《プロテクション》は覚えておきたかった魔法だった。これで更に被弾回数を減らせる。アプリコットは小さな精霊に感謝した。
第1層は草原と池のエリアだった。第2層でもそれは変わらない。公式生配信によると、この階層の先にボスがいる。
再び《隠密》をかけ直す。パーティーで入ることのできるこのダンジョンは、当然難易度もそれに準じたダンジョンだろう。被弾は少なくしたい。
まもなく、黒い狼が1体現れた。
(1体ならレベル上げのためにも倒しておきたいかな。)
アプリコットは先制攻撃を仕掛けた。
ハウンド Lv.10
「《ウィンド》」
唱えると同時に、ハウンドの足元に上昇気流が発生する。第1層では、これで浮かび上がったコボルトが地面に頭から墜落して少なくないダメージを負っていた。
(これで上手くいくといいけど。)
しかし、そんなアプリコットの思惑とは裏腹に、ハウンドは何事もなかったかのように着地。そのまま駆けてきた。しかも迅い。
「《ステップ》」
アプリコットは咄嗟に距離を取る。そして次弾の準備をする。
「《ウォーター……》」
その間にもハウンドは接近してくる。2m,1m,30cm,……
「《ブラスト》ォ!」
水流がハウンドを襲う。襲うために口を開けていた猟犬。その口に大量に水が入り込んで窒息。光に還った。
(……なんかごめんなさい。)
卑劣なことしちゃったかなとアプリコットは思う。
(今のが精霊に変な影響を及ぼしませんように。)
アプリコットは祈った。
その後はだんだん敵の数が増えてきた。だが幸い1回を除いて《隠密》のおかげで回避することができた。まあ、その1回が大変だったのだが。
ハウンド Lv.10
コボルド・ウォリアー Lv.10
コボルド・メイジ Lv.12
コボルド・メイジがアプリコットの隠密を見破り、魔法で攻撃してきたのだ。
「《マジックボール》」
アプリコット、びっくりしながらもなんとかこれを相殺。しかし、その隙にハウンドが跳び掛かってくる。
「《ステップ》」
距離をとったアプリコットだが、着地位置はハウンドの噛みつき位置の僅か後ろだった。この位置だと《ウォーターブラスト》を放つ余裕はない。
「《ウォーターボール》」
アプリコットはハウンドの口部分に直接水球を発生させた。これでハウンドの追撃は防げる。しかし、
「「バウッ」」
ウォリアーの剣撃とメイジの魔法が同時に襲い掛かる。
「《プロテクション》」
その攻撃自体は防ぐことに成功した。しかし、別の魔法を発動したことで《ウォーターボール》が途切れてしまい、ハウンドも攻撃に加わってきた。このままではバリアがもたない。
「《ウィンド》」
アプリコットはイチかバチか自身の足元に風を発生させて跳びあがった。無理やり体内魔力を動かして、イメージ通りに身体を動かし、モンスターたちの射程圏外へ着地する。
しかし、そこでMPが切れた。〈初級MPポーション〉を飲みながらアプリコットは思う。
(やっぱり今の戦い方じゃMPが足りない。《調薬》か《錬金》を取ろう。)
飲んでいる間もモンスターたちは近づいてきていた。でも距離もMPもある今なら。
「《ウォーターブラスト》!」
水流攻撃がそれらを襲う。ハウンドはそれをもろに受けて溺死。しかし、ウォリアーは剣で水流を受け止めていた。メイジもその陰に隠れている。とはいえ、相手はコボルドなわけで……。もう1度〈初級MPポーション〉を飲み、アーツを唱える。
「《ウィンド》」
コボルドたちは光となった。