ウィルナさんに連れられた先で、私たちは出会った。
講義終了後、ウィルナからアプリコットへパーティーへの招待がされた。
(現地人でもパーティー組めるんだ……。)
アプリコットはそんなことを思った。
アプリコットがパーティーに参加したのを確認すると、ウィルナは近くのポータルへと向かった。アプリコットも彼女を追う。
「あの、どこへ向かってるんですか?」
「それは行ってからのお楽しみよ。」
アプリコットの問いにウィルナは茶目っ気混じりで答えた。
ポータルに着くと、2人は一度〈世界樹の庭〉を経由して、ある場所へと転移を行った。
光が消えると、そこは木で作られた8畳くらいの大きさの部屋だった。
「ここは……」
「世界樹を入口とする別空間〈精霊郷〉、そのポータル地点よ。」
「……えっと、どういうことですか?」
「そのままの意味よ。精霊はここ〈精霊郷〉で生まれて、世界樹を通してイルカディムへと渡っていくの。窓から外を見てみなさい。」
アプリコットは言われるがままに外を見た。そこには、草花や木々、川や湖が存在して人らしき存在も確認できる。でも何より特徴的なのは、空中に浮かぶ光だ。空は明るいのに、それでも判るくらいポツポツと光が浮かんでいて、なんとも幻想的な光景。魔法好きのアプリコットのことだ。こんな景色を見たらテンションが上がりそうなものだが……。
「あれ、この感じ……。」
アプリコットは呆然と景色を眺めていた。
(前にも見たことあるような。そう、あれはあの日……)
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「UWAOOOOOOOOOOOOOOOON!」
大きな声に思わず、その方向を見る。黒くて大きな狼、魔物と呼ぶのが正しいであろう、そんな存在が目の前で今にも自分に跳びかかろうとしている。もうダメかもしれない。そう思って目を閉じたとき……。
「危ない!」
しかし、衝撃が彼女を襲うことはなかった。目を開けると、自分より少し年上の女の子が間に入り、杖で狼の攻撃を防いでいた。不意の乱入者に狼は警戒したのか、杖を蹴って後方へ下がる。そのとき、周りの草花から淡い光が空中に向かって溢れだした。
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「どうしたの?」
突然呆然としたアプリコットにウィルナは戸惑う。
「あ、えっと、大丈夫です。昔のことを思い出していただけで……。」
「昔のこと?」
「はい、私小さい時に魔法使いさんに助けてもらったことがあって。その時の景色に似ていたので。」
相手が魔法の存在が当たり前な世界の住人だからか、アプリコットはごく自然にあの日のことを話すことができた。
「なるほど。」
その話にウィルナは何故か納得したような表情をする。
「なるほど?」
「ああ……いえ、そうね。これは直接確認したほうがいいと思うわ。外に出てみましょう。」
「?」
ウィルナに促されてアプリコットが外へ出る。すると、1つの光がアプリコットの前にやってきた。
「わ! えっ?」
驚くアプリコット。そんな彼女を余所に精霊はくるくると周囲を廻っている。
「これは……よほど気に入られているのね。」
「そうなんですか? 特に覚えはないんですけど。」
「それじゃ、訊いてみましょ。そろそろ来る筈だから。」
「来るって……」
その瞬間大きな気配が近づいてくる感覚がした。その方向を見ていると、透明感の高い髪と虹色の目、そして横長の耳を持つ女性がやってきた。
「ようやく会えましたね。異界の子よ。」
「えっと、貴方は……?」
「私はイル。この精霊郷を管理する者です。」
威厳たっぷりだけど優しい声がする。
「あ、アプリコットです。」
アプリコットはペコリとお辞儀をした。
「ええ、存じています。この子が興味を持っていたので。」
イルがそういうと、くるくる廻っていた光は彼女の横で静止した。
「興味ってなぜ?」
「貴方が珍しかったからだそうですよ。」
「珍しい?」
「精霊に触れていて、かつ魔法に順応しきっていない魂。」
「この子が生まれたのは来訪者のみなさんがこの世界に来たとき。そのとき、この子は少し変わった魂を持つ貴女に気づいた。」
「は、はぁ」
「普通、精霊の残滓を宿した者の多くは魂が魔法に順応していきます。ですが、あなたはそうではない。おそらく、貴女方の世界に魔力は存在しないのでしょう。どれだけ精霊と接していても、魔力が無ければ魂に精霊の残滓を宿すことはない。現に、来訪者の多くは精霊の残滓を宿していないのですから。」
アプリコットは無言で聞き続ける。
「ですが、貴女は違う。明らかに精霊に、魔力に触れているはずなのに魂が順応していない。そんな貴女がこの世界で、魔法に順応しようとしているのを見て、つい力を貸してしまったそうです。」
「貴女、魔法の習得が速かったでしょう。それは多分その子が手伝っていたのよ。」
「そうなの?」
再び光に問いかける。流石に光から表情は読み取れないが、動きからして嬉しそうだ。
「でも、だったらどうして今初めて姿を見たんでしょう?」
「精霊は各個体が意思を持ちつつも、精霊間で感情などを共有しています。だから、この子の意思を受けてイルカディムにいる子たちが貴女に力を貸した。」
「そうなんですね。」
イルに向かってそこまで言うと、アプリコットは再び光の方へ向いた。
「ありがとう。」
光はまた、嬉しそうな反応を見せた。そんな反応を見ながらイルは言う。
「そんな折、貴女がこちらにやって来たので、嬉しくなっちゃったみたいですね。」
「そうなんだ。」
アプリコットは光を撫でた。すると、光はピョンピョンと跳ねた。イルがまた話し始める。
「この子はまだ生まれたばかりで、まだこの精霊郷の外に行けるだけの力はついていません。ですから、時折こちらに顔を見せに来てください。そして、この子と交流してあげてください。」
「! ぜひ!」
アプリコットはイルの要望に笑顔でそう言い切った。
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「では、改めて精霊郷へようこそ。せっかくですからご案内します。」
一通りの会話の後、アプリコットはイルの先導で精霊郷を観光することになった。イルによると、精霊郷は空間としては広くはないものの、エルフの集落を中心に多種多様な生き物が住んでいるらしい。そこにはモンスターも含まれるが、それらはダンジョンに隔離されているという。
「あ、族長! それにウィルナも! お客さんの案内ですか?」
籠を持った男性が話しかけてきた。
「ええ、この子が彼女を気に入ったようで。」
「あ、アプリコットと言います。」
「そうかそうか、ここは何もないところだけど楽しんでいってな!」
道中何度か声をかけられた。その度に上記のような会話が繰り広げられた。
「良い場所よね。」
歩きながらウィルナが呟く。アプリコットには、その一言に色んな感情が含まれているように感じられた。
「ですね。ウィルナさんはどうしてこの場所と関わりが?」
「師匠の実験に巻き込まれて転移してきちゃったことがあったのよ。」
「そうなんですか。」
集落の人たちの様子を見ながら、ウィルナは続ける。
「そんな得体の知れない私をここの人たちは、精霊たちは優しく受け入れてくれたわ。それ以来、あっちの世界からの案内人をしているの。」
「案内人?」
「貴女の様に、精霊に好かれている人なんかを案内しているの。といっても貴女の場合は憶測だったけど。」
「それはどういう?」
「普通、精霊との交信で魔法を習得するなんて一発じゃできないもの。だから、そうなんじゃないかってね。」
「違ってたらどうするつもりだったんですか?」
「その時はその時よ。どっちみち、ここにはイル様の許可が無いと入れないから。」
なんと行き当たりばったりな…… そう言いそうになったが、アプリコットは飲み込んだ。
「そうなんですね。イル様、ウィルナさん。ありがとうございます。」
アプリコットがお礼を言う。すると光が近づいてきた。
「そうだね。あなたもありがとう。」
そんな感じで観光は続いていった。そんな折、イルが急に呟いた。
「あら? またお客さんが来たようですね。」