魔法を学ぶ
お待たせしました。投稿再開です。
再び受付で尋ねる。
「あの、辞書ってありませんか?」
「先ほどの方ですね。辞書でしたら個人学習ルームにございます。」
「そちらにはどうやったら行けますか?」
「この先にある魔法陣から行くことができます。ただし、利用料として10分あたり10Gをいただきます。」
「わかりました。では行ってきます。」
学習ルームについたアプリコットは、辞書とパンフレットを見比べていた。
(これが「精霊」だから、この単語は「魔法」?)
すると、正解だったようで、読めなかった文字が日本語の「魔法」に変化した。そんな感じでアプリコットはパンフレットを読み進めた。
あらかた解読し終わったので一度内容を整理する。
・魔法は主に、「術式魔法」「精霊魔法」「召喚魔法」に大別される。
・術式魔法とは、自身の体内の魔力を現象化させる技。
・精霊魔法とは、精霊に願いを代行してもらう技。
・召喚魔法とは、異なる場所から生物を呼び出す技。
・スキルとは術式魔法の習得体系で、アーツはその技能。
・精霊とは属性を司る意思。精霊魔法陣を介して、魔力を対価に力を分けてくれる。
また、簡単な魔法についても載っていた。
《マジックボール》《プロテクション》《身体強化魔法》《ファイア》《ウォール》《ウィンド》etc……
(纏めるとこんな感じかな。疲れた……)
《言語学》の効果で文字が変化していったため通常の翻訳作業よりは楽だったが、それでも未知の言語を1対1対応させていく作業は疲労感の伴うものだった。集中力も必要だし。って、あ。
(こういう時のための《集中》スキルじゃん……。)
机に倒れ込みながら「うあー」と呻く。誰かに見られていたら「何やってんだコイツ」という目で見られたことだろう。
(ってそんなことより、PvPで使いたいスキルを考えないと!)
ドン! と机を叩き立ち上がる。そして我に返ってキョロキョロ。誰もいないことに気づいて「ほっ」と息を撫で下ろして着席した。
(残りSPは60……。)
本戦は1vs1だ。 となると近接戦対策をしないといけない。昨日の死に戻りからもそれは明確だ。《杖》にも近接アーツはあるので、アーツを扱うだけならアプリコットでもできる。しかし、それ以外の動作は自前の動きで対応しないといけない。運動音痴のアプリコットにそのハードルは高い。
(近接戦ができて、《杖》と共存できるアーツ……)
アプリコットは有志が纏めているアーツ一覧サイトを閲覧した。ほどなく、あるアーツの存在が目に留まる。
《ウォーク》
・体内魔力が歩きを補助する。
《ダッシュ》
・体内魔力が走りを補助する。
《ジャンプ》
・体内魔力がジャンプを補助する。
これらは歩行障がいを持つ人用に運営が設定したスキル《歩行補助》のアーツで、当然アプリコットがSPを使って覚えられるようなものではない。けれど、アプリコットにとって重要なのは他にあった。
(体内魔力が体の動きを補助できるなら……)
あることを思いついたアプリコット。SPを10消費し、《格闘》スキルを取得した。残り50SP。
(で、それをしようと思ったら、いくらポータルヒーラーがあるっていってもMPが足りないよね……。まあ、HPとかも足りてないんだけど。)
仮にアニーの一撃を喰らったとして、それを何度も耐える自分の姿が想像できなかった。
(となると、取るスキルは抑えて、残りはステータスに振ったほうがいいのかな? それとも《回復》アイテムを多めに持ち込めるように自作した方がいい? 予選だとどうだろう?)
予選はサバイバルだ。
(どの程度人に遭遇するかは分からないけど、被弾しないのが第一だよね。だとすると……あった《隠密》だ。)
残り40SP。
(属性で覚えといた方が良いものってあるかな?)
各属性を使った戦い方を妄想してみる。《ファイア》《ウォール》《ウィンド》……。ふと思い立ったことがあり、《風》を取得した。
(スキルはこんなもんかな。あとは魔導師ギルドで魔法について訊いてみよう。)
アプリコットは世界図書館を後にした。
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魔導師ギルドに戻ってきたアプリコットは受付の人の声を聞いた。
「まもなく魔法陣講習が始まります。会場はこちらの魔法陣の先です。」
魔法陣から進んだ先は、地面が土になっている、練習場とも言うべき場所だった。着いた瞬間、声が掛けられる。
「あれ? アプリコットじゃない?」
そこにいたのは魔女帽の女性だ。
「ウィルナさん? どうしてここに?」
「いやー、エントに行くのを勧めたのって私でしょ? そしたらギルマスに面倒を見ろって言われちゃってねー。」
てへっという感じで彼女は言った。
「っといけない。まもなく授業の時間ね。こっちにいらっしゃい。」
アプリコットはウィルナに手招きされ、人の集まっている場所へと進んだ。
事前に聞いていた通り、行われたのは魔法陣の講習だった。講師はウィルナの他にも何名かいる。
最初は魔法陣を地面に描く練習だ。
「とにかく、まずは魔力で円を描くことを覚えてもらうわ。話はそれからよ。」
そう言うとウィルナは自身の周りに杖で円の溝を描いた。
「みんなもこんな風に円の溝を作って、そこに魔力を流し込みなさい。」
アプリコットもやってみる。杖で円の溝を作って、その後は……やり方が分からない。
「《マジックトーチ》」
困ったときの伝家の宝刀。それを地面に近づけて溝の形に沿うように変形させる。一見できたように見えたが……。
「えい」
ウィルナの手によってアプリコットの手から杖が引っこ抜かれる。すると、光は乱れて消えてしまった。
「それじゃあ杖が無いとできないじゃない。ほら、あの人を見てみなさい。」
ウィルナが指す方向には武道家っぽい人がいた。確か、配信でスキル検証をやっていた人だ。足もとを見ると、そこを中心に魔力の円が広がっている。
「まだあの人の方が近いわね。みんなもまずは足から魔力を流すイメージでやってみなさい。」
(足から魔力を流すなら……)
「ウィルナさん。」
「何かしら。」
「今から、足の指で杖を掴んでアーツを発動するので、頃合いを見て杖を外してもらえませんか?」
「随分奇特な方法をとるのね。でもいいわ。やってみなさい。」
「ありがとうございます!」
アプリコットは早速、右の靴を脱いで素足になった。親指と人差し指の間に杖を挟む。
「ではいきます。《マジックトーチ》」
光の球が足元に作られる。それを確認すると、ウィルナが杖を抜く。
「くっ」
制御媒体が無くなったことで、光の制御が切れかける。それでも更に魔力を放出することで、なんとか灯りとの間にパスを繋ぎ直した。
(これが、杖なしで魔法を使う感覚......。これなら)
光を変形させ、円状にする。
「できた!」
『《杖》なしでの魔法制御に成功しました。
以降、《杖》スキルの一部は《魔法》スキルへと移管されます。』
脳内でアナウンスが鳴り響いたが、今は授業中だ。詳細確認は後にする。
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「精霊に対する魔法陣の形は基本的にみんな同じで、精霊に対する基本の呪文が古の言葉で重なって描かれているわ。」
そうすると、ウィルナは黒板に貼られている魔法陣を指した。魔法陣は円形で、中には四方にまた円があり、その間を何かしらの文字が繋いでいる。
「文字の意味はそれぞれこうよ。」
『意思変換 精霊よ 我が元に顕現し給え 我が魔力を対価に その御力を授け給え』
「この呪文で精霊を呼び出して、あとは口頭で呪文を唱えて御願いを聞いてもらうのよ。というわけでこれは、形を覚えた方が早いわね。《言語学》持ち以外は。」
「《言語学》持ちは違うんですか?」
《言語学》持ちのアプリコットが尋ねる。
「《言語学》持ちは今の言葉をそのまま魔法陣に描いて見なさい。すると魔力が勝手に変換してくれるはずよ。あ、そうそう。一字でも違うと精霊は反応しないから、そこは安心しなさい。」
「安心?」
別の誰かが呟いた。
「精霊も、文字じゃなくて形で魔法陣を認識しているのよ。だからうっかり『世界を滅ぼして』って書いても反応しないわ。」
「な、なるほど……。」
周囲に微妙な反応が流れたが、ウィルナは続ける。
「それから、四方の円には属性を表す文字が入るわ。それぞれこんな感じね。それじゃあ頑張って、属性魔法を習得していきましょう。」
さて、言語学持ちのアプリコットは後者の方法で魔法陣を作ってみる。
先ほどと同じ要領で足から魔力を流す。円ができたら、その内側に図形と文字を描いていく。
(精霊よ 我が元に顕現し給え……)
しかし、途中でMPが切れてしまった。
「長くやりすぎるといくらMPがあっても足りないわ。パッと展開しなさい。」
MPの自然回復が完了したら、もう1度挑戦だ。2回目、3回目と先ほどより短い間隔で図形を形成し、最後に、属性を表す文字を書き込む。
「我、アプリコット 風の精よ 我が元に顕現し給え 我が魔力を対価に その御力を授け給え」
すると、数回目の挑戦で魔法陣が光り輝いた。
『スキル《精霊魔法陣》がアクティベートしました。』
『精霊関係値が上昇しました。』
そして一陣の風が舞い上がる。
『《属性変換:風》を取得しました。』
『《ウィンド》を取得しました。』
「やった!」
1回で成功した! とアプリコットは喜ぶ。その様子を見てウィルナは思案する。そしてこう言った。
「アプリコット、後で私についてきなさい。」
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精霊関係値
精霊との関係性を示す値。高いほど大規模な魔法に力を貸してくれる。
無茶なお願いをすると下がることもあるので注意。