みんなと配信
配信が終わり次第、パーティーメンバーとは落ちあう約束になっている。杏梨はFSOにログインした。
「ついに第1回イベントの詳細が発表されたね。みんなは出るの?」
当然話題に上がるイベントのこと。アニーのその問いにフラウ以外が頷いた。
「私はパスかな。出る人に装備を作るのは吝かじゃないけどー。」
「じゃあフラウ以外はみんなライバルだな!」
シーナがニヤリと笑う。
「負けませんよ~。」
「それはこっちの台詞だ。」
「私だって」
「えーと、お手柔らかにお願いします?」
ノーラ、ミリアム、アニーもやる気十分だ。
(私は……どうだろう? でもやれることはやりたいな。)
「それで、今日はどうするの? 各自で特訓?」
「せっかく集まったのにそれは勿体ないですよ~。」
「攻略を進めていけばレベルも上がる。新しい町に行けばできることも増える。PvP的にも見逃せないだろう。」
フラウの問いに、ノーラとミリアムが意見する。それを聞いてアプリコットは手を挙げた。
「はいはい! じゃあエントに行きたいです! あと、配信回していい?」
アプリコットのお願いに反論は出なかった。というわけで、一行はアプリコットの配信枠でエントへと行くことに。
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「こんあんずー。アプリコットです。」
〔こんあんず〕
〔こんあんずー〕
配信の始まり、アプリコットが挨拶すると、コメントが流れ出す。今回は他のメンバーもいることから、コメント表示はFSOプレイヤーのもののみだ。それでも、流れてくる〔こんあんず〕の文字にアプリコットの心は温かくなる。
(っと、今日の目的を言わなくちゃ。)「今日は今からエントに向かいます。」
〔とうとうアプリコットちゃんもエントに〕
〔正しい方法で魔法を覚えるのか〕
〔1人じゃ無理じゃね?〕
「そうですね。今イルミスにいるんですけど、私1人だとここにすら辿り着けませんでしたね。というわけで、パーティーメンバーに登場してもらいます。1人ずつどうぞ。」
「アニーです。」
「シーナだ!」
「ノーラです~。」
「ミリアムと言う。」
「フラウだよー。」
〔女の子パーティー!〕
〔水棲青鬼戦と同じパーティー?〕
〔アニーって確か「おー」の動画上げてた?〕
〔フラウちゃんとは服飾配信やってるんだよね〕
「あ、そうですね。アニーやフラウさんとは以前から。シーナ、ノーラさん、ミリアムさんとは水棲青鬼戦で知り合いまして。」
〔なるほどー〕
〔女の子パーティー……華があるなぁ〕
「で、今日はここイルミスからエントまで配信を行いたいと思います。早速訊くんですけど、イルミスからエントってどう行けばいいんですかね?」
〔よろー〕
〔よろしくー〕
〔イルミスからは北方向に進んで、その町の関所を越えるとエントに入れるよ〕
〔エント入るには100VPの獲得履歴が必要だけど〕
〔このパーティーなら問題なさそう〕
「えーっと私は……」
VP獲得履歴を確認する。そこには〈210VP〉とあった。
「問題ないですね。みなさんは?」
「「「「「問題なーし」」」」」」
「だそうなので、さっそくエントに向けて出発です!」
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イルミスを出ると、早速モンスターとの戦闘になった。今は昼時間なので、アプリコットとフラウの2人ともが攻撃に加わる形だ。当然かはさておき、戦闘自体は呆気なく終了した。
〔危なげないね〕
〔ノーラさん、弓上手くね?〕
〔シーナちゃん死神みたい〕
〔《扇》ってあんまりいないよね?〕
「そうだぞ。ウチは死神をモチーフにしてるんだ!」
シーナがコメント欄に反応した。
「そういえば、どうして死神モチーフ?」
死神モチーフなのは見れば分かるのでアプリコットも気づいていたが、これを機にその理由を質問する。
「カッコいいから!」
〔もしかして:中二病〕
〔このゲームって18歳以上だよね?〕
〔少なくとも成人してる中二病患者〕
〔カワイイからヨシ!〕
「ちなみに年齢はちゃんと18歳だぞ。アプリコットよりも背は高いしな。」
シーナの身長は151cm。18歳女性にしては低いが、アプリコット(139+1cm)ほどじゃない。アプリコットからすれば十分高身長だが。
「ちょっと待って! それじゃあ私が子どもみたいじゃない!」
〔もしかして:どんぐりの背比べ〕
〔確かにシーナちゃんの方が高いけど〕
〔というか、アプリコットちゃん本当に18歳?〕
「18歳です! フラウさん!」
アプリコットはついフラウに振ってしまった。
「ここで私に振るの!?」
(あ、まずい。ゲーム内でリアル話題はNGだ。配信ならなおさら。)
だけど、フラウは普通に答えてくれた。
「まあ、飛び級とかしてない限り18歳だよー。私アプリコットちゃんの大学の先輩だから。」
(あとで必ず謝んなきゃ。)
アプリコットは人知れずそう誓った。
〔2人はリアルで知り合いなのか〕
〔というか大学の先輩と後輩がFSOやってるってどんな確率?〕
〔日本国内で1500人しかいないんだから……〕
「この間何となくAIに訊いてみたんだけどー、たまたま出会った2人がFSOしてる確率はだいたい約69億分の1だって。」
〔最早運命じゃね?〕
〔え、示し合わせて応募したわけじゃなく?〕
〔兄弟でFSOの権利を得たとかは聞く話だけど〕
「知り合ったのは私とアプリコットちゃんで配信した日だから、本当に偶然だよー。」
こんな感じで雑談が続いていく。ふと、あるコメントが目に入った。
〔そういえば、アプリコットちゃんってクランはどうするの?〕
「クラン……。そう言えばそんな話もありましたね。みなさんがよければ、このパーティーで結成します?」
軽い雰囲気でアプリコットが言った。すると、次々と反応が返ってくる。
「いいんじゃないか?」
「私も異議なーし。」
「イイぜ!」
「よろしくおねがいします~。」
「マスターはもちろんアプリコットだよね?」
「ええっ、そんなあっさりいいんですか?」
あまりにあっさりとした一同の回答に、アプリコットはたまらず訊き返した。
「パーティーも組んでるしね。」
アニーが言う。というかアプリコットもアニーには言いたいことがある。
「それはそうだけど、パーティーの中心ってアニーじゃなかった? いいの? 私がマスターで。」
「いいのいいの。アプリコットの方が知名度も高いし。」
「そんな身も蓋もない……。サブマスはアニーにやってもらうからね?」
「OK! あとはそうだなぁ。ダルツさんたちにも声掛けてみたら?」
「いいのかな? まあダメもとで……。」
数分後、全員からOKのスタンプが送られてきた。
(なんというかフッ軽ですね、みなさん。)
〔なんかヌルっと決まったな〕
〔なんか注目クランになりそうな予感〕
〔ワイも入りたい〕
「えっと、その、ごめんなさい。まずは知り合いだけということにさせてください(>_<)」
「だからといって、凸っちゃダメだからねー?」
「凸った人にはシーナの鎌でズサリだ。」
「ウチがやるのか!?」
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次の町〈サルタス〉には、攻撃役が1人多いからか、昨日のコジーム~イルミス間より速く進むことができ、30分ほどで着いた。まずは町の中央まで行き、ポータルを登録する。
「じゃあこのままエントまで行っちゃおうか!」
ポータルの前でアニーがみんなに確認する。みんなの反応は是だ。
ほどなく、町の最北端に辿り着いた。正面には洞窟があり、その前には何やら建物がある。その扉に向けて少なくない数の来訪者が並んでいる。
「まさかゲーム内で行列に並ぶことになるとわねー。」
待つ最中、フラウが思わずそう口にする。
「ミナピソルの薬屋でも同じようなことになってましたけどね。」
アプリコットは2日目の出来事を思い出していた。
「属性魔法を覚えられるとあらば仕方ないだろう。」
「でもつまんないぞー!」
「シーナさん、アニーさんは楽しそうですよ?」
三者三様の反応だ。特にシーナは体を振っていて、本当に退屈なようだ。そしてアニーはなぜか笑顔。
「どうしたの?」
アプリコットがその理由を訊く。
「だって、並んでる途中で倒れる心配がないんだもん。」
「……どゆこと?」
アニーの答えに思わずフラウが訊き返す。
「昔、病院内にドーナツ屋さんが出来たときにね。並んでたら倒れてお医者さん呼ばれたことがあって。」
……重い。笑顔で言うエピソードじゃない。空気が一瞬凍った。コメントも同じく。
〔重い〕
〔アニーちゃん、体弱い?〕
〔まじか〕
「そんなに重くならないでよ。ゲーム内でなら元気で走り回れるんだし。」
〔それ、現実だとできないと同義です〕
〔もしかして今も......?〕
「うん、病院からログインしてる。」
〔!!!〕
〔まじで!?〕
〔そういう研究がされてるとはニュースで聞いてたけど〕
「あ、入院患者や身体障がいがある人にVRゲームをプレイさせてみるってやつだよね。私もその1人です。だから1500人とは別枠。」
〔いちいち出てくるエピソードが重い〕
〔みんなは知ってたの?〕
「体が弱いのは知ってたけど、そこまでとは。」
アプリコットが言うと、みんなもうんうんと頷いた。
「うん、私、我慢するぞ!」
アニーのカミングアウトはシーナにとって効果は抜群だったようだ。
「それじゃ待ってる間、あれやりませんか? いっせーので1ってやつ。」
「うわ、懐かしー」
〔なつっ〕
〔子どもの頃やったなぁ〕
〔休憩時間の遊びの定番〕
〔時間を潰すにはいいかもね〕
「どんなやつ?」
せっかくだから楽しんじゃえといった感じのノーラの提案に、フラウは小学生時代を思い出していた。
一方、ルールの分からないアニーにはミリアムが説明している。
「じゃあ、コメント欄のみんなは誰が勝つか予想してみてね!」
アプリコットがそう言うと、コメント欄に各人の名前が流れた。
「じゃあ、1回やってみますよ~。いっせーので3!」
……
3ゲームしたところで、アプリコットたちの番がやってきた。ちなみに、ミリアム2勝、フラウ1勝だ。
建物の中に入る。中には結界が張られており、許可されていない者のエントへの侵入を阻んでいる。
「魔法陣に乗ってください。」
案内役の人の指示に従って魔法陣の上へと進む。すると、
〔210VP/100VP〕
という文字が表示された。210VPはアプリコットがこれまで獲得したVP数だ。
「みなさん、問題なく結界を通過できます。それでは、エントの街をお楽しみください。」
なんとなく、みんなで頷き合う。そして、結界へと進んでいく。結界を通る際には、何か異物を横切った感覚をアプリコットは覚えた。