ショッピングからのラーメン
イルミスは生産職の街ということもあって、所々に鍜治場や料理店の煙突が見える。そんな街中をアプリコットたちは進んでいく。街の中央でポータルと登録した後、フラウが口を開いた。
「私はまず生産ギルドに行こうと思うんだけど、みんなはどうする?」
「私もそれで。」「異議なーし。」「いいぜ!」「いいですよ。」「構いません。」
全員異論はなかった。アプリコットは自分も生産スキルを持っているから。他のみんなは(生産スキル持ってないし、それなら付いて行こう)と。
生産ギルドはポータルの近くにあったので、早速入る。早速、カウンターの男性職員に声をかけられた。
「いらっしゃいませ。」
「ここって生産職が集まる街って聞いたんですけど。」
フラウが訊く。
「そうですね。ここ、イルミスは昔から生産活動が盛んでして。今では技術を後世に伝えたいベテランの方々と、技術を習得したい新人とで活気に満ちております。といってもその生産スキルで《簡易作成》を習得しているのが大前提ですが。皆様は……」
「私が《服飾》で使えるけど、アプリコットちゃんは?」
「まだですね。」
「でしたら、桃髪のあなたは、ここを出て左手に進んだところにある〈コルネの服飾教室〉に顔を出してみてください。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「残りの皆様にはすみません。教室への参加はできませんが、この街では生産品の販売も活発です。よければお店などを覗いてみてください。」
「「「「わかりました。」」」」「わかったぞ!」
というわけで、〈コルネの服飾教室〉に向かうフラウとは別れ、アプリコットたちは街の散策をすることにした。商業ギルドの職員の言う通り、少し歩くだけでも様々な商品が販売されている。
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「ねえねえ、これどうかな?」
アプリコットが、先端がいい感じに折れ曲がった魔女帽を被る。
「うわ、すっごい魔女っ子って感じ! めっちゃ似合ってるよ。」
〈ウィッチハット〉
INT+1, DEX+1
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アニーも帽子を物色し、1つのアイテムに目を付けた。両サイドに白い羽根がついた濃い水色のカチューシャだ。
「ねえ、これ似合うと思わない?」
靴以外は全体的に白と水色で統一されていることもあり、一体感がある。
「なんか、戦乙女って感じだぞ!」
〈フェザーカチューシャ〉
AGI+2
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「こういうの、どうだ!」
シーナは髑髏の首飾りを手に取って、自身の首に持ってくる。如何にも「似合ってるだろ」という顔だ。
「おお~、ますます死神さんですね~。」
〈髑髏の首飾り〉
HP-5,MP+5,ATK+5
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「どうでしょう~?」
「……なんだそのお面?」
「可愛いでしょ~。」
「そ、そうか。」
ノーラが持ってきたのは名状しがたい柄のお面だった。
〈???なお面〉
ある面打師が大量に作り上げたお面のうちの1枚
用途不明
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ミリアムがくまのぬいぐるみを持って現れる。その顔は恥ずかしさで赤くなっている。
「どうだろうか?」
「かわいいです!(いろんな意味で!)」
〈フーシャのぬいぐるみ:くま〉
天才裁縫師フーシャ作のくまのぬいぐるみ
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と、ショッピングを楽しんでいた5人だが……。
「あ、あれは!」
「どうしたの?」
突如駆け出すアニー。アプリコットも慌てて追いかける。
「これは間違いない!」
何が間違いないのか分からないけど、息を切らしたアプリコットは顔を上げた。三角屋根に垂れ下がる暖簾。その中にあるのはカウンター席と調理場。そして、漂う豚骨の匂い。そう、そこにあったのは
「ラーメン屋!」
「うん、ラーメン屋だね。それがどうしたの?」
「深夜のラーメン屋、憧れだったんだよね! ねえみんな、入ろうよ!」
満面の笑みで憧れだったと言われてしまえば断る気にはなれない。苦笑いしながらも各自席に着いていった。
「いらっしゃい! 注文は何かね?」
大将が注文を聞いてくると、眼前にパネルが展開された。リアルでは定番の醤油ラーメンや豚骨ラーメンから、ハルツラーメンというよく分からないものまで、色々なラーメンが食べられるようだ。
「ここはやっぱあれだよね!」
「あれ?」
「豚骨ラーメン ニンニンアブラヤサイマシマシ!」
アニーの突然の呪文詠唱に、アプリコットは
(マジか! というかなんであるの!? 〇郎系の呪文)
と色んな意味で困惑した。
「まじか! いくのか!」
「勇者ですね~。」
アニーの挑戦にシーナとノーラはびっくり。ミリアムに至っては声すら出さずに引いている。
「みんなはどうするの?」
「……そうね、私はハルツラーメンで。」
アプリコットはアニーの問いにそう答えた。十分ゲテモノ回答である。
「それ、よく行こうと思ったな!?」
「勇者ですね~。」
シーナとノーラはまたもびっくり。ミリアムは(略)。
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「分かったぜ! ちょっと待ってな!」
一通り注文を聞いた大将はインベントリからラーメンのお腕と、カットされていない野菜やチャーシューの塊を取り出してまな板に並べた。お椀には既に麺が入っている。そこに大将がスープを加える。
(なんか様子おかしくない?)
とアプリコットが思う中、大将が食材に手を翳す。すると、食材がひとりでカットされてお椀の中に入っていった。
(これは、《簡易作成》! 無詠唱で! というか、料理にもあるの!?)
アプリコットはその現象に物こそ違えど見覚えがあった。とはいえ驚きは隠せなかったが。
「あいよ、ハルツラーメンお待ち!」
時間にして僅か30秒弱。あっという間にアプリコットの元に注文したラーメンが届いた。
「あ、ありがとうございます……」
困惑しながらも受け取るアプリコット。しかもよく見ると、スープが若干ピンク色だ。
「いただきます。」
アプリコットは意を決して麺を口に運ぶ。その間にも大将はアニーのラーメンを作り始めていた。
「あ、美味しい。」
スープは野菜系でほんのり果物の様な香りがする。しかし、それが塩味ととてもマッチしていた。また、あんな短時間の調理にも拘わらず、麺にもスープの味がしみ込んでいる。
(〈簡易作成〉でスープをしみ込ませた状態の麺を再現しているのね。)
アプリコットがハルツラーメンを吟味している間、アニーや他のみんなにもラーメンが届いた。山盛りのもやしが載っかったラーメンに、アニーの目がキラキラしている。
「一度食べてみたかったんだよね! いただきます!」
数分後、当然アニー以外が先に食べ終わった。
「ごちそうさまでした。」
「おう、お粗末様。」
今現在、客は自分たちしかいない。アプリコットたちはアニーを待つ間、大将と雑談に興じることにした。
「にしても、あんな一瞬の調理なのに麺の味がしみ込んでてびっくりしました。」
「それな!」「ですね。」「本当に。」
「なんだい。嬢ちゃんたちはもしかして来訪者かい?」
「そうだぞ!」
シーナがいの一番に答える。
「来訪者の人はみんなこの調理法に驚くんだよな。なんでもスキルがない世界から来たんだって?」
「そうなんですよ。」
今度はノーラが答えた。
「スキルがない世界、俺には想像できねぇよ。」
その言葉に、4人はどう説明すべきか考え込む。少しして、ミリアムが口を開いた。
「大将に分かり易く説明するなら、注文を受ける度に調理してる。ですかね。」
「そりゃ大変だ。……といっても、この世界の料理人でもそういう奴はいるけどな。」
「そうなんですか?」
「食材の鮮度とか環境とかで最適な調理をその場でするような場合にはな。」
「なるほど。」
プロの料理人がその日の気温や湿度で食材の調理時間を変えたりするのは、アプリコットもテレビで見たことがある。
「まあこの店の場合、回転率が大事だから〈簡易作成〉を使ってるがな。それでも、スープは継ぎ足しの方が上手いからあえてそうしているんだぜ。」
「スープ、美味しかったです。そういえばハルツって何なんですか?」
「おいおい、知らねえで食べたのかよ。なかなかのチャレンジャーだな。ハルツはこの近くに成ってる果物だぜ。こういうな。」
そう言うと、大将がインベントリからピンク色のフルーツを見せてくれた。形はドラゴンフルーツっぽい?
「へぇ……。あ、見せてくれて有難うございます。」
「おうよ。にしても連れの嬢ちゃん、すごい食べっぷりだな。」
その言葉に、全員がアニーの方を向く。アニーはもうラーメン全体の1/2を食べていた。
「よく入るな......」
おもわずミリアムが呟く。
「だってゲームだよ? いっぱい食べられるんだよ?」
その言葉を聞いた瞬間、全員の脳内に電流が走った。
「大将、もう一杯ラーメン下さい!」
「私も!」「ウチも!」「私も!」
アプリコットを皮切りに全員の声が重なる。
「お、おう......」
というわけで、アプリコットたちはもう一杯、今度は違うラーメンを食べた。アプリコットが食べたのは青色スープの〈デニムラーメン〉。リアルにあるデニムソフトクリームではブルーベリーが使われているが、こちらではデニムの染料そのものが食べられるものでできているとのことだった。