水魔法を使えるようになろう!
突如始まった告白(?)大会の後、アプリコットはコメント欄の制限を解除して、視聴者と雑談をしていた。時にはまだFSOを持ってない人からの質問にも答えたり、やってくるモンスターを返り討ちにしたり。
そんな最中、1つのコメントが目に入る。
「そういえば、何でその場所で配信してるん?」
そのコメントで、アプリコットは配信中にやろうと思っていたことを思い出した。
「あ、そういえば属性魔法のレクチャーの途中なんでした! 雑談が楽しくってつい。」
てへっという表情をカメラに向ける。この女、早くも配信に慣れ始めている。
〔かわいいけどなんかイラって来た〕
〔純粋だったアプリコットちゃんはどこに〕
〔悔しいことに、声もリアクションも良いんだよな〕
〔テンションw〕
〔脱線しすぎで草〕
〔やっぱ配信者向いてるわこの子〕
「私は何も変わってませんよー。それより、これをやろうとしてたんですよね。題して『水魔法を使えるようになろう!』です!」
ここからの企画が見ごたえあるものになるように、アプリコットは声のテンションを上げる。
〔水魔法?〕
〔(レン)僕のお株が……〕
〔そっか! 水なら真似しやすい〕
〔《雷》は無理でも《水》ならワンチャン〕
「そうなんですよね。水を操れれば水魔法って覚えられないかなって。《雷》と違って再現もしやすいですし。」
〔なるほど〕
〔アプリコットちゃん、《水》も持ってるの?〕
「持ってないですね。ここからはそれを踏まえた上での実験です。」
〔持ってないんかい〕
〔実験?〕
〔なにすんの?〕
「FSOでは経験がスキル化するというのは、今私の配信を見て下さっている方なら既にご存じだと思います。」
〔実際にやってたしね〕
〔《服飾》のやつだよね〕
〔うんうん〕
「ですから、まずは《水》スキルなしで水を操ることができるのか。操ってスキルを獲得できるのか。やってみたいと思います。」
〔なるへそ〕
〔検証ガチ勢だw〕
〔楽しみ〕
〔でもそれって《調薬》や《錬金》持ってたらできちゃうんじゃ?〕
アプリコットもはFSOで遊んでいない時間でもFSO動画を視聴しており、そのなかには《調薬》や《錬金》の様子を撮った動画もあった。故に、それらのスキルを使えば水を操れることも知っている。
「確かにそうかもしれませんね。というわけでスキルを持ってないことを証明しますね。」
アプリコットはスキル取得画面を表示した。
〔《水》も《調薬》も《錬金》もノンアクティブだね〕
〔見せちゃってよかったの?〕
個人の獲得スキルはある意味個人の財産ともいうべきもの。特にPvPでは相手のスキルを知っているかは勝敗を分ける要素だ。故に、コメント欄の疑問もあって当然だろう。しかし、その考えに対してアプリコットは達観していた。
「〔見せちゃってよかったの?〕ってありますけど、それって、配信してたらある程度は仕方ないと思うんですよね。そこはもう割り切ってます。」
〔まあそうよね〕
〔配信する以上覚悟はしてるわな〕
〔知名度と個人情報は等価交換〕
「と、また話が逸れましたね。では早速やっていきます。地味な映像になったらごめんなさい。……《集中》それから《マジックボール》」
アプリコットは軽く息を整えてから《マジックボール》を発動すると、それを川の中に潜り込ませた。その上で魔力を更に込める。MPが0になる寸前で、水が川から飛び出して小さなうねりを見せた。
〔!!〕
〔ちょっとうねった〕
〔そんなことできるのか〕
〔すげー〕
〔集中すごいな……配信越しでも伝わる〕
「《集中》スキルとの合わせ技ですけどねー。」
実は事前にロケハンしていたアプリコット。水棲青鬼戦の様に際限なく魔力を込められない今回の場合、《マジックボール》だけでは上手くいかなかったのだ。そこで、一時的にDEXを2倍にする《集中》スキルとの併用を思いつき、テストした上で今に至る。
〔そういう発想すごい〕
〔《集中》との併用かー〕
〔DEX2倍って分かりにくいけど、効果あるんだ〕
「それよりも、これで《水》スキルは……やっぱり獲得していませんね! 《ウォーターボール》!……も発動しないし。」
〔ありゃ、駄目なのか〕
〔それでも操れはするんだな〕
〔まあ《魔粘土》の抵抗ウン十倍にした感じだろうし〕
「というわけで、次は《水》スキルを取得した上でやってみたいと思います! ポチっとな」
アプリコットはSPを10消費して《水》スキルを取得した。
〔古いw〕
〔ちょっとテンション高くなってない?〕
〔《集中》の副作用だな〕
〔コワッ〕
〔こんなすぐに副作用でたっけ?〕
〔(レン)多分攻撃スキルを使ったから。生産するだけならこうはならない。〕
「あーなるほど。あと、MPの使い過ぎもあるかもですね! 一気に使うとフラッと来るので。」
《集中》スキルには、長時間使うとテンションがハイになっていくという副作用が存在する。俗に言う、深夜テンションである。本来なら、短時間の使用だとほとんど影響ないはずなのだが……。今のアプリコットはハイになることで、本来ならMP切れで倒れてもおかしくないのを持ちこたえている状態だ。
〔やっぱり危なくない?〕
〔(レン)少なくとも生産以外で易々と使っていいスキルではないよ〕
〔DEX2倍は魅力だけど、戦闘では使えないなこれ〕
〔MP回復しとけー〕
「まあ今は使わないとどうしようもないので、やっていきますよー。とその前に」
アプリコットは、MP回復のため《初級MPポーション》を取り出したアプリコット。実は《集中》スキル使用中はMPの自然回復ができない。そしてそれを一気に飲み干した。
「ぷはー」
〔おっさんくさいな〕
〔かわいいけど……うん〕
〔今日日酒飲みでもこうはならんやろ〕
〔ポーション飲むときの効果音もっと欲しいw〕
アプリコットは深夜テンション(まだ19時台)で若干おかしくなっていた。彼女自身もそれは自覚しているが、次の検証のためにも《集中》スキルを切るわけにはいかなかった。《集中》スキルの再使用時間はハイになった度合いで変わり、今回の場合長くなるのをロケハン時に確認しているから。
「じゃあやっていきますよー。……《マジックボール》」
MPも回復しきったため、もう一度同じことをするアプリコット。今度は先ほどと違い、体内に水の冷たい感覚が流れてくる。
「! 来ました!」
アプリコットは、感覚を掴むと杖を上に掲げた。その動きに沿って魔力球も上空へと浮かび上がる。その色は桃色から水色に変化していた。
〔!〕
〔まじか〕
〔これって〕
〔《ウォーターボール》!?〕
〔上手くいったか!?〕
コメント欄も加速する。
「《ウォーターボール》!」
アプリコットはその球をそのまま空に打ち上げた。やがて球の制御が切れて水がバラバラになり、アプリコットの少し前に雨の様に降ってきた。なんなら太陽の光を受けて、一瞬虹までできていた。
〔水になってる〕
〔今虹できてたよね?〕
〔きれー〕
「う、うまくいきました……」
糸が切れたかのように尻餅をついたアプリコット。そんな彼女に賞賛と心配のコメントが寄せられる。
〔(レン)おめでとう〕
〔おめ〕
〔おめでとー〕
〔てか大丈夫?〕
〔フラフラじゃねーか〕
〔立て!アプリコット、立つんだ!〕
「あ、あはは……。ありがとうございます。上手くいきましたよー。」
せっかく上手くいったのに、アプリコットの声に覇気がない。
「《集中》スキルのおかげで何とか持ちこたえてますけど、切ったら気絶しちゃいそうですー。」
〔だいじょばない奴〕
〔道端に倒れている女の子……犯罪臭しかしない〕
〔生配信で救護イベントはNGw〕
今にも倒れそうな配信主を心配するコメントが流れる中、アプリコットにフラウからチャットが届いた。
『《集中》スキル使った後はしばらくログアウトしない方がいいの。気絶しそうならなおさら。今ダンジョンでしょ?
配信終わったらコジームまで転移して。宿取っておくから。』
「というわけで、なんだか締まらないけどすみません。配信は以上にしたいと思います。おつあんずー。」
〔無理は禁物〕
〔お大事にー〕
〔ためになったよ〕
〔おつあんずー〕