アプリコット、配信する
「みなさんこんばんはー。 えっと、見えてますか?」
〔こんばんはー〕
〔初配信?〕
〔(*´▽`*)〕
〔待ってました!〕
〔見えてるよー〕
「あ、良かったです。それでは、配信、スタートしていきますね。」
FSOが始まって最初の休日の夜19:00、アプリコットは自身のアカウントで配信をスタートさせた。場所は〈トルナントの洞〉第2層にある池。なお、今はゲームを持っていないの人のコメントも見られるようにしてある。
「では改めまして……、コホン。 こんあんずー。アプリコットです。よろしくお願いします。」
アプリコットは目一杯、声のトーンを上げて、ハキハキと喋る意識をする。自分の初配信、Vチューバー3人に囲まれた時も緊張したが、今回はそれ以上だ。
〔よろしくー〕
〔よろしく〕
〔声可愛いな〕
〔よろ〕
〔はじめまして〕
〔配信待ってた〕
「あ、コメントしてくださった方、ありがとうございます。それでは早速、簡単な自己紹介をします。プレイヤーネーム:アプリコット。昔から魔法が好きで、このゲームでも魔法メインでやってます。こんな感じで、《サンダーブラスト》」
早速、近づいてきた鳥モンスターを雷魔法で撃墜した。その際も映像映えは忘れない。だからあえて派手な《サンダーブラスト》を使ったのだ。
〔これが雷魔法か〕
〔やっぱいつ見ても綺麗だな〕
〔カッコいいし派手!〕
〔わいも早くFSOしたい〕
〔FSO……したい〕
〔画面映えしてるな〕
〔雷撃かっけえ〕
〔きらきら〕
〔一発目からテンション上がる!〕
〔のっけから魅せるね〕
「見えたみたいですね。良かったです。とまあ、前説はこのくらいにして。今日は私なりの属性魔法の使い方をレクチャーしたいと思います。まあ、エントにすぐに行けない人用ですね。かくいう私も、エントにはまだ行けそうにないです。というか、どこにあるのかも知りません。というわけでここからしばらくはすみません。FSOを持ってる人のコメントだけを拾いますね。」
そう言うと、アプリコットはパネルから設定を変更した。これでアプリコットには、FSOプレイヤーのコメントのみが表示される。
〔!!〕
〔mjk!〕
〔気になってた〕
〔ksk〕
〔まだエントに行けないワイ、視聴継続決定〕
〔ウィルナさん曰く、真似しないほうがいいらしいけど〕
一方のコメント欄は、人数が減ったにも拘わらず、未だ使えない人の多い属性魔法の使い方を知れるかもとなった途端に加速した。まあ、もともとFSOプレイヤーが多くを占めていたのもあるかもしれないが。
「え、えーっと、とりあえず。始めていきますね。まずはエントに行かず、自力で属性魔法を覚えた人っていますか?《回復》以外で」
〔エントで覚えたから分かる。自力は無茶〕
〔残念ながら〕
〔まだ使えないから知りたい〕
〔スキルとしては最初からあるのにな〕
〔(レン)《水》なら使えた!〕
「お、《水》が使えるようになった人、いるんですね。おめでとうございます。さて、一応この方のコメントは固定しておきますね。
まずは、私が雷魔法を使えるようになった流れを説明します。」
〔確か、雷に《マジックボール》当ててたよね?〕
〔んでそれをドーン!〕
〔あのシーンかっこよかったよ〕
「あ、あ、ありがとうございます……」
突然褒められて、アプリコットの顔は赤くなった。
〔かわいい〕
〔かわいい〕
〔赤くなってら〕
「え、えーっと…、あの時のことについて詳しく話すと、まず、デニーゼさんが仰っていたことは覚えていますか?」
照れながらもアプリコットは話題を進める。
〔なんだっけ?〕
〔《雷》持ちかつアーツじゃない魔法で物を操ったことがある人だっけ〕
〔よく覚えてるな〕
「その通りです。この、アーツじゃない魔法で物を操るっていうのがミソですね。例えばこれを使って表現しますね。」
そう言うと、アプリコットは〈魔粘土〉を片手に出現させた。
〔なにそれ?〕
〔もしかして〈魔粘土〉?〕
「あ、そうです。これは〈魔粘土〉というアイテムで、魔力を通すとこのように柔らかくなるんです。」
言葉の途中で、アプリコットの持つ〈魔粘土〉が急激にフニャフニャになる。
〔!〕
〔そんなアイテムあったのか〕
〔さっきまで固かったのに〕
〔あれ、それって《魔粘土形成》でできることじゃ?〕
「あ、そうです。《魔粘土形成》というアーツでできます! でも私、《魔粘土形成》って自力習得だったんですよね。最初はこんな風にやってました。」
手に杖を持ち、呪文を唱える。
「《マジックトーチ》」
そして最初のときと同様に、〈魔粘土〉を杖を持っている掌に当てる。シュッと灯りが小さくなり、ベチャっと粘土が地面に落ちた。
〔???〕
〔え!?〕
〔何?〕
〔待て、色々と訊きたい〕
「〈魔粘土〉は魔力を通せば柔らかくなるんですよ? なら、アーツ中の魔力パスに放り込んで、その流れを覚えればいいじゃないですか。」
さも当然のようにアプリコットは言うが、コメント欄の反応は鈍い。
〔えーと?〕
〔まあ言わんとしてることはわかるけど〕
「アーツ単体だと分かんなくても、異物が入ったら異常を認識できるじゃないですか。この場合、異常が『〈魔粘土〉への魔力の流れ』なんで、その感覚を覚えるんです。」
〔なるほど?〕
〔(レン) 要は魔力パスを自力で認識できれば方法はなんでもいいんですよね〕
「あ、レンさん。その通りですね。レンさんはどうやって覚えたか訊いてもいいですか?」
〔(レン)《錬金》で色々試すうちに〕
「自然に覚えられるならその方が楽かもですね。私のやり方は言ってしまえば根性論なので。」
〔どっちもどっちだと思う〕
〔まあ、純粋にアーツを使ってっていう意味だとそうかもしれんけど〕
〔ゲーム内なのに根性論w〕
〔ワイ、《錬金》持ち。話についていけない〕
〔禿同〕
「えーっと、そこは頑張って下さい? とまあ、話が逸れましたけど、一度物体への魔力の流し方を覚えてしまえば、雷相手にも通用しましたね。」
〔なるほど〕
〔でも結局、落雷がないとできないよね〕
「だから、本来はウィルナさんが言ってた、精霊との遣り取りで習得するんだと思います。」
〔そりゃそうだろうな〕
〔アプリコットちゃんの技を受けたらいけないかな?〕
〔アプリコットちゃんになら、技受けたい。〕
「え、えーと。それはまあおいておくとして。ただ技を受ければいいっていうのなら、それなら《風》アーツを使える人、もっと多いと思います。」
ちょっとアレなコメントに少し引きながらもアプリコットは答えた。
〔あ、そっか〕
〔PvPで扇の技を喰らえばいいだけだもんな〕
〔じゃあただ受けるだけじゃだめだね〕
〔結局どうすればいいんだ?〕
〔体内に雷の力が流れ込むってどういう感覚? 感電とは違うの?〕
「体内魔力の感覚ですか。あのときは、属性変換の仕方を体内の魔力が覚えた感覚がありましたね。なんかこう、身体は痺れてないのに、体内の魔力がビリビリってして……」
大好きな魔法の話。アプリコットがまくし立てるように喋る。
〔???〕
〔ごめん、感電との違いが判らん〕
〔体内魔力の感覚?〕
「そこは、えーっと。レンさん!」
〔(レン)《水》を覚えた時、魔力が冷える感覚があったよ〕
「あ、ありがとうございます! そうですよね!」
〔へぇ、ということは《火》だと熱くなるのかな〕
〔魔力の感覚……分からん〕
〔なんか高度じゃね?〕
「そんなことないですよ。だって魔力の感覚を掴めなかったら、パネル開けないはずですし。」
〔あ〕
〔そういえば〕
〔あれって《魔力操作》だったっけ〕
〔じゃあ俺でもできる?〕
〔これはコツ掴めそうな予感〕
「あ、《魔力操作》で思い出したんですけど、水棲緑鬼戦のあと、こんなのが手に入ったんですよね。」
そういって、アプリコットはカメラに画面を向ける。
《属性変換》
自身の魔力を無属性から他属性に変換できる。
「これ、《魔力操作》のレベルアップで手に入れたやつなんです。なので、《魔力操作》を練習していけばいいのかもしれませんね。」
〔やっぱり《魔力操作》か〕
〔チュートリアルでの苦い記憶が……〕
〔にしても、よくそんなこと思いつくね〕
〔確かに。スキルやアーツはシステム的なものって認識が普通だと思う〕
「うーん。自分ではあまり意識してないんですけど。」
〔天才肌の発言すぎるw〕
〔もしかしてアプリコットちゃんって普段ゲームはしない?〕
〔ゲームやってるほど、考え方はシステムとセットになっていくからなぁ〕
「あ、ゲームはしないわけじゃないんですけど、RPGとかはあんまりしたことないです。」
〔なるほど〕
〔それじゃあ何でこのゲームやろうと思ったの?〕
「魔法に憧れてるんです。私。だからFSOのCMを見たとき、『これなら私でも魔法が使える!』って思って。」
……嘘は言っていない。本当はもっと語りたいけれど、あの日のことを言っても信じてもらえないのはアプリコットも分かっていた。
〔わかるかも〕
〔魔法ってワクワクするよね〕
肯定のコメントにも「そうじゃなくてもっと」と冷たい感想を抱いてしまう。でもそれじゃ配信者としては失格だ。アプリコットは再び笑顔を作った。
「分かります! 現に初めて《マジックボール》使ったときとか、感動しましたもん。私、チュートリアル中ひたすらそれを撃ってましたからね。」
〔まじか〕
〔それは流石に〕
〔チュートリアルの人、呆れかえってそう〕
「……ソンナコトナイデスヨ。」
〔それはもうあった人の発言なのよ〕
〔その頃からやらかしてたんだな〕
「やらかしってもう~! そんなんじゃないですよ!」
全て「やらかし」で一纏めにされたことにアプリコットは内心安堵した。顔には絶対出さないが。
「そういうみなさんはどうなんですか?」
〔色んなスキルを試してたぞ。楽しかったといわれればそう〕
〔通い詰めてはいたよ。色々試すために〕
模範解答が続く。そんな中、いくつかのコメントが目に入る。
〔好きなものに一途なのは良いことだと思うよ〕
〔好きこそものの上手なれってね〕
「ありがとうございます! ですよね!」
自分を見てもらえた気がして、アプリコットも自然と声のトーンが上がる。
「たぶん、それが私がFSOをやれてる理由じゃないかなって。」
購入申込の際に提出したエントリーシート。杏梨はただ一途に魔法への思いを書いただけだった。その結果、今楽しめてるんだから、それで良かったんだろうって思う。
〔なるほどなあ〕
〔好きが乗じて、か〕
「みなさんも何かあるんじゃないですか? FSOをやりたいと思って、かつ運営の心を揺さぶるような感情を。じゃないと当選してないと思うんですよね。」
すると、多様なコメントが流れ出す。
〔ファンタジーに浸りたかったから〕
〔初のVRMMOをとにかく追求したかったから〕
〔遠距離の彼氏の隣で、一緒に楽しみたかったの〕
〔自分の性に合った身体を体験したかったのよね〕
〔(レン)錬金術、実際にやってみたかったから〕
〔(アニー)自分の足で歩きたかった!〕
〔(フラウ)今を思いっきり楽しみたいから〕
〔(ダルツ)カッコいい漢になりたくってな〕
〔(ガリム)ゲームの未来を体験したかったからですかね〕
〔(ジル)自分を見つけたかったんだな〕
〔(ハンス)画面越しの魔法じゃ物足りなくなっちゃいまして〕
〔(サブロー)拙者の忍術がどこまで通用するか確かめたかったからでござる〕
〔(ロンド)魔法を使った実験! ゾクゾクするなぁって〕
〔(フレイ)ファンタジーの料理、自分で作ってみたくってな!〕
〔(バーツ)ゲームでなら、色んな武器を造れるからな〕
〔(シーナ)全力で戦えたら、カッコいいだろ!〕
〔(ノーラ)VRでなら自分でいられる、からですかね。〕
〔(ミリアム)異世界に興味があってな。〕
〔(木乃香)自分の実力、試してみたくなってな〕
……
様々な感情が流れていく。それらはどれも、純粋な感情だった。