チュートリアル
大学入学のために上京し、一人暮らしを始めて新生活に慣れ始めた4月12日。ついにFSOがインストールされたVR機器【レーテギア】が杏梨の元に届いた。
初期設定を終え、夕食も終えて準備万端。FSOを起動すると、サイバー空間が展開され、目の前に同年代くらいの茶髪女性が現れる。
「新たな世界への最初の一歩。【First Step Online】の世界へようこそ。私はチュートリアル担当のドゥクシアです。ここでは、アバターの作成と初期スキルの決定を行います。なお、これらはゲーム開始まで自由に変更可能です。まずは、この世界〈イルカディム〉におけるあなたの名前を教えてください。」
「名前かぁ。杏梨の杏から、「アプリコット」にしようかな? でもこれだと由来がまるわかりだしなぁ。けどまぁいいか。」
杏梨は少し悩んだ後、「アプリコット」と入力する。
「アプリコットさんですね。次に、あなたの分身となるアバターを作成しましょう。」
目の前に、初期設定時にスキャンした杏梨の身体が表示され、同時にカスタマイズ用パネルが展開される。このゲームでは、肉体的・精神的な性の問題等の例外がない限り、性別の変更はできない。まぁ杏梨にするつもりはないけれど。
一方、顔は元の身体からある程度、体形は性別を逸脱しない範囲で、髪や身長・色は自由に変更できる。顔は当然元より可愛くする。そのままの顔でプレイするのは危ないし、そんな自信もないから。身長は元(139cm)より高い、憧れの150cmにする。髪色は名前にちなんでアプリコット色にして、瞳はそれに似合う緑色を採用する。
髪型について注意事項があり『髪型の変更・カットはゲーム中でも可能ですが、伸ばすには別途課金が必要です。』とのこと。貧乏性な気もある杏梨はとりあえず、ロングにしてみた。なお、現実ではショートボブである。
できあがったアバターが杏梨に適用され、目線が少し高くなる。 彼女は感動で体が震えるのを感じた。
(これが、150cm台の景色……!)
「アバター作成お疲れ様です。では、手を出してください。」
(ん?どういうことだろう?)
アプリコットはおずおずと手を出してみる。すると、ドゥクシアがアプリコットの手を握ってきた。その瞬間、
(え、何これ!?)
ドゥクシアの手からアプリコットへと何か温かい力が流れ込んでくるのを感じた。
『スキル《魔力操作》を獲得しました。』
「あなたが今感じているものが魔力です。これを操作することでスキルを使用することができます。先ほどの感覚を思い出して、こんどは1人で魔力を操作してみてください。」
(なるほど、これが魔力なんだ……。って。え!?)
初めて感じる魔力に感心してまもなく、いきなりの課題にアプリコットは困惑する。というのも、彼女は生まれてこのかた、体育とかで「はい、やってみて。」って言われたことができた試しがないのだ。
案の定、しばらく唸ってみたけど成果はなし。このままじゃ埒があかないと、アプリコットはドゥクシアにお願いする。
「ドゥクシアさん、もう一度魔力を流してもらえませんか。」
「あ、はい。どうぞ。」
再び、ドゥクシアに魔力を流してもらう。その感覚を必死で覚える。数秒して、アプリコットは感覚を掴んで頷いた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です。」
ドゥクシアが離れたあと、もう一度先ほどの感覚を思い出す。すると、今度は自分1人でも魔力を循環させることができた。そんなアプリコットの脳内でアナウンスが流れる。
『《魔力操作》がレベル1になりました。』
「おめでとうございます。これで、スキルの使用やステータス画面の表示ができるようになります。ステータス画面が表示されるよう念じてみてください。」
「あ、ありがとうございます。」
アプリコットは反射的にお礼を返しつつ、念じてみると、確かにステータス画面が現れた。
画面に目を向けながら、さっきのドゥクシアの言葉が気になったアプリコットは質問する。
「あの、ステータスを開くにも魔力操作が必要ということですか?」
「はい、その通りです。ちなみに、ステータス画面の表示や操作はMPを消費することなく行えます。」
(ほんとだ。MP減ってない。っていうか、今の発言重要な気がする。)
アプリコットは心にメモした。
「ほかに、気になることはありますか?」
「いえ、今のところは。」
「では続いて、各ステータスについて説明いたします。」
解説パネルが現れたので、アプリコットは一読する。
・HP ……Hit Point(体力)。
・MP ……Magic Point(魔力)。アーツの発動時に消費する。
・STR ……Strength(筋力)。この値によって持てる重さや物理攻撃力が変わる。
・VIT ……Vitarity(防御力)。
・AGI ……Agility(素早さ)。
・DEX ……Dexterity(器用さ)。命中精度に関わる。
・INT ……Intelligence(賢さ)。=魔法攻撃力に関わる。
・MND ……Mind(精神力)。精神攻撃への耐性に関わる。
・ATK ……Attack(物理攻撃力)。武器自身のATKと本人のSTRに依存。
「読み終わりました。」
「では続いて、スキルの種別について説明いたします。」
・武器スキル…攻撃に関わるスキル。アーツの発動には該当する装備が必要。
・属性スキル…アーツに属性を付与することができる。
・生産スキル…生産活動に関わるスキル。
・補助スキル…上記以外のアクティブスキル。
・パッシブスキル…《常時発動型》で、同時に発動できるのは3種類まで。
「読み終わりました。」
「では次に、初期ステータス値の配分と初期スキルの選択を行っていただきます。それらには、SPを使用することで行うことができます。SPは『ステータス/スキルポイント』の略です。来訪者の皆様には初期SPとして80が付与されていますので、それを用いて下さい。ただし、スキルの入手数は3つまでとさせていただきます。また、必ず武器スキルを1つ以上選択してください。ゲーム開始までは、このチュートリアルルームにて、属性スキル以外のLv.1アーツを試すことができます。ただし、チュートリアルではスキルLvは上昇しません。」
アプリコットの眼前に、ステータス配分&初期習得可能なスキルが記された画面が現れた。
【ステータス】
HP - 10 +
MP - 10 +
STR - 0 +
VIT - 0 +
AGI - 0 +
DEX - 0 +
INT - 0 +
MND - 0 +
【スキル】
武器スキル
《刀剣》《槍》《槌斧》《弓》《格闘》《投擲》《鞭》《棍棒》《鎌》《扇》《楽器》《杖》《盾》
属性スキル
《火》《水》《土》《風》《雷》《光》《闇》《毒》《回復》
生産スキル
《料理》《鍛冶》《工作》《調合》《服飾》《醸造》《錬金》《栽培》etc……
補助スキル
《鑑定》《解除》《隠密》《集中》etc……
パッシブスキル
《水泳》《採掘》《採取》《言語学》《釣り》《察知》《解体》《暗視》《道具使い》《HP上昇》etc……
SP:残り80
スキルのなんとまあ多いこと。ちなみに、チュートリアルルームでのスキルの試し打ちが可能な理由は、フィールドの混雑緩和のためだ。更に、運営的には最終的なスキルのデバッグも兼ねており、2日後のサービス開始までに色々なスキルを試してほしいと考えている。
そんな運営の思惑は露知らず、アプリコット自身は取得するスキルを決めていた。《杖》《雷》《言語学》である。
それぞれ理由は、あこがれの人が使っていたから。プラズマに一番近そう。魔法陣が存在するなら言語学が必要になりそう。典型的な魔法バカ。
スキルによって必要なSPが違い、《杖》《雷》は10SP、《言語学》は1SPだった。故に、残った59SPをステータスに振ることになる。
(魔法メインだから、MPとINTは高めに。でも運動自体に自信ないし、他のステータスも高めにしておきたいなぁ。でも、STRとMNDは別に低くてもいいかも?)
ステータスの方はちゃんと思案した結果、以下のように振った。
HP:16 MP:19 STR:1 VIT:9 AGI:9 DEX:9 INT:12 MND:4
ステ振りが終わり、次はさっき習得したスキルを試す時間だ。
「《杖》を試したいです。」
アプリコットがそう言うと、ドゥクシアが何かを操作する。すると、アプリコットの両手に杖が、眼前に木のカカシが現れた。
〈初心者用の杖〉
・ATK+1
ちなみに、《杖》スキルのLv.1アーツは以下の通り。
《スイング》
・杖を上から下に振り抜く。通常攻撃よりやや威力があがる。
《マジックボール》
・自身の魔力で球を作り、放出する。
特に《スイング》なんて超シンプル。これなら運動音痴のアプリコットでも楽勝である。はずなのだが……。
どってーん!
《スイング》どころか、歩く段階で上手く身体を操れなくて思いっきり転んでしまった。彼女はただの運動音痴ではなかった。ア〇トーーク!に出られるレベルだった。幸い、痛覚軽減が働いており、痛くはなかったけれど。
(これって身長が変わってバランス感覚が狂ったせいだよね…? うぅ……)
ただでさえ運動音痴なのに、身長が変わって対応できるわけもない。夢の150cmは断念して140cmにした。
(1cmのサバ読みくらいは許してください。)
アプリコットは心の中で泣いていた。
気を取り直して、今度こそアーツを使う。
「《スイング》」
すると、まるで身体が操られるように、勝手に動く。
(すごい! これなら私でもアクションができる!)
アプリコットは楽しくなった。棒を振っていく。そうしてチュートリアル用のカカシをポコポコにしていく。やがて、カカシは消滅した。
「おめでとうございます。次のカカシを用意しますので、下がってください。」
「あ、はい。」
ドゥクシアの指示通りアプリコットは一度下がる。再び登場したカカシに向けて、今度は魔法を放つ。
「《マジックボール》」
今度は体から魔力が杖へ流れ出て、桃色の球を作り上げた。
「......」
感動で声が出ない。
そのまま見入っていると、魔力の球は自動的に杖の指す方向へ飛んでいく。そのままカカシに当たり、爆発して霧散した。その魔法にあの時ほどの煌びやかさはない。それでも、これが倉光 杏梨の人生初の魔法。
「アプリコットさん? ......アプリコットさん!」
「あ、はい!」
ドゥクシアの呼びかけで我に返る。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ちょっと魔法に感動していただけなので。」
そんな一幕で彼女のチュートリアルが終わる……わけもなく、その後も2日間、ひたすら同じ魔法を放ち続けた。先ほどドゥクシアが言っていたが、この段階で同じスキルを使い続けてもスキルLvは上昇しない。本当にどうしようもない魔法バカ。だけどそれが、倉光 杏梨なのである。
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アプリコット
ステータス
Lv. 1
HP:16 MP:19 STR:1 VIT:9 AGI:9 DEX:9 INT:12 MND:4 ATK:2
《魔力操作 Lv.1》《杖 Lv.1》《雷 Lv.1》《言語学 Lv.1》
装備
頭:なし
上半身:初心者用の服
下半身:初心者用のズボン
靴下:初心者用の靴下
靴:初心者用の靴
武器1:初心者用の杖(両手装備)
武器2:なし
アクセサリー:なし(最大3つ)
《雷》
雷魔法を操るのに必要な資質。また、雷属性攻撃への耐性がつく。
一部アーツに雷属性を付与する。(例)《マジックボール》→《サンダーボール》
《言語学》
イルカディムで用いられている言語が読めるようになる。
次話は本日09:00に投稿します。