酒場と危機と意気投合
「これでOKっと。じゃあ、海鮮食べよう!」
「おー!」
ポータルを登録した2人はそのまま、近くの酒場へ向かった……のだが、店に入ってすぐ、2人は固まってしまう。無理もない。夜の酒場は男たちで盛り上がっていた。気分は多勢の狼を前にした赤ずきんだ。
「おっ、君たち可愛いね!」
「よ、よかったらフレンド登録を」
「あ、てめぇずりぃぞ!」
突然大勢の人に話しかけられてアワアワして固まってしまう2人。そこに大きな声が響く。その声に男衆は静まり返った。
「あんたたち! なにやってんだい!」
声の主は店員の女性だった。
「あっ、姉御……」
「誰が姉御だぃ! せっかくのお客様が委縮しちゃってんじゃないの!」
そう言うと、店員はアプリコットたちに向けてウインクして謝罪する。
「ごめんなさいね。男たちったらかわいい女の子に免疫がないもんだから。」
急な店員の変わり身に、アプリコットとアニーは別の意味で固まった。
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「「うぅーん。美味しいー!」」
案内されたカウンター席で2人は料理に舌鼓を打つ。出された料理はエビフライだ。この港で水揚げされた海老が使われている。ちなみに、先ほどの一喝が訊いたのか声をかけてくる人はいなかった。
「私、甲殻類アレルギーだから。リアルだと食べられないんだよね。」
なんてことなしにアニーが言う。いきなりのカミングアウトにどう返せばいいかアプリコットは悩んだが、
「だったら、こっちでいっぱい食べないとね。」
と返した。
「そうだね! 店員さーん。おかわりくださーい!」
そうして料理を楽しんでいる最中、突然お店のドアがドンっと開く。
「大変だ! 水棲青鬼の群れが港に向かってる! 明日の昼には到達しそうらしい!」
急報を聞いた人たちの反応は2つに分かれた。1つはこの町に住む海の男たち。彼らはすぐに情報を集めるべく行動を開始し始めた。一方、アニーを含む来訪者たちはどうすればいいのか分からずにオロオロしている。
そんな中、アプリコットが動き出し、リーダーっぽい男に声をかける。それは幼少期の経験から、魔物の怖さを知っているからこその行動だった。
「すみません。来訪者にできることはありますか?」
「あんたはさっきの……。そうだな。今は特にねぇが、水棲青鬼の数によっては討伐とか物資補給を依頼するかもしれねぇ。」
「分かりました。そのときは他の来訪者にも声をかけてみます。」
「恩に着る!」
席に戻るとアニーがアプリコットの背を軽く叩いた。
「すごいね、緊急事態にいきなり動けるなんて。」
「なんか、動かなきゃって思っちゃって。」
「にしても、インできない時間に来たらどうするつもりなの? 今のであなたが来訪者代表みたいになっちゃった気がするけど。」
「あっ」
後のことまでアプリコットは頭が回ってなかった。
「どうしよう。代表ってなると指示出しとかしないとだよねえ。」
そんなアプリコットに助け舟が出される。
「他所様にそこまでのことはさせられませんよ。そこまでやってもらったらウチらの恥になっちまう。」
声の主は店員さんだった。
「でも、討伐はともかく物資補給ってどうすればいいんでしょうか?」
「そういうのは冒険者ギルドの管轄さね。」
冒険者ギルド――それは、現地人への問題解決依頼、つまりクエストの斡旋や、素材の買い取りを行うギルドだ。故に、町に対して大きな問題が生じる場合には必然と関わってくることになる。
お会計を済ませたアプリコットとアニーは冒険者ギルドへと向かった。水棲青鬼対策への支援を決意した数名の来訪者たちも一緒についてきた。
「すみません。水棲青鬼対策に何かできることは来訪者に何かできることはありますか?」
冒険者ギルドにて、アプリコットが代表して受付の職員に話しかける。
「あ、ありがとうございます。そういえば、今は来訪者の方がいらっしゃるんですよね。」
後半は独り言のようにボソボソと話していたため、アプリコットたちには聞き取れなかった。
「どうかしましたか?」
「いえ、それでは来訪者ギルドの方に連絡するのでお待ちください。しばらくすると皆様へクエストが発布されると思います。」
待ち時間の間で、アプリコットは一緒に来たプレイヤーたちと話をすることにした。
「みなさんはパーティーを組んでらっしゃるんですか?」
「いんや、さっき意気投合してな。役割も被らねぇし、このあと一度組んでみるつもりだ。」
「みなさんの役割は何なんですか?」
「俺は斧でのアタッカーだ。」
「僕はタンクですね。」
「おらは回復とバフ役だな。」
「私は魔法ですね。」
「拙者は斥候でござる。」
筋骨隆々な茶髪戦士を筆頭に、水色の鎧を身に纏った重戦士、虹色の瞳を持つ少年、モノクルを着けた男性、紫色の忍び装束の男性が答える。
「うわ、綺麗にバラけてますね。」
「だろ、こりゃ組んでみるしかねぇってな。そういう嬢ちゃんたちはどんな役割なんだ?」
「私が魔法で」
「私が盾と剣だね。」
「なるほどな。にしても胆力あるよな。男衆ばっかりの酒場に入ってきたのもそうだが、率先して動いたの、すげぇよ。」
「あ、ありがとうございます……」
アプリコットは照れた。一方のアニーは別の人たちに目を向ける。
「そういえば、生産の人っていないの?」
すると、別方面から声が上がる。
「私、《調薬》やってます!」
「料理人だぜ!」
「《鍛冶》と《木工》持ってるぞ……まだ素材が少ないからあれだが。」
答えたのは、濃紺色のミディアムヘアの青年、炎色のリーゼントヘアの青年、焦げ茶色の髪と髭を持つ男性だ。
「なるほど……みなさんお店は持ってるんです?」
アニーが訊く。
「「「まだ露店ですね(だな)。」」」
そうこうしているうちに来訪者ギルドから緊急クエストが発布された。内容は以下の通りである。
【緊急】水棲青鬼から港町を守れ!
港町〈モアーレ〉に水棲青鬼の群れが接近中。現地の人たちと協力して対応しましょう。
・〈HPポーション〉〈MPポーション〉及びその素材を納品しよう。
以下の期間中、上記の納品に対して査定額がUPします。
期間:水棲青鬼の迎撃成功まで
・都市防衛戦〈水棲青鬼迎撃〉に参加しよう。
到達予想日時:4月19日19:00頃(日本時間)
また、都市防衛戦について説明する動画が公式イーチューブチャンネルにございます。ぜひご覧ください。
報酬:貢献度に応じてVPを付与します。その他、……
クエスト画面を見終わったアプリコットは、再びみんなの方を向いた。すると、みんながアプリコットの方を向いている。
「なんか言いなよ。」
アニーがアプリコットの小腹をつつく。アプリコットは一瞬(まじか!)と思ったが、すぐに語り始めた。
「みんな! 来訪者ができる人たちだって、現地の人たちに見せつけてやろう!」
アプリコットは手をグーにして天に掲げた。
「「「「「「「「「おーっ!!!」」」」」」」」」
他のプレイヤーたちも賛同して拳を上げる。みんなの心が一つになった瞬間だった。なお、この様子はアニーがしっかりと録画していた。他のみんなは気づいていないが。
その後、彼らとフレンド登録をした。彼らの名前は、斧アタッカーから会話順に、ダルツ、ガリム、ジル、ハンス、サブロー、ロンド、フレイ、バーツだった。